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16 [オスカー] 透明化の魔法は男が使えるようになってはいけない


 朝、ルーカスと世間話をしているところにジュリアが出勤してくる。クルス氏が数歩後ろからついてきた。


(……?)

 ジュリアはいつもより表情が固いし、クルス氏は不機嫌というより困惑している感じだ。

 いつも通り近くに来た彼女と挨拶を交わしてから、声をひそめて聞いてみる。


「……ジュリア。昨日の帰宅後にクルス氏と何かあったのか?」

「え、なんでわかったんですか? 実は……」

 かいつまんで話してくれた内容によれば、昨日帰りを待たれて監視されていたことをジュリアが怒り、聞きわけのないクルス氏にジュリアの母(シェリーさん)が怒って、最終的には二度と自分たちのことに干渉しないということになったらしい。


(それは……、嬉しいな)

 ついそう思った横でルーカスが大笑いしている。

「ちょっ、ルーカスさん、笑いごとじゃないです」

「いやいや……」

 ルーカスが半笑いのまま声を小さくする。

「クルス氏は確かに父親としてはウザいし、シェリーさんすごいカッコイイなって」

「はい。お母様、カッコよかったです」


「まあ、よかったんじゃない? ウザ絡みがなくなるんでしょ?」

「だといいのですが」

(だといいな……)

 希望的観測な気もする。


「今日のクルス氏は機嫌が悪そうだから、あんまり関わりたくないけど」

「これから父と二人で研修なんですよね……」

「あー、それがあったね。お疲れ様」

 話していると、ジュリアに魔道具の手紙が届いた。これまで仕事中にそういうものを受けとってはいなかったから、用件が読めない。


 手紙に目を通したジュリアが息を飲んだ。

「ジュリア?」

「ジュリアちゃん?」

 自分とルーカスにも手紙を見せてくれる。

(ラヴァ……!)

 署名にはアイと入っている。裏魔法協会のラヴァが、他に気づかれないための偽名だと言っていた名だ。

 ジャアの説得に成功したから、日時と場所を決めたいという連絡だった。


「その件もあったな」

「いつがいいですかね?」

「ピカテットの会はいつになりそう?」

「ルーカスさんが飼うかどうかの話もあるので、少し先でと言っています」

(ピカテットの会、か)

 それ自体はいいが、ジュリアに気があるフィンとバートがいるのが問題だ。フィンは決闘で勝ってからは大人しいから、変態バートの方がより問題だ。

(同行できるとはいえ、あまり行かせたくはないな)


「暖かくなったころに外で花見を兼ねてとするのはどうだろうか。忙しいからあまり参加できないとは言ってあるだろう?」

「オスカー天才ですか……!」

「あはは。あんまり会わせたくなくて必死なだけだと思うよ」

(なんでわかるんだ……)

 ルーカスにはそういうところがある。嫌いではないが、恥ずかしさはある。


「けど、いい案だと思う。最近のきみたちは忙しすぎるからね」

「そう思いますか?」

「うん。クルス氏には聞こえないように言うけど、二人の時間が足りてないでしょ?」

「さすがルーカスさんです……!」

(さすがルーカスだな……)

 昨日まさに彼女にそう言ったところだ。同じ気持ちが返って嬉しかった。


「今週土曜も午前中はフィン様に会うんでしょ? 午後はゆっくりすること。

 で、来週土曜の午前にこの手紙の話を入れたら? 相手の反応次第では長引くかもしれないから」

「わかりました。オスカーもそれでいいですか?」

「ああ。構わない」

 朝の最低限の処理を終えたクルス氏に呼ばれ、ジュリアが小さく息をついた。

「じゃあ、行ってきます」



 昼休みにスピラとブラッドが襲来した。これで三日連続になる。

 スピラはジュリアとの約束通りで、ブラッドは予想通りだ。それなりの格好の貧民窟の住人が何人か近くに見える。


「俺は今日は報告だけな。働けそうなやつらのうち、十二人はとりあえず今日の仕事に出した。あとは合いそうな仕事がなかったから、スキルをどうするかも含めてこれから話し合いだ。

 字が読めないやつも多いから、そのあたりも考えないとな。昼メシくらいはおごってやるつもりでいる」

「了解です。お疲れさまです」


「ああ。まあ、順調だろ。また何かあったら報告に来る」

「ありがとうございます。時々様子は見に行こうと思っていますが、困った時だけ来てもらう感じで、ブラッドさんの裁量でいいですよ。ブラッドさんの方が私よりずっとよく考えていると思うので。頼りにしてますね」


「……わかった」

 一瞬、ブラッドがなんともいえないような、嬉しさや気恥ずかしさを見せないように飲みこんだような表情になった。


(人たらしなんだろうな……)

 恋愛感情を抜きにしても、彼女から純粋な信頼を向けられて嬉しくない男はいないだろう。後ろ暗いところを持っていたら尚更だ。

 彼女の中には元犯罪者というレッテルも気負いもない。任せられるだけの能力があるかないかしか見ていない気がする。

(人たらしで済めばいいが)

 これ以上陥落させるのは勘弁してほしい。


 ブラッドが、待たせていた住人たちを連れて街中に消える。


「スピラさんはいつもの店でいいですか? 今日は個室じゃないと困るので」

「うん、もちろん」

 ジュリア、ルーカス、スピラと、ジュリアの頭の上のユエルと一緒にいつもの店に入る。個室になっていて、料理が運ばれてきたあとは、呼ばない限り人が来ないから使い勝手がいい。


