21 [オスカー] わくわく秘密基地
ドワーフ装備を気に入った。
デザインは少し重厚すぎる気がしなくもないが、着心地がよくて、見た目よりもはるかに動きやすい。鎧よりずっと軽く、可動域が大きい。
(これは大金を積んでも順番待ちになり、なかなか買えない理由がわかるな)
毎日着て出勤したいくらいだが、それはそれでもったいない気がする。
ルーカスの服はルーカスらしいと思った。相手に合わせるのがうまいのだろう。
ジュリアのデザインは彼女に似合うけれど、普段隠されている脚の露出を直視できない。見たいけれど見てはいけない感じがする。
ジュリアが元の服に戻る。
ちょっと残念に思ってしまった。普段ももちろんかわいいけれど、あの戦闘服には独特なよさがある。が、彼女がイヤがっている手前、コメントは控えることにした。
(……そもそもジュリアはかわいいから、何を着てもかわいいのだろうな)
つきあい始めてそう経たない頃から、時々ひそかに投影用の魔道具を買い足している。また近いうちに買いに行かないとと思う。
受けとるには受けとって、彼女が空間転移を唱えてその場を後にした。
自分とルーカスは着たままだ。転移の直前に礼を伝えたら、またいつでも遊びに来るように言われた。一度身内認識になると気がいい種族なのだろう。
転移先はドワーフの隠れ里の外の岩山だった。
「ここで全員に透明化をかけて、うちの敷地内に直接転移しますね。もらったトルソーをしっかり持っていてください」
「わかった」
「りょーかい」
運ぶのに重くないようにそれぞれで浮遊魔法をかけてから、ジュリアが透明化の魔法を唱える。
「トランスパーレント」
念のためなのだろう。音なども消える上位呪文だ。最初にルーカスと、ルーカスが触れているトルソーが消える。
ジュリアが呪文を重ねる。今度はルーカスが見えるようになったから、自分に魔法がかけられたのだと思う。
もう二度、唱えられた。ジュリア自身とユエルにかけたのだろう。
「では、私かオスカーに触れてください。テレポーテーション・ビヨンド・ディスクリプション」
空間転移で移動した先はジュリアの家の裏庭のようだ。
「扉の合言葉は『秘密基地へようこそ』です」
「今って声も聞こえないんだよね?」
「それは実験済みなので大丈夫です。人には聞こえないけど、魔法は反応するみたいです」
ジュリアが建物の壁に手を触れる。この位置の方が家の中から見えにくいのだろう。
「秘密基地へようこそ」
家の壁とよく似た見た目の扉がうっすら浮かび、奥に向かって開いた。前回と逆なのは気づかれにくいように意図したものだろう。
「この扉だけは消せないので、開け閉めは気をつけてください。一応、ぱっと見は家の壁と同じにしていますが」
「入る時より出る時の方が難しそうだな」
「裏庭に庭師以外が来ることはまずないので。庭師は休日には来ないですし。一応、ですね」
ジュリアが自分のトルソーを浮遊魔法で運び入れる。無機物は問題なく入れたが、頭の上のユエルは弾かれた。
「ピチ?!」
「あ、ごめんなさい」
気づいたジュリアがあわてて戻ってくる。
「オムニ・コムニカチオ。ユエル、もう話していいですよ。この中に入るには合言葉が必要なんです。『秘密基地へようこそ』と言って入ってください」
「わかりました、ヌシ様! おいらも秘密仲間に入れてもらえて嬉しいです」
「あ、ユエルはいいかなと思って入れちゃいましたが、大丈夫ですか?」
「もちろんだ」
「うん、ユエルちゃんはジュリアちゃんのペットだからね。ダメな理由がないよ」
「おいらはペットじゃなくて使い魔です! あんな軟弱なやつらと一緒にしないでほしいものです」
「あはは。そこは違うんだね。『秘密基地へようこそ』」
ルーカスに続いて、ユエルも自分も同じように唱えて中に入る。
内側から扉が閉まってから、ジュリアが透明化を解除した。
