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23 普通に近づけたと思ったら遠ざかっていた


 月曜朝に出勤すると、ルーカスから声をかけられた。

「ジュリアちゃん、夕方ちょっとあけられる?」

「はい。普段はお母様と帰っているので、たまになら。先週も一度寄り道しましたし」

「ああ、送りオオカミ警戒クルス氏事件の日ね」

「なんですかそのネーミング……」

「オスカーは?」

「自分はいつでも」

「じゃあ行こうか、家具屋と魔道具屋」


「平日の夕方にですか?」

「きみたち休日の方が忙しいでしょ? 今週も予定入ってるし、いつ終わるかわからないし。のばしのばしになるなら、平日に行った方がよくない? いい家具はオーダーになるから時間かかるし」

「確かに」

「お前の気がはやってるだけだろう」

「それも正解」


「ふふ。新居の家具選びみたいで楽しいですね」

「待って、その場合、ぼくの立ち位置って何?」

「居候ですかね?」

「あはは。それも楽しそうだね」

「却下だ」

「だよね」

「誰の新居だって?」

 後ろから父の声がした。あまり大きな声では話していなかったけれど、通りがかりに聞こえたのだろう。


「ああ、ぼくの親戚が今度引っ越す予定で。見立ててほしいって頼まれたんだよね。オスカーと、女性の視点としてジュリアちゃんにも意見をもらえたらと」

 ルーカスがすらすらとウソをつく。表情にも気負いがない。

(ルーカスさんってほんと、ポーカーで無双できそう……)


「そんなわけで、夕方、お嬢さんを借りたいんだよね。なんならオスカーと二人で家の前まで送るよ」

「なるほど? たしかにルーカス・ブレアも一緒の方がいくらかは安心か……?」

「お父様」

 母をマネて、ちょっと低い声を出してみる。

 父が驚いた顔でこちらに視線を移した。

「もう口を出さないお約束ですよね?」

 にっこりと笑みを向ける。


「それはそうだがやはり心配というかだな」

「お約束ですよね?」

 笑顔で、けれど声はさらに落としてたたみかける。

「……悪かった」

「はい。どうぞ、お仕事の準備にお戻りください」

 終始笑顔で送りだす。


「……ジュリアちゃん、シェリーさんから学習した?」

「はい。お父様にはハッキリ言うことにしました」

「オスカー、がんばってね」

「え、オスカーはそもそもこんなに私を怒らせるようなことをしないから、大丈夫ですよ?」

「……怒らせない方向でがんばる」

「大丈夫ですって……」

 前の時、まったくケンカしなかったわけではないけれど、完全に譲れないということは一度もなかった。彼はそのままで大丈夫なはずだ。



 昼休みにスピラが来るのは定例になってきた。オスカーは少しイヤそうだけど、今日は話したいことがあるから助かる。

「スピラさん、魔法を見てもらいたいのですが」

「あ、何かつかめた?」

「ユエルからは感じられなくなっているそうなのですが、大丈夫かを確認してもらいたくて」

「うん、任せて」

 個室がある店に入り、ユエルとも話せるようにして、いつものタイミングで魔法を見せる。


「トランスパーレント・ライトノンマジック」

 全ての魔力を感じられなくするのではなく、普段使いとして少量残せるようにいろいろと工夫してみた。

 スピラが目を見開く。

「え、すごいね。ゼロイチで完全に消す方が簡単なのに、微調整してる?」

「はい。完全に消すと、かけている間は完全に魔法が使えなかったので。ホットローブも使えなくなるし、それはそれで不便だなと。このくらいだと生活や仕事に支障がないので」


「うん、よくできてるよ。だいたいルーカスくんとオスカーくんの真ん中くらいかな? 今のジュリアちゃんの外見年齢からすると、才能ある若手っていう感じだと思う」

「前の時のこのくらいの時期をイメージしていたので、よかったです。あとは年齢が上がるにつれて少しずつかけるのを弱めていけば問題なさそうですね」


「常時かけておくの?」

「普段はそんなに気にしなくてもいいのかなと。初めての場所に行くとか、初対面の人に会うとか、そういう時にはかけておいた方が無難かと思っています」

 静かに食べていたオスカーが言葉をはさむ。

「その魔法は、魔力量測定でもごまかしがきくのだろうか」

「あ、それも大事ですよね。基本的には魔力開花術式以外で職場で測定されることはないけど、もしあの時の提出結果を疑われて再測定になったらまずいですものね」


「……ジュリアちゃん、魔力開花術式で何かあったの?」

 ルーカスから聞かれてオスカーを見る。

「ルーカスには今更だからな。話してもいいだろう。術式の時にジュリアは、全ての水晶球を粉々に割ったんだ」

「……は?」

 ルーカスが本気で驚いた顔になった。そのくらい異常なことが起きていたことを再認識する。


「魔力量によっては割れることがあるらしいとクルス氏が言っていた。現在の魔法卿が術式を受けた時に真ん中のひとつを割り、すぐに次代の候補として中央に送られたそうだ」

「それって……」

「ああ。結果をそのまま報告していたらジュリアはとっくにここにはいなかっただろう」


「私も後から知ったんです。父主導で、オスカーと一緒に隠してくれたこと。私が知っていることを、父はまだ知らないでしょうが」

「あのクルス氏が、正しさよりジュリアちゃんの幸せを選んだんだね」

「そこは感謝してるんですが……」

 オスカーとつきあい始めてからの干渉のしかたがちょっとひどすぎた。

「ワイバーン戦の後にストンさんに指摘された時は寿命が縮むかと思いました」


「ああ、あの時。ストンさん、ジュリアちゃんを中央に送る気まんまんだったもんね」

「はい。もしそれで再測定されていたらごまかしようがなかったので。オスカーの言うとおり、測定器具もごまかせるなら一安心なのですが」

 スピラがモグモグごくんとしてから話に戻る。


「多分だけど、問題ないと思うよ。隠されている部分は存在しないのと同じ扱いになってる感じだから」

「姿と声を消していても、ダンジョンの合言葉は反応したんですが。大丈夫ですかね」

「うん。その時は姿を消した状態でも魔法は使えていたでしょ?」

「はい。消したまま空間転移しましたね」


「そっちには魔力自体を抑える効果は付与されてないだろうからね。認識できなくなっても存在してる、みたいな感じかな。

 多分今は、ノンマジック系の効果で存在自体が抑えられてる感じだと思う。一応確かめた方がいいとは思うけど」


「魔道具屋に目安器みたいなのなかったかな。その場でも測れるし、売ってるのもあった気がするよ」

「ああ、起動するのに必要な魔力量が魔道具によって違うからな。起動できるだけの魔力があるかを確認したい時に使う魔道具だったか」

「買って試してみます。その場で試して、万が一壊しちゃったら大変なので」

「元の魔力量だったら確実に壊れるだろうからね」

「ですよね……」

 魔道具の反応がどうであれ、スピラのお墨付きがもらえたのは大きい。心配がひとつ減った。


「これで普通に近づけて一安心です」

「いや、普通に近づいてはいないと思う」

「この短期間で前代未聞のオリジナル魔法を完成させる魔法使いが普通なわけないよね」

「魔法を解いたら爆発的に魔力量が増えるとかカッコイイです、ヌシ様!」

「むしろ遠ざかったんじゃない?」

 全員から違うと言われるとちょっとこたえる。


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