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24 なりたくてこんなふうになったんじゃない


 タイミングを見て母に帰りに寄り道をしたいと言うと、好きに出かけていいという。一緒に帰らない場合、そのこととと夕食がいるかどうかだけ知らせればいいそうだ。今日は夕食までには帰ると答えた。

 父との大差はなんだろうか。そう思ったら、つい疑問が口に出た。


「お母様は、お父様のどこが好きなのですか?」


「あらあら、ふふ。あの人ちょっと……、いえ、とっても過保護だけど、それ以上に大事にしてくれていると思わない?」

「それは、まあ」

「いいところ、たくさんあるのよ? カッコイイところもかわいいもころも。あなたへの接し方はかなり不器用だとは思うけれど」

「不器用……」


「一年、ないくらいかしら。去年の五月半ばくらいまで、怖くて近寄りがたいと思っていたでしょう?」

「……そう、ですね」

 今の自分が戻ってくる前の、本当のこの歳の自分だった頃のことだろう。あのタイミングで突然自分が変わったことに、母は気づいている気がする。


「思春期なんてある程度は親と距離をとるのが自然なんだから、小言を控えて、私に接するみたいにしていればいいと言っていたのに、できなかったのよね。

 だからあなたが魔法使いにならないと言いだした日に、愛していると言われて舞い上がっていたわ。それはもう、無敵になったみたいに」

「舞い上がっているお父様は想像できませんが。そうだったんですね」

「それでちょっと……、かなり、調子に乗っちゃったのはあると思うわ」

「はい。そんな気はします……」


 前の時にはもっと父と距離があったからか、時々小言は言われたけれど、それを無視するだけで済んでいた。今回の絡み方は、自分がまいたタネなのはよくわかっている。

(オスカー、ごめんなさい……)

 あおりを食っているのは彼だ。今回は前の時よりだいぶ苦労させている自覚はある。


「……あの日を境に、あなたがとても大人びて見える時があるのだけど。何があったのかは聞かない方がいいのかしら?」

 さらりと言われて、心臓が止まるかと思った。気づかれているとは思っていても、確信を投げられるとどうしていいかわからない。

 ぐるぐると考えたのは、実際は一瞬だったのかもしれない。


「……いつか。……私が嫁ぐ時になら」

「そう。わかったわ」

 気負いのない了承が返って、それきり何事もなかったかのように日常に戻る。

 嫁ぐ時になら。

 それは百パーセント保身によるものだ。もし両親の元に戻れなくなっても、顔を合わせづらくなっても、居場所はなくならない。その保証がない中で正体を明かせるほど、自分は強くない。


(ごめんなさい)

 なんの異常もない、前の時のような普通の娘ではなくなってしまって。

(ありがとう)

 ずっと違和感はあったはずなのに、飲みこんでいてくれて。

 今も、話したくなければ話さなくていいという前提の聞き方だった。本当は知りたいだろうに、ムリには踏みこんでこない、尊重してくれる距離感に母の深い愛情を感じる。



 オスカーとルーカスと、待ち合わせていた家具屋の前で合流した。

「……ジュリア、何かあったのか?」

「え」

「うん。元気がなさそうに見えるよ」

「そんなこと……」

 ないと言って笑おうとしたのに、ぽろぽろと涙がこぼれる。泣く理由なんてないはずなのに、自分では止められない。

 オスカーが軽く抱きよせて、道の端に誘導してくれる。そのまま彼の胸に収まった。そんな姿が他の人からは見えにくくなる位置にルーカスが立って、背を向けてくれた。


「……すみません」

「いや、ムリをする必要はない」

「自分でもなんで泣いてるかわからないんです……。今はこんなに幸せなのに」

 ぐすぐすしながら、自分からも彼に甘える。オスカーの鼓動を聞いて彼の匂いに包まれていると安心する。

 彼を感じながら、言葉にはなっていなかったぐちゃぐちゃを少しずつ音にして紡いでいく。


「お母様が……、私が私でないことに、たぶん気づいていて。そんな言い方ではなかったし、私が話してもいいと思うタイミングまで待ってくれることになったのだけど……。

 私が私ではなくなってしまったことが、すごく申し訳なくて。

 私だって、あのまま、何もなかったらって。何もなく、あなたと生きて、戻る必要なんてなかったらって……。

 なりたくて、こんなふうになったんじゃないから……。

 前の時の、普通の女の子のままでいたかった……」


 言って、耳に返って、ああそうだったのかと思う。

 普通の女の子でいたなら。彼にだって迷惑も苦労もかけずに済んだのだ。出会い直したばかりの頃のように傷つけることもなかったし、こんなにいろいろと問題に巻きこむこともなかった。

 あんなことが起きなかったなら。

 そんなタラレバは無意味だと頭ではわかっている。けれど、気持ちが追いつかない。

 久しぶりに目の前が赤く塗りつぶされていく。呼吸が浅い。


「ジュリア」

 優しい音が降ってきて、ひゅっと息を飲んだ。

「自分が出会ったのは、今のジュリアになってからだろうか」

 オスカーの声を聞きながら、息のしかたを思い出して、少しずつ世界が色を取り戻していく。

「それは……、はい。そうですね……」

 今回彼と初めて会ったのは、この時間に戻った翌日だった。今の自分だったから、あんな変なことになってしまったのだと思うとそれも申し訳ない。


 オスカーの手がほほに触れて、視線が合うようにそっと誘導される。

 深い海のような瞳が、大切そうに見つめてくる。


「前の自分は、前のジュリアを愛したのだろうが。今の自分は、今のジュリアを愛している。それだけではダメだろうか」


「……オスカー」

 ぎゅっと抱きついて、全身で彼を感じる。大好きだ。


「何もなければよかったのだろうが。それを打ち消せない中で……、ジュリアが、戻ってきてくれてよかった」

「でも、あなたにも、すごく迷惑かけてて……」

「それでジュリアが手に入るなら安いものだ」

 フッと笑ったと思ったら、軽く唇が触れあった。痛みも悲しさも申し訳なさも溶けて、一瞬で彼の色に染められる。


「……いいんですか? こんな私で」

「ああ。こんなジュリアがいい」

 もう一度、今度は鼻先に優しいキスが落ちる。

「……ありがとうございます。オスカー。私も、今のあなたを愛しています」

 彼の首に腕を回して引きよせて、背伸びをしてキスをする。


 前の時、出会った時から惹かれていた。それから一緒にいられる時間があって、どんどん好きになっていった。幸せだった。

 途切れて、長い時間を経て戻って、最初は昔の彼と重ねて見ていたと思う。けれど、何度も何度ももっと好きになって、今は、今ここにいる彼がとても愛しい。


「ん……」

 少し長いキスをして離れると、彼からも同じだけ返される。

 両親への申し訳なさが完全になくなるわけではないけれど、今の自分がここにいていいと彼が言ってくれるだけで、安心してここにいられる気がした。


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