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26 〝リベンジャー〟ジャアと対話を試みる


 平日のうちに、調理器具や魔道具などを秘密基地に入れられた。あとは家具の完成を待つだけだ。

(オスカー用のソファ、楽しみ)

 ドワーフ装備の彼に合わせたデザインを選んだ。絶対に似合う。

(あ、投影用の魔道具も買っておかなきゃ)

 セイント・デイの正装の彼は、年末のうちに保存した。ドワーフ装備の姿も手元に置きたい。


 貧民窟で依頼した彼の木彫りも受けとった。期待以上の出来だった。眺めているだけで幸せだ。

(大好き)

 つい口づけたくなる。

「ヌシ様、そういうことは本人にしたらどうですか?」

 ユエルに指摘されて、ハッとして思いとどまった。恥ずかしい。

「……痴女みたいですよね」


「いえいえ、自分が選んだ雄とつながりたくなるのは生物として当然の本能です。ほんと、さっさとまぐわえばいいのに」

「またそういうことを……」

 ユエルがそうなのかピカテットがそうなのかはわからないけれど、よく過激なことを言われるから、あまりオスカーがいるところで話せるようにしておけないのだ。

 この前の秘密基地では「このシチュエーションなら立ったまま後ろから」とか言われて慌てて魔法を解除した。


(ピカテット同士で想像すると全然普通のことかもしれないけど)

 ピカテットは胎生の魔物だ。種の保存のために必要なことなのは間違いない。が、それを自分たちに言わないでほしい。

 何度かそう伝えているけれど直らないから、あきらめて魔法をかけるかどうかで調整している。それでもたまに事故が起きる、という感じだ。


「ユエルのお相手探し、春までにはと思っているので、もう少しだけ待ってくださいね」

「気にしなくていいですが、春までにというのはいいですね。春は恋の季節ですから」

「そうなのですか?」

「それはもちろん。食料が豊富になり、比較的安全に繁殖できるようになるので。他の季節より燃えますね」

「なるほど、動物や魔獣としては自然なんですね」

 今はまだ寒いけれど、春はそう遠くない。それまでにちゃんと時間を作ろうと思う。


 指先でユエルの頭を撫でる。

「明日もお留守番になってすみません。ちょっとがんばってきますね」

「明日のぶんまで、今夜たっぷりかわいがってくださいね、ヌシ様!」

(これ、ユエルだから許されてるのよね……)

 かわいいのはかわいいのだけど、会話をしていると苦笑することも多い。



 裏魔法協会のラヴァとの約束の日。

 オスカー、ルーカスと一緒に指定された場所に向かう。

 裏魔法協会にいるジャアが、ジャスティン・デートンなのかを確かめるのが目的だ。


 ラヴァから手紙で送られてきた顔合わせの場所は、ソラルハムの宿屋の一室だった。

 ホワイトヒルだと父と交戦になる可能性があり、近隣の街になったのだと思う。偶然か、ブラッドが使っていたのと同じ宿屋だ。


 ブロンソンには日時と場所を連絡して、近くまで来てもらっている。

 もしジャスティンならブロンソンを見て逃げる可能性もあるため、こちらがOKを出すまで見つからないようにというルーカスの言葉も伝えてある。


 扉の前で呼吸を整える。

(なんかものすごく緊張する……)

 本人かもしれないし、そうでないかもしれない。どちらにしろ、どう話すのかは大きな問題だ。


「……ジュリア」

「はい」

「一人で背負わなくていい」

「……はい」

 オスカーの言葉で、少し肩の力が抜ける。

 オスカーもルーカスも一緒だ。自分にはどうにもできなくても、彼らもいる。

(今はもう、独りじゃない)

 長い長い孤独の時間は終わったのだ。時々忘れそうになるけれど、もう全てを独りでなんとかする必要はない。それがとてもありがたい。


「罠の可能性もあるから、自分が開けても?」

「はい。気をつけて」

 オスカーがひとつうなずいて、トントンと扉を開く。

 内側からラヴァの声が返る。

「血は水より濃い」

「けれど、盃の酒には劣る」

 送られてきていた合言葉を答える。

「どうぞぉ」


 返事を聞いてからオスカーが扉を開ける。

 中にはラヴァと、イスに縄で縛られた状態のジャアがいた。

(???)

 何か特殊なプレイをしているところ、ではないはずだけど、状況が飲みこめない。


「とりあえず入ってちょうだい? この部屋はちゃんと前払いで借りてあるから安心してねえ」

 促されるがまま部屋に入り、最後のルーカスが扉を閉めた。


「適当に掛けてえ? 立ち話もなんだもの」

「はい。ありがとうございます」

 そう言われても、ラヴァとジャアがイスに座っていて、座れそうな場所はベッドくらいしかない。三人でベッドに横並びで座った。


「えっと……、ラヴァさん、今日はありがとうございます」

「アタシたちの仲間になる?」

「それは遠慮します」

「ふふふ。いつでも気が変わっていいのよぉ?」

「ぼくらは馴れあいに来たわけじゃないから、本題を話してもいいかな?」

「あらあ、相変わらずせっかちな坊やねえ」


「ジャア、であってるかな。縛られてるのは、お楽しみ中ってことじゃないんでしょ?」

 ルーカスにもそう見えるらしい。縄の縛り方が通常の拘束と違うからだろう。


「ある意味ではお楽しみ中、かしらあ? この坊やったら、今朝になってやっぱり行かないなんてワガママを言いだしたから、実力行使で捕まえて、手間をかけさせられたぶんのおしおきを、ねえ?」

(おしおき……)

 聞いてはいけないことを聞いてしまった気がする。

 ジャアの方を見ると、鎧兜よろいかぶとの奥の目がギラついた。フーッと威嚇いかくするような音がもれる。


「ジャアさん、すみません。こんな形で来てもらって。私はちょっと見かけたことがあるくらいでしたが。ジュリア・クルスです」

「フーッ」

「自分は剣を交えたことがあったな。オスカー・ウォードだ」

「ぼくはジュリアちゃんと同じくらいだね。最初の領主邸で顔は見てるかどうかかな。ルーカス・ブレアだよ」

 返事はない。返されるのはケモノのようなうなり声だけだ。


「ね? 話、できないでしょう?」

「ラヴァさんはどうやって意思疎通しているんですか? 了承を得たとか、行かないとか」

「首振りと態度ね。気が向いたら書いてくれることもあるけど、話したことはないわ。

 ジャア、この子たち、アナタに話があるみたいなの。話を聞く気はあるかしらあ?」

 仮面の奥の目が何かを見据えるように向けられ、プイッとそっぽを向かれた。

(子どもっぽい……)


「えっと……、なら、こちらの話の前に。ジャアさん、声は、出さないんじゃなくて出せないっていうことであっていますか?」

 そっぽを向いた顔が戻ってくる。少し考える様子があってから、かすかに首が縦に振られた。


「あらあ、そうだったの。言ってくれれば……、書いてくれればよかったのに。最低限しか答えないし、アタシたちの前でも鎧を外さないし、ジャアは秘密主義なのよねえ」

 ラヴァが少し寂しそうにつぶやく。もしジャアがブロンソンが話していたジャスティンなら、仲間の前でも鎧を外さなかったのは納得できる。


「鎧兜で首までおおっている理由には、首に傷があるのもありますか?」

「フーッ」

 肯定と怒りと拒絶が混ざったような音に聞こえる。


「……話せるようになりたいですか?」


 すぐに返事はない。

 仮面の奥からじっと、伺うような目で見据えられる。


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