25 [ルーカス] ぼくもなんだけどなあ
(ぼくも今のジュリアちゃんが好きなんだけどなあ)
二人に背を向けて様子は見ないようにしたまま、聞こえてくる話だけを聞いていた。
前の自分がどうだったかは知らないが、今、一緒にいて楽しいと感じているのは今の彼女だ。
思っても言えるタイミングはないし、そんな立場でもないが。
(ジュリアちゃんにはオスカーじゃないとダメなんだろうな)
彼女の過去は聞いていた。けれど、その傷の深さは甘く見ていたと思う。彼女の傷の手当てができるのは、きっとオスカーだけなのだ。この二人は一緒にいないといけない。彼女がちゃんと癒されて生き直すためにも。
(初めて会った日に二人を繋ぎ止めたぼく、僥倖じゃない?)
おもしろ半分、女の子に振り回されている後輩のためにひと肌脱ごうとしたのが半分だったか。
自分が女性だと誤解されて、二人がこじれるのは違うと思ったのもある。
オスカーが入れこんでいる、あのクルス氏のお嬢さん。そんな彼女に興味があったのもあるかもしれない。
話してみたら想定以上におもしろかった。
(ぼくがジュリアちゃんに興味を持ったのは、そもそも、彼女の中身と外見のズレだしね)
多分、前の時の彼女だったなら、あんなふうに興味を持ちはしなかっただろう。普通にかわいい女の子。そこに惹かれるものはない。
想像でしかないけれど、前の自分と彼女の距離はそんな感じだったのだろう。上司の娘で、他部署のかわいい後輩で、オスカーの思い人。それ以上でも以下でもない関係。今ほどおもしろくはなかっただろうけれど、平和に調和していたのだろう。
(あーあ……、しんどいなあ……)
思って、そう思っていることに驚いた。
絶対に叶わない相手を自分が好きになることはないとタカを括っていた。今はもう、気持ちはコントロールがつかないものだと身に沁みている。
(……うん、「ぼくも」は、内緒だね)
友人として、それを伝えたところで何になるのか。彼女にはオスカーだけで十分だろう。
バカップルが手をつないで戻ってくる。
「すみません、ルーカスさん。お待たせしました。落ちつきました」
「うん。じゃあ、買い物に行こうか」
「はい。ありがとうございます」
なんともない顔をするのには慣れている。
予定していた店に入り、サンプルを見せてもらいながら、それぞれの好みの家具について話していく。表面上はすっかりいつも通りだ。
「……おもしろいくらい好みが分かれたね」
「ですね。私がクラシックで、オスカーはモダン、ルーカスさんはポップ……」
「好きなのを使うっていうことで混ぜちゃっても楽しそうだけど」
「そうか? あまりに統一感がなくないか?」
「私はどちらかといえば、くらいで、そこまでこだわりはないので。二人の好きでいいですよ」
「ぼくらはそれぞれにスペースを作ってもらってるんだから、むしろジュリアちゃんが好きにした方がいい気がするけど。じゃないときみの居場所じゃなくなっちゃうでしょ?」
「元々二人のための秘密基地ですし」
「ジュリアにとっても居心地がいい場所であってほしいが」
「うん、ぼくもそう思うよ。だからジュリアちゃんが決めちゃって」
「うーん……」
どうしたものかと彼女が真剣に悩み始める。そう経たずに、すごくいいことを思いついたという顔になった。
(なんかおもしろいことを言いだしそうな気がする)
「少し空間をわけましょう。オスカーのあの服に合う家具はやっぱり入れたくて、でも、全部がそうある必要はなくて。
たまに着て座ったりポーズしてくれたりするだけでいいので、それを眺めるスペースは作りたいです」
「あっはっは!」
つい本気で笑ってしまう。やっぱりバカップルは楽しい。
「ジュリアちゃんがオスカーを鑑賞する部屋? それはおもしろそうだね」
「……待ってくれ。それは逆じゃないのか?」
「逆ですか?」
「なるほど? オスカーも、ジュリアちゃんにあの服を着ていろいろなポーズをとってもらって眺めたいと。って、そうなったらもう夫婦の寝室でやって?」
「まだ夫婦じゃない」「です」
バカップルの声が揃う。
「ベッドも入れておく?」
「からかうのはやめてください……」
二人揃って真っ赤だ。
(やろうと思えばデートのたびに秘密基地に行っていちゃつくこともできるのに、一線越えないようにがんばってるのは、二人ともまじめだよね)
これ以上はあおらない方がいいだろう。
「広いし、部屋の中で軽く区画をわけるっていうのはアリかもね。
