15 いちゃいちゃ不足と父と母
ふいにオスカーに抱きよせられて驚いた。
軽く甘えながら、意図を尋ねるように見上げる。
「オスカー……?」
「ジュリアの魅了の魔法が強力すぎる……」
ささやくように言われて、ぎゅっと抱きしめられる。めいっぱいドキドキしながら、ちゃんと答えないとと頭を回す。
「え、あ……」
(あの古代魔法には驚くわよね……)
「……それは、ほんとに。久しぶりに使って自分でもびっくりです。言われるまで存在を忘れるレベルで封印していた理由がよくわかりました……」
「……クルス氏から家の前ではダメだと禁止されているから。今、少しだけ」
「?」
話がかみあっていない気がする。不思議に思いつつ見つめると、頬にそっと大きな手がそえられた。
ちゅっ。
遠慮がちに、けれど確かに、唇が触れ合わされる。
(ひゃあああっっっ)
ほんの一瞬だったのに、大好きな気持ちが全身を駆けた。
むしろ自分が、いつもオスカーから魅了の魔法をかけられている気がする。そう思って、そういう意味で言われた可能性に気づく。嬉しいけれど、彼の方がずっと強力だと思う。
彼の首に腕を回して引きよせて、自分からもそっとキスをする。
(大好き……)
彼が目を細めて、再びしっかりと力強い腕で抱きしめてくれる。ドキドキするのに安心して、とても幸せだ。
オスカーがゆっくりと息をついて、小さな音を紡ぐ。
「ジュリアに協力者が増えることは喜ばしいはずなのに……、どうにも……、最近、ジュリアが足りない」
(オスカーも同じ……)
自分も彼が足りないと思っていた。同じなのが嬉しくて、申し訳なさそうに告白してくれる声がとても愛しい。
「私もです。どこかのタイミングで、少し二人でのんびりしたいですね」
「ん」
手をつなぎ直して、再びゆっくり歩き始める。
「秘密基地、ちゃんと作ってますよ。固定化が終わる前でもいつでも入れるので、遊びにきてください」
「それはいいな。……クルス氏の手前、応接室に二人きりにはしてくれないだろうから、ルーカスは必須だろうが」
「ふふ。そうですね。お父様に出張でも入ればいいのに」
「ないだろうな……。自分が入って三年以上になるが、一度もなかったから」
「そうなんですよね。私の記憶にある範囲でもないです。お母様と二人で休日に出かけてくれるだけでもいいのに、出不精なんですよね……。子どもの頃はけっこうあちこち連れていってくれていたのですが」
「外が好きというより、ジュリアと出かけたかったのだろう」
「たぶんそうなんだろうと思います」
みんなといるのも好きだけど、やっぱり二人だけの時間はほしい。つきあい始めたころはそれなりにとれていたのが、最近はすっかり減っている。
彼と二人でいると時間があっという間だ。家につかないといいと思っているのに、すぐに着いてしまった。
(家の前でのふれあい禁止はむしろ私がつらい……)
繋いだ手を離せないまま彼を見上げる。
「……また明日」
「はい。また明日」
そっと頭をなでてくれる。すごく嬉しい。ホウキで帰る彼が見えなくなるまで見送ってから家に入った。
「家の前での約束は守っているようだが、他でも守っているのか?」
帰った瞬間に父に言われて、頭を抱えたくなる。
「お父様……。いつから見ていたんですか」
「帰りが遅いなと思ってからずっとだ」
実際に頭を抱えた。
「……お父様、暇なんですね。そんなに私から嫌われたいですか?」
「待て、ジュリア。私の何がいけないんだ?」
「プライバシー侵害です。今度やったら、しばらく仕事以外では口をききませんからね」
話が聞こえたらしい母がやってくる。
「ごめんなさいね、ジュリア。止めきれなくて。それにまさか、あなたに言うとも思わなかったから」
「お母様……。私はもう子どもじゃないのだから、お父様にも大人になってもらいたいです……」
「私のどこが大人じゃないと」
「あなた」
母の声が低い。初めて聞くレベルだ。父も驚いたのか、ピタッと止まった。
「今後一切、ジュリアとウォードくんのことに口を出さないでください」
「シェリー?!」
「お見合いですら、あとは若い人たちでと言うじゃないですか。そもそも、あなたも私も、ジュリアを節度のある子に育てているはずです」
(……時々節度がなくなりそうになってごめんなさい)
内心でつい謝ってしまう。母の言葉は父の態度以上に、節度を取り戻させるのに有効だ。
「ウォードくんも、そうハメを外す子ではないでしょう? 私が見ている範囲でも、ほかの若い子たちよりずっとしっかりしていると思うわ」
「しかしだな……、若いうちは万が一というのも」
「あなたが私に手を出しかけたように?」
(……ん?)
「シェリー! それは子どもの前でする話では……」
父が珍しく声を大きくしたが、対する母は静かな音なのに有無を言わさない響きでさえぎった。
「あなたが聞き分けのないことを言うからです。それに、ダメだダメだと言い続けるのは、むしろそうしろと言っているようなものだともとれるんですよ?」
「そんなつもりはない!!!」
「なら、もう放っておいてくださいな。このくらいの歳の子は、本人が話したい時にだけ聞くくらいがちょうどいいんです。
むしろジュリアもウォードくんも、よくあなたの横暴をこれまでガマンしてきたと思いますよ」
「横暴……」
「ありがとうございます、お母様。お母様、大好きです」
父に言いたかった以上のことを言ってもらえてスッキリだ。
「ジュリア、私は……?」
「今後一切口を出さないなら、お父様も好きです」
「うううっ……」
眉を下げた父が幼く見える。
(まあ、まだこのくらいの歳だから、しかたないわよね)
実際は自分の方がずっと歳上だ。どこかで精神年齢は上がらなくなる気がするから大差ないかもしれないけれど、それでも、寛大に許そうと思う。
本当のこの歳の頃の自分にはできなかったことだ。前の時は父を避けていたから、オスカーとのことに口を出される余地はなかった。
「お父様、お母様、このお話はここまでにしてお夕食にしませんか? お腹がすきました」
「ええ。本当はそのために帰りを待っていたのよ」
笑みを浮かべる母はすっかりいつも通りだ。
前の時は父を怖いと思っていたけれど、この家で一番怖いのは本当は母なのかもしれない。
この投稿で、連載を始めて半年になりました。
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