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27 かまかけと「私を泣かせてください」


「筆談にする? 一応用意してきたんだけど」

「さすがルーカスさんです」

「片腕だけ拘束を解きましょうかねえ」

 ラヴァがそう言って、ジャアの右腕だけを解放した。全部解くと逃げようとする可能性があると思っているのだろう。

(一部だけ解放するのにはこの縛り方がいいのかしら?)

 縄の縛り方には詳しくないからよくわからない。


 ルーカスがメモ用の魔道具を差しだすと、ジャアはサラサラと字を書いた。書く気になれば問題なく書けるようだ。

 見せてもらうと、上品な達筆だった。ちゃんとした教育を受けた人なのは間違いないだろう。


『できるわけがない』


「ああ……、確かにこれはイエスノーでは答えられなかったですね。えっと、古傷なんですよね? 回復魔法だと戻せないような」

 今度はこくりと頷かれた。

 回復魔法は本人の治癒力をもって本人の形状に戻す魔法だ。一度戻らずに塞がってしまった古傷は、その形状を体が覚えていまうため、治せない。


 例えば、腕が切り落とされた場合、その場で回復魔法で繋げることは、大変だけどできる。けれど、繋がっていない状態で一度完全に傷が塞がった場合、繋げることはできなくなる。傷が塞がっている形状が体に記憶されてしまうからだ。

 だから、普通なら、ジャアの声を取り戻すことはできない。


「普通なら治せないですよね。けど、ラヴァさんも含めて内緒にしてくれるなら、私にはどうにかできます」

「……いいのか?」

 オスカーが心配そうに聞いてくる。普通でない魔法を裏魔法協会に明かしてもいいのかという意味だろう。


「はい。このままだと私たちも不便ですから。

 ただし、条件があります。さっきも言ったとおり、ラヴァさんもジャアさんも口外無用というのと……、私たちの質問にはウソをつかないで正直に答えること。

 その約束をしてくれるなら……、声だけでなく、あなたの大切なものを取り戻すことにも協力してもいいと思っています」


「ジャアの大切なもの……?」


 ラヴァが眉根をよせる。

 確信があるわけではないけれど、オスカーの直感を信じてかまをかけてみる。


「例えば、キャンディ……」


 ダンっと床が踏み鳴らされた。ジャアの呼吸が荒い。鎧兜の奥の瞳が怒りに燃えて見える。

 なぜその名を知っているのか、あるいは、そこに触れるなと言われているような気がした。

 ラヴァが言っていた。呼び名を聞いたら『リベンジャー』と書いたと。ブロンソンの話の通りなら、復讐者リベンジャーになるのもうなずける。

 間違いないだろう。


「……ジャスティン・デートンさん。あなたに何があったのか、ギルバート・ブロンソンさんから聞いています。

 ブロンソンさんもご家族も、真実を、あなたに非がないことを知っています。のどを治したら、話してくれますか?」


 沈黙--。


 鎧がゆるやかに上下する。何度か呼吸を整えるように肩が動いて、長く息が吐き出された。

 小さく、声にならない嗚咽おえつが漏れたようにも聞こえる。

(潔白を知られているとは思っていなかったから……?)


 しばらくしてからゆっくりと、深く、どことなく項垂うなだれるように頭が下がった。


 本人の許可を得て鎧兜を外した。念のために体の拘束はそのままだ。

 髪と眉は剃りあげられていて色がわからず、その青い瞳は暗く濁っている。

 全てがきらめいていた五年前のジャスティンの投影とは別人のようだけど、顔の作りには面影が残っている。


 涙が伝った跡には触れないで、話を進める。

「これからあなたの体の時間を戻します」

「そんな魔法があるならアタシもかけてもらいたいものだけど」

「一時的な外見年齢の操作じゃなくて、傷も含めて完全に戻す魔法には補助アイテムが必要で。普通はなかなか手に入らないので……」

「持っているのか?」

 オスカーが驚き半分、心配半分といった感じで気づかってくれる。


「はい。一番手に入れるのが難しいものは、あなたも見ていますよ。

 ジャアさんが身体的な損傷で話せない可能性もあることに気づいて、念のために持ってきたんです」

 そう言って、スピラから別れ際に渡された小瓶を取りだした。中には数本の、紫色の糸状のものが入っている。

「それは……」


「ダークエルフの髪です」


「ウソ、幻のアイテムじゃないの。その量でも、安い土地が買える値段よねえ? ホンモノ?」

 ラヴァが目を丸くした。こんな驚き方は初めて見る。そのくらい珍しいのは確かだ。ダークエルフ自体が、もういるのかわからない伝説上の存在になっている。


「本物なのは間違いないですよ」

「好きな女に自分の髪をプレゼントするというのはかなり気持ち悪い気がしたが」

「うん、それだけ聞くとサイコパスだよね」

「あの人の場合は全身レア素材なので別枠ですよね。何かの役に立つでしょってくれたの、タイミング的にもちょうどよかったです」


「アナタたち、ダークエルフと知り合いなの……? 大丈夫? 呪われたりしてないのかしらあ?」

 ラヴァが一層驚く。今度はダークエルフへの偏見も混ざってきた。

「あ、それも内緒でお願いしますね。ダークエルフが不吉だというのは迷信ですよ?」


 ルーカスがおかしそうに口角を上げた。

「ラヴァさん、知らないで勧誘してたと思うけど、ジュリアちゃんは本気で普通じゃないから。

 魔法使いの常識は一切通じないと思って。たいていのことは驚かないでおかないと身がもたないよ」

「普通でいたいんですけどね……」

 否定しきれないから苦笑するしかない。


「あと、もうひとつ必要なものがあって……」

 直接的に言うのが恥ずかしくて、少し迷ってから端的に必要なことをお願いする。


「誰でもいいので、私を泣かせてください」


「……は?」

 オスカーがおもいっきり顔をしかめる。

「そこそこよく泣いてるから、とっておけばよかったのですが。体の時間を戻そうと思うまで必要性に気づいていなくて。すぐに泣けるかっていうとそうでもないというか」

「それは……、アイテムとして涙が必要という意味だろうか」

「はい」


「それはジュリアちゃんじゃないといけないの?」

 ギクリ。やはりルーカスはするどい。自分のためを思って言ってくれたのはわかるが、言いにくいことに触れてしまうから聞かないでほしかった。


「えっと……、私じゃなくてもいいといえばいいのですが。たぶん、ここだと私じゃないといけないと思うというか」


「歯切れが悪いわねえ。何が必要なのかしらあ?」

 ラヴァがイラだったように言った。

 なるべく言いたくなくて伏せていたのだけど、言わないと済まなそうな流れだ。

(うううっ……)

 恥ずかしすぎて誰とも視線を合わせられない。


「……『処女の涙』、です」


ジャスティン事件の概要は4章『35 ブロンソンの探し人と五年前の事件』、

詳細は二話先からの番外をご参照ください。

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