真ん中に背もたれがない広めのソファを置いて、全方面見られるようにして。そこでダラダラしてもいいし、日によって違う場所を使うのも楽しそう。
フローティン・エアを使えば家具の場所を変えるのも簡単だから、置き換えたりしてもいいし」
「複数買うぶん費用がかさみますが、大丈夫ですかね」
「ぼくは寮生活の独身貴族で、特にお金がかかる趣味もないし、お金はムダに余ってるよ。魔法協会は給料がいいからね」
「自分もだ。むしろジュリアは出さなくてもいい」
「私も実家暮らしなので大丈夫ですよ。あの服のオスカー用のソファは私が買いたいです」
「それは確定事項なのか……」
「眼福ですから。……イヤですか?」
「いや、ジュリアがいいならいいが……」
(イヤっていうより気恥ずかしんだろうね)
そもそも彼女に上目遣いでイヤかと聞かれてイヤだと言える男がいるのだろうか。
結局、なんだかんだとバラバラな家具を注文した。全部が仕上がるには一ヶ月ほどかかるそうだ。順次取りに来てもいいとのことだった。
「魔道具屋は明日にする? 遅くなってきてるし。ぼくらはいいけど、ジュリアちゃん、時間大丈夫?」
「急げば大丈夫かと。魔力測定を早めに試したいので、今日行けた方が嬉しいです」
「オーケー」
時間短縮のためにホウキで移動する。少し目立つけれど、全員ホットローブの時点で魔法使いだということは主張しているから今更だ。
魔道具屋で、彼女の目的の魔道具はすぐに見つかった。簡易測定のものであればそう高くない。
自分用には灯りを数種類選ぶ。どこに置きたいかは決まっている。
「簡単な調理器具なども入れておくか?」
「あ、そうですね。共用エリアに簡易キッチンがあると便利そうです。だと、キッチン小物も少し買いたいです」
「明日にでもその辺りと……、自分はアウトドア用品を見たいのだが」
「オスカーエリアはそっちだよね」
「じゃあ、また明日ですね。ルーカスさんも何かありますか?」
「ぼくがほしいものは揃ったけど、邪魔じゃなかったら一緒に行こうかな」
「はい、ぜひ」
くったくなく許可が出る。いつも邪魔にならないように気にしているのがバカらしくなりそうだ。
三人でホウキを並べて彼女を家まで送った。自分が買った魔道具はタイミングを見て秘密基地に入れておいてくれるという。それぞれの場所に置いていくのがのが楽しみだ。
翌日の昼休み、いつも通りやってきたスピラと昼食をとりながら、ジュリアが魔道具での測定結果を見せた。
「スピラさんが言ったとおり問題なくごまかせるみたいです。これでかなり安心しました」
「うん。よかったね?」
「はい。ご指導ありがとうございました」
「どういたしまして」
スピラが満足そうに笑う。魔法の師匠らしい感じだ。
「じゃあ、私はペルペトゥスのとこにでも行こうかな」
「あ、空間転移で入り口まで送りましょうか?」
「それは頼めると助かるかな」
「はい。食後、ここから行きましょう」
「ぼくが待ってるよ。ここを無人にするのはさすがにまずいだろうから。オスカーと送っておいで」
「助かります、ルーカスさん」
「私けっこう貢献してると思うんだけど、一瞬だけでもジュリアちゃんと二人にはしてくれない感じかな?」
「ダメだ」
「ダメだね」
「ちぇっ」
口をとがらせつつも顔は笑っている。最初からわかってて言っているのだろう。
(スピラさんとはいい飲み仲間になれそうな気がするな)
自分の気持ちを明かす気はないけれど、仲間意識はある。
食べ終えたところで、ジュリアとオスカーでスピラを送っていく。
そう経たずに戻ってきて、ジュリアが何かが入った小瓶をカバンにしまった。餞別でももらったのだろう。
(これを私だと思って、とでも言われたかな)
オスカーはその土産は気に入らなさそうだけど、しばらくは現れなくなったことにホッとしているように見える。
(毎日押しかけてこないならいいって言っていたのに、結局、毎日押しかけられていたもんね)
その流れもあって自分も毎日同席していたけれど、そろそろ潮時かもしれない。二人には二人だけの時間も必要だろう。
(……ちょっとさみしい、かな)
一人になったらデレク・ストンでも誘ってみようと思う。性格は合わないけれど、ストンも(失恋)仲間なのだ。
(あー、でも、どうかな……)
楽しそうな気はしない。
自分のことだけを考えるなら、時々チクリとすることはあっても、バカップルといるのが一番楽しいのは間違いない。