階段を降りきると、入り口よりも大きな扉がある。天井も高い。
押して扉を開けると、土壁の何もない空間が広がっている。十メートル四方くらいだろうか。部屋としては十分な広さがある。ついているふたつの扉だけが妙に立派で、不思議な感じだ。
ジュリアがいったんドワーフ装備を下ろした。
「私の分は共用エリアに置かせてもらいます。オスカーとルーカスさんは、自分のエリアでも共用エリアでも好きなところに置いてください」
自分とルーカスもいったん共用エリアに仮置きする。
「右側の紺色の扉がオスカー、左側の緑の扉がルーカスさんのエリアへの入り口のつもりで作っています。
扉のデザインも場所も変えられるので、希望があったら言ってください。」
「内装というか環境も好きにできるんだよね?」
ルーカスが珍しく目を輝かせている。
「はい。そんなに広くないので、大体の環境は実現可能かと」
「ぼくのとこ開けていい?」
「もちろんです」
「自分も」
「はい」
それぞれに扉を開けにいく。足どりが軽くなるのは仕方ない。
ジュリアは当たり前のようにこちらについてくる。かわいい。
扉の奥も共用エリアと同じくらいの広さだ。ダンジョンをイメージするとすごく小さいけれど、秘密の部屋だと思うと十分広い。
中に入って少しすると自動で扉が閉まる。
「どうですか?」
「ああ。……いいな。ありがとう」
「どういたしまして。空間はどんなふうにしましょう?」
「そうだな……。湖畔のイメージで、スペースがない方にも先があるように見せることは可能だろうか」
「はい、できますよ」
ジュリアが土の壁に触れる。少しすると、扉側を含めた外周三面、林が続いているように見えるようになり、一面とその先が、広がる湖になった。天井が消えて透き通ったキレイな空になる。
「……すごいな」
「手前は実際に水や木がありますが、奥や空はそう見せているだけですね。固定化されたドリーミング・ワールドみたいなものです」
「木にハンモックは吊るせるだろうか」
「ハンモックを用意してきてもらえれば、ちょうどいい位置に木を用意しますよ」
「買ってくる。キャンピングチェアやテントもよさそうだ」
「ふふ。秘密基地キャンプができますね。環境を夜にもできるし、季節も変えられるので、希望があったら言ってください」
「ああ。夜もいいな」
今は春先の心地いい気温に設定されている。季節感はこのままでいいだろう。
「ちょっと夜に変えてみますね」
晴天の空が一面の星空に変わる。部屋の静寂は夜の方が似合うかもしれない。
「キレイだな」
「はい。私が一番好きな星空です。……昔、あなたがドリーミング・ワールドで見せてくれた」
(なんてかわいいことを言うんだ……)
思わず、星あかりに浮かぶ彼女を抱きよせる。
「オスカー?」
驚いたように呼ぶ声が、どことなく嬉しそうにも聞こえる。
「……ジュリア」
自分の鼓動を耳にしながら、そっと、かすかに唇を触れあわせる。
「ん……」
思いを返すように、すぐに彼女からも触れさせてくる。
(かわいいかわいいかわいい……)
愛しさに飲まれて、どこまでも求めてしまいそうだ。
一度だけのつもりだったのに、もっと彼女がほしくてしかたない。必死に熱を逃がすように息を吐いて、今度はひたいにキスをした。
彼女が幸せそうに目を細めて、頬にキスを返してくれる。
ちゅっ。……ちゅ。
彼女の頬に返して、唇の下に返されて、どこまでも思いが加速しそうだ。
(……ダメだ)
これ以上は止まれなくなる。既に危ういけれど。
最後にもう一度と思ってそっと唇を触れあわさせてから、もっとと求めてしまわないようにぎゅっと抱きしめる。
落ちつくため、と思っていたけれど、柔らかくて暖かくて逆効果だ。
「……おすかぁ」
甘えるような声がした。
「だいすき」
(ああああああっっっ……)
ハチミツより甘い彼女の声に思考が溶かされる。自分との戦いに勝てる気がしない。




