18 今のフィくんは好きですよ
他では使わない約束をしたことで少し安心したのか、フィンの表情がいくらかゆるんだ。自然な表情に戻った感じがする。
「昨日の夜、身分は伏せて、彼らと夕食を共にしました。リーダー格のブラッド・ドイルさんとも話しています。
彼は『ユリア様のしもべ』だと言われていましたが、あなたの関係者ですか?」
「『仲間』だと紹介した覚えしかないのですが」
まさかのしもべ扱いが定着していた。頭を抱えたい。
「はい。子どもの頃に貧民窟にいたことがある魔法使いで、私よりずっとあの場所に詳しい人です。
お金と時間……、適切な人を使えれば、こんな魔法がなくても改善ができるというようなことを言っていました。さっき話した子どもたちの教育についても賛成してくれています」
ウソは言っていない。都合が悪そうな部分、怪盗ブラックだったということを伏せただけだ。
フィンもセイント・デイのパーティ会場で怪盗ブラックを見ているはずだが、遠目だったことや、その時はブラッドが帽子を目深に被っていたこともあって、同一人物だとは気づいていないのだろう。
怪盗ブラックは魔法協会が捕まえたと報告してあり、逃亡の話もないから、こんなに早く正規の手続きで出てこられると思っていない可能性もある。
たまたま服の趣味が近い人、というくらいな感覚なのかもしれない。このまま気づかないでいてほしいところだ。
疑う様子はないまま、フィンが続ける。
「うん。僕も話を聞いて、今までの僕らのやり方のどこが足りなかったのかがよくわかりました。強制や施し、正しさの押しつけはクソ食らえって言っていましたね」
「言いそうです……」
「彼を僕らが雇うことはできるでしょうか」
「それは本人に聞いてみてください。その上で、ここの魔法協会ではなく、多分、中央本部に所属しているはずなので、そちらがいいと言えばでしょうか」
「魔法協会の中央本部というと……」
「メメント王国の首都にありますね」
「そんな遠くからここへ?」
「ちょっと縁があって。ブラッドさんと彼の師匠は空間転移が使えるので、フットワークが軽いんです」
ウソは言っていない。都合が悪い部分、彼の師匠が裏魔法協会のトールだったことと、自分も空間転移が使えることを伏せただけだ。
喉が渇いて、ゆっくりとお茶を口に含む。
「なるほど。直接本部と交渉するのは難しそうなので、まず本人と話してみることからですね。
うまく彼を引き込めれば、あなたの魔法の部分は伏せて彼の案を盛りこみ、成功例として他の場所に広げていくこともできるかもしれません」
「そう言われれば、ブラッドさんは動いてくれる気がします。私からも、よろしくお願いします」
「はい。任されますね」
フィンがにこやかに言ってから、瞬時に真剣な顔になる。
「なので、今度の約束は絶対に守ってください」
「ごめんなさい……」
「この件については厳しいことばっかり言ってるから、君に嫌われるんじゃないかというのは心配だけど。僕が嫌われることより大事なことだと思うから」
「嫌ったりしませんよ? むしろ感謝してます。忙しいのに優先して対応してもらっているのも申し訳ないというか。
厳しいことも、みんな私のために言ってくれているのだとわかっていますし。
……ありがとうございます、フィくん」
感謝と親しみを込めてそう読んだら、フィンがパァっと嬉しそうな顔になる。
「ピカテットの会も楽しみにしてるよ。あと、それ以外でも。僕から誘っていいかな?」
「ダメだ」
答える前にオスカーがぶったぎった。
「……ダメだそうです」
「友だちとしても?」
「将来的に家族ぐるみなら考えなくもない」
「それは……、僕にも伴侶が必要っていうことですか?」
「そうだな」
「実質的な完全拒否ですよね……」
「そうか?」
オスカーの条件はちょっと厳しい気がして、助け船を出す。
「結婚後、あなたも一緒ならいいんじゃないですか? ルーカスさんも独り身かもしれませんし」
「待って、ジュリアちゃん。その予言は現実味がありすぎるんだけど」
つい事実を言ってしまったけれど、ルーカスはそれに気づいた気がする。
(余計な被弾をさせてごめんなさい……)
「ルーカスはルーカスだからな。元彼とは話が別だろう」
「そんなこともありましたね……」
すっかり忘れていた。オスカーが引きずっているのは意外だ。
「リアちゃん、それ地味に傷つくんだけど……」
「すみません、フィン様。私の問題が解決して忙しくなくなった頃には条件がゆるむかもしれないので。その頃に聞いてみていただければと」
「うん、わかった。僕で力になれることがあったらまたいつでも連絡して。こっちからも時々進捗報告するよ」
「ありがとうございます」
振った相手だということを思いだすと申し訳なさはある。今こうしていられるのは、フィンが大人な対応をしてくれているからだ。
つきあう形にしていた頃は確かに困ったけれど、友人になってからはずっと助けられている。ありがたい。
「私、今のフィくんは好きですよ」
「帰るぞ」
「帰ろう」
思ったままを言ったら、すぐにオスカーとルーカスに連れ出された。
領主邸からひっぱり出されて、すぐにルーカスに叱られた。
「ジュリアちゃん、人としてっていう意味だろうけど、オスカー以外の男に『好き』はダメ! 絶対!!」
「え、私、ルーカスさんにも言いましたよね。ダメでした?」
「元々ぼくが言いだしたことだから、そこを突かれると痛いんだけど……。
あのね、男ってきみが思ってるより単純だから。かわいい女の子からそんなこと言われたら、その気がなくてもその気になることがあるからね。
ましてや、元々気があるのわかってる相手でしょ。完全にアウト。よりを戻したいとかキープしたいとかじゃないんでしょ?」
「それはもちろん、そんなつもりはまったくないです」
「でしょ? なら、やめてあげて。他の相手に行けなくなるだろうから」
「……あ。確かに、そうですね」
フィンの気持ちは、できればバーバラに向けさせたい。自分にとどめてはいけない相手だ。
「だと、会うのも控えた方がいいんでしょうか」
「そうだね。必要最低限がいいんじゃないかな。なんならぼくらがきみの代理で行くし。だと、脈なしがよくわかるだろうから」
「わかりました。気をつけます」
「うん。わかってくれてありがとう」
ルーカスとオスカーが揃って肩の力を抜いた気がする。
(異性の友だちって難しい……!)




