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17 ユリア様像に冷や汗が止まらない


 領主邸を訪ねる。

 前回は想定外に大変だったから、今回はオスカーとルーカスの同行許可をとった。ルーカスも一緒なら彼氏と来た感じが薄れるからいいだろうという判断だ。ユエルも許可されたため、頭に乗せて来ている。


「リアちゃん、いらっしゃい」

「はい、フィン様。今日はありがとうございます。よろしくお願いします」

「あれ、もうフィくんとは呼んでくれないの?」

「……気が向いたら、ですかね。少なくとも今日は公用なので」

「ここで話してる時点で半分は私用だけど、まあいいや。

 ご用件をお伺いしましょう、ジュリア・クルスさん」

 フィンが友だちの顔から、次期領主の顔に切りかえた。


「ありがとうございます。前に相談していた貧民窟の件なのですが」

 子どもたちを引きとる施設ではなく、日中に預けられる施設のメリットについて、スピラが言っていたことに自分の言葉を足して伝える。


「なるほど? 前例はないけど、おもしろいですね。親元だと十分な教育を受けられない子どもを公的に預かるというのは検討の余地があると思います。

 今は、裕福な家は家庭教師、その少し下だと私塾という感じで、それにすら入れられない家は親が最低限を教えている程度ですからね」


「魔法協会に入ってくる新人の中にも、まれにですが、読み書きができない人もいます。大体は魔法使いの家系で裕福なので、珍しいのは珍しいのですが。そういう人の底上げを行政サイドでしてもらえるとありがたいなと」

「その中に貧民窟の子どもたちも入る、と」


「保育と教育で、子どもたちはちゃんと市民になれる可能性があります。いくらかいい仕事にもつけるかもしれません。

 本当はそっちをメインにしてもらいたいけど、多分、それだと話が通らないと思うので」

「その通りだと思います。それで、貧民窟の子どもたちを親が預けてくれる可能性があると、ジュリアさんは思っているんですね」

「……はい。そのあたりは大丈夫かと」

 今の貧民窟の住民たちは、自分が言えば「喜んで!」としか答えないだろう。


「なるほど?」

 フィンが苦笑して、後ろに控えていた使用人に何かを持って来させた。

 コトリ。

 テーブルに木製の像が置かれる。

(あれ、私……?)

 それはドレスにローブをまとった自分の姿に見える。少しかわいすぎる感じに誇張されている気はするけれど。


「ジュリアさん、これが何かわかりますか?」

「えっと……、私の像、ですか?」

「僕にもそう見えます。これは昨日、貧民窟で買い取った『ユリア様像』です」

「……はい?」

 ドバッと冷や汗が出た気がする。


「話をする機会がほしいという連絡をもらって、この前の続きだろうと思ったので、改めて現状の調査に行かせたんです。

 無気力で排他的で攻撃的だった雰囲気がまったくなくなり、嬉々として環境整備や家事育児をしている姿に驚いたそうで。話を聞くと異口同音に『ユリア様が幸せになる魔法をかけてくれた』と言われたそうです」

 ドッドッドッドッと心臓がイヤな跳ね方をして、冷や汗が止まらない。


「その中に高齢の彫り師がいて、これを量産していました。貧民窟……、もうただの集落と呼んだ方がいいのかもしれませんが、そこの全員に配るのだと」

(きゃああああっっっっっ!!!!!)

 内心で悲鳴をあげる。今すぐ穴を掘って入りたい。


(師匠に頼めばよかった……!!!!!)

 自分がなんとかしたいことだから自分でやるべきだなんて思ったのが間違いだった。スピラならこんなふうに顔が知られても困らないだろう。

 自分は困る。今すでに死ぬほど恥ずかしいし、もしこれが父の手に渡ったらと思うと、恥ずかしさを通り越して血の気が引く。


「担当者がひとつ譲ってほしいと言ったらかなり高額をふっかけられたのは余談ですが。どうするかと聞かれて、僕が見に行って、その場で買い取ってきたんです。

 ジュリアさんの反応を見る限り、無関係ではなさそうですね? あれだけクギを刺したのに、行ったんですか?」

 フィンは笑っているのに、目が笑っていない。雰囲気が領主らしい。


 ちらりとオスカーとルーカスを見たが、オスカーは難しい顔をしていて、ルーカスには首を横に振られた。物的証拠が目の前にあるから、言い逃れはできないということなのだろう。


「……えっと、はい。簡単に話すと、協力者が増えて。いろいろなアイディアが出て、安全も考えた上で、ちょっとだけ、手を出しました……」

「ちょっとだけ、『幸せになる魔法』をかけたと……?」

「はい。まあ、そんなところです……」

 どんどん小さくなってしまう。フィンの忠告を無視したのは事実だ。


「私が魔法に詳しくないだけかもしれませんが。そんな魔法は初耳です。あなたのオリジナルですか?」

「えっと……、はい。そんなようなものです」

 古代魔法だとは言えない。オリジナルということにしておいた方がまだマシだろう。


 フィンが大きなため息をついた。

「それが本当なら、あなたの魔法は劇薬ですね。麻薬と同じかもしれない。使いどころと用量によっては現状を劇的に改善できるけれど、この世界を壊すこともできるでしょうね」

「それは自覚してます……」


「……わかりました。その方法を他の街の貧民窟で使おうとしないこと。それを条件に、僕は何も聞かなかったことにしておきます」

「え……」

 他では使ってはいけない。それはつまり、他の場所の現状は放置するように言われたのも同然だ。ブラッドとは、この街でうまくいったら他に広げていこうという話をしていた。それは困る。

 そう思ったのが顔に出たのだろう。フィンが頭を抱えた。


「やっぱり、ここだけではなく、世界を変えるつもりだったんですね……」

「ダメ、ですか……?」


「そんな魔法が使える魔法使いがいると知れたら、世界は君をめぐって戦争になると思う。僕はそんな渦中に君を放り込みたくない」

「あ……」

 真剣な目で、飾らないフィンの言葉でそう言われて、止められた意味を理解した。


「……なので、とりあえずユリア様像作りはすぐに止めて、あるものも壊してください」

「はい、それはもちろん。魔法についても口止めします」


「事前に僕のところに相談に来なかったのは、その魔法を知られたくなかったから、ですよね?」

「はい、すみません」

「いいえ、その感覚は正しいです。これからも誰にも知られないように、できれば使用自体を控えてください」

「もちろんそのつもりでいます。すでにけっこう後悔しているのですが、もう後には引けないだけというか」

「あなたがノリノリで使う人でなくてよかったです」


 師匠も使えることとか、師匠はノリノリで使いそうな人だとか、なんなら他の場所は師匠に頼んでみようと思っていたというのは口が裂けても言えない。


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