「私の魔力を隠す件なのですが」

「うん。どう?」

「とりあえず見てほしい魔法があります」

「うん。いいよ」

「トランスパーレント」

 前に聞いた呪文より短い。不思議に思う間に、彼女の姿が目の前から消えた。


「……え」

 スピラの目が点になる。

「消えたな」

「消えたね」

「透明化の魔法の短縮詠唱だろうか」

 ルーカスと話していると、スピラが目をまたたいてから吟味するようにしなから言った。


「……ううん。上位魔法かな。見事に魔力も気配も感じられない」

「ピチチチチ!」

 机に降りていたユエルが困ったように旋回する。


「ジュリアちゃん? 今どこにいるの?」

「……返事がないな。声も聞こえないんじゃないか?」

 彼女の席のスプーンがすっと消えた。

「あ、そこにいたんだね」

 返事をするかのように、今度はスプーンが現れた。


「消えた状態で物を持って他からの接触を断つと、その物も消えるのはカラーレスと同じかな」

 スピラが考えながら指示をだす。

「ジュリアちゃん、『はい』ならスプーン、『いいえ』ならフォークを消して?」

 スプーンが消える。


「こっちの声は問題なく聞こえてるね。もう少し検証しよう。ジュリアちゃん、誰でもいいから触ってみて?」

(誰でもよくはない)

 姿を消した彼女がルーカスやスピラに触れるのはイヤだ。特にスピラは想像するだけでもイヤだ。

 そんなふうに思っていると、もものあたりに触れられた感覚があった。


(?!)

 自分が選ばれたのは嬉しい。嬉しい、が、さわさわと彼女の手があしをなでると妙な気持ちになりそうだ。

(なんで手とかじゃないんだ?!)

「……ジュリア、そこはちょっと」


「待って、ジュリアちゃんどこ触ってるの。そこんとこ詳しく」

「うわあ、うらやましい。私も触られたい」

「絶対にダメだ」

「ちぇっ」

 スピラが軽く口を尖らせてから続ける。

「触られたらさすがにわかるんだね。あと、ジュリアちゃん、他の人にもかけられる?」

 スプーンとフォークが同時に消える。


「どっちかわからない感じかな。試しにもう一人透明化してみて?」

 呪文は聞こえなかったが、直後、消えていたジュリアの姿が見えるようになった。

(……かわいいな)

 パッと目の前に天使が現れたようで、ちょっと新鮮だ。


「私からはオスカーが見えてますが、どうでしょう?」

「自分からもジュリアが見えるな」

「オスカーが消えたね」

 ルーカスが知らせるように言い、スピラが続く。

「オスカーくん、どう? ジュリアちゃんが見えてる?」

 自分の席のスプーンを手にして持ち上げる。

(これで向こうからは消えて見えるんだよな?)


「うん、やっぱり、カラーレスの上位魔法だね。持ったものは消えるし、触ればわかるし、同じ術者がかけた者同士はお互いに見える」

 スピラが結論づけるように言った。

「この短期間で上位魔法を生みだしてくるなんて、ジュリアちゃんは天才肌の魔法使いなんだね」


「……これは、かなりいい魔法な気がするな」

「そうですか?」

「今この会話はスピラたちには聞こえていないし、自分たちの姿も見えていないのだろう?」

「そうですね」

「それはつまり……」

 そっとジュリアの手をとり、自分の口元に引きよせ、ちゅっと、軽く手の甲のキスをした。

「こういうことをしてもわからないということだからな。元の魔法と違って音も気配も伝わらないというのは大きい」


 ジュリアが顔を赤らめて見上げてくる。かわいい。

「……確かに。触れるなら、手を繋いだままオスカーだけ見えなくして、私の部屋に連れていくこともできますね。あ、秘密基地も入り放題ですね」

(……なんてことを言うんだ)

 彼女の部屋? 秘密基地? 入り放題??

 二人きりの密室。しかも、やろうと思えば全ての音を周りに聞こえなくして、二人きりの世界に没入できるということだ。

(それは……、いや、落ちつけ……)


「あれ? ジュリアちゃん、もう解除していいよ。戻っておいで」

 スピラに言われてジュリアが解除の呪文を口にする。

「待って。なんでオスカーは顔が赤いの?」

「なんでもない」

「私たちから見えないのをいいことにいちゃつかないでほしいんだけど?」

「いちゃついてない」

 スピラはまったく信用していないジト目で、ルーカスはニヤニヤしている。


 ジュリアがおずおずと話を戻す。

「あの、ダンジョンに入るか、完全に消えるかすれば魔力も隠せるのはわかったのですが。どちらも生活ができないので、あと一歩足りないというか」

「うーん、完全に消せたなら消すものを限定するだけだから、もうそんなに難しくないんじゃないかな。ノンマジックでも足してみたら?」


「ノンマジックですか?」

「あれは魔力に干渉する魔法だから。自由に魔法を使うには解除しないといけなくはなるだろうけど」

「解除は簡単なので、試してみてもいいかもしれません。ありがとうございます」

「どういたしまして」


 ジュリアの師匠(スピラ)のアドバイスが終わったところで、ルーカスが珍しく真剣に言う。

「ジュリアちゃん、透明化の上位魔法は秘匿した方がいいと思う」

「はい、私もそう思います。音も気配もなくなるのを悪用されると大変ですからね。禁呪レベルだと思います。

 もしかしたら上位魔法がないのではなく、見つけた人がみんな隠してきているだけなのかもしれませんね」


「うん。ここのメンバーだけの秘密ね」

「はい、そうしてもらえると」

「わかった」

「私も了解」


(ジュリアの部屋に入り放題……)

 まじめな話をしているのに、どうにもそう言われた衝撃が抜けない。

 この魔法は絶対に、男が使えるようになってはいけないと思う。


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