14 人と話すって大事なんですね
「では、夕方にまた来ますね」
「はい! ユリア様万歳!!」
(うううっ……)
崇められすぎて鳥肌が止まらない。ちょっと泣きそうだ。
差配を終えたところでブラッドの空間転移で街へと戻った。簡単な昼食をとりながら夕方にやることと待ち合わせ場所を決めた。
ブラッドはしばらくホワイトヒルの近くにいられるようにしてもらったそうだ。
代わりにホワイトヒルからブラッドが空間転移で行ける範囲内の用件をいくつか押しつけられたようで、魔法協会は人使いが荒いとぼやいていた。それさえやればいくらか時間の融通は効くだけマシとのことだ。
別れる前に、スピラに透明化の魔法を見てほしかったことを思いだして声をかける。
「あ、スピラさん。相談ごとの続きをお話ししたくて。明日のお昼もお時間ありますか?」
「もちろん。任せて」
嬉しそうな笑顔でオーケーのジェスチャーを返される。
「ありがとうございます」
急いでホウキを出して、少しスピードを出して研修先へと向かう。バタバタだ。
忙しいけれど、暗礁に乗り上げていた問題が解けそうだから、充実感や達成感は大きい。
仕事上がりに昼のメンバーと繁華街で待ち合わせた。
スピラは元々関係なかったはずなのに、当たり前のように来てくれた。前の時の、面倒見がいい師匠のイメージが重なる。恋愛対象にさえならなかったら何も問題はなかった気がしてくる。
「まず食料からですかね」
「おう。今夜の夕食と明日の朝昼の分でいいだろう。明日の夜からの分は稼げた金額を見て考える」
それほど使い道がなくて夏から貯まっている給料から出そうとしたら、オスカーが半分持つと言いだし、ルーカス、スピラまで重ねてきた。
ブラッドが不甲斐なさそうに続く。
「ここは俺が全額、と言いたいところなんだが、話したとおりスカンピンでな。生活用に素材採取や魔物の討伐で稼いでた分が少し残ってる程度だ」
「あ、生活費は別だったんですね」
「おう。じゃないと軍資金が目減りするからな」
「裏ルート?」
「だな。身分証が必要なところだと売れなかったから」
スピラがさらりと聞いたことにブラッドがうなずき、スピラが納得した顔になる。
「あ、やっぱり。私、一度か二度見かけたことがある気がしてたんだよね」
「なんだお仲間……、ああ、ダークエルフは身分証を持てないからか」
「うん。正確には、ダークエルフの身分証しか持てないから、かな。正体を知られるといつ捕まえられるかわからないから、身分証ナシの方が安全なんだよね」
「……犯罪者以上にろくでもない世界だな」
「ふふ。大体お仲間であってるよ」
ブラッドが口角を上げてから続ける。
「まあ気持ちの上では全額出したいんだが、という話だ。借りておくっていうのはアリか? あいつらがちゃんと稼げたら、あいつらがちゃんと返すってことで」
「負債ってイヤな感じでしょうし、余裕が持てるなら彼らの生活をよくする方に使ってほしいので。やりすぎない範囲の初期費用は出せたらと」
「均等割でいいんじゃないか?」
「ぼくもそう思うよ。向こうの人数が多いから、防寒具を買うのも考えると最低限でもけっこうな金額になるでしょ?」
「うん、私もそれでいいよ」
オスカーの提案に、ルーカスとスピラが同意する。貧民窟をどうにかしたいのは自分とブラッドだから少し申し訳ない気もするけれど、みんながいいならと甘えさせてもらうことにする。
食べ物に加えて、今夜の安全と働くのに必要な最低限のものを調達した。量があるため、買うたびにブラッドが空間転移で運んでいく。
支給するのは最低限だ。あとは自分たちで稼いで買ってもらうのがいいという考えで満場一致している。
魅了をかけているため与えすぎが労働意欲に影響するわけではないけれど、働いたお金で自分たちが快適になっていくのは大事な体験だ。
「ユリア様、ありがたや」
「ありがたや」
支給品を配ったら高齢の人たちから拝まれた。子どもたちを筆頭に周りがマネしていく。やめてほしい。
「ユリア様ありがたやー」
「ルーカスさん、やめてください……」
悪ノリされるのには苦笑するしかない。
昼に始めさせた木の切り出しは思っていた以上の成果だった。エリアを囲む柵を作るのには足りるだろうし、一部は家の増強に回せると思う。端材でしばらく暖も取れるだろう。
「がんばりましたね」
「はい! ユリア様のために!!!」
声がそろってゾワっとする。
「働いている間もそんなことを言ったり、歌にしたりしてたぞ」
「歌?!」
ブラッドの報告に驚いていたら、スピラが満足げに笑った。
「ね? 魅了状態ならどんなことでも嬉々としてやるでしょ?」
「いいんだか悪いんだか……」
「なんで? いいことしかないじゃない」
そう言い切るのがスピラらしい。
安全のために、魔法も使ってみんなで防御柵だけは完成させておく。今まで大丈夫だったからといって大丈夫だとは限らないと話していたら、前に魔物に入られて一時的に避難したこともあったそうで、それなりに被害は出ているとのことだった。
「あとは、それぞれに合った仕事をどこで受けるか、ですかね」
「明日の朝、俺が連れて行く」
ブラッドがすかさず答えてくれた。
「冒険者協会に登録するのがいいやつもいるだろうし、日雇いの斡旋をしているとこへの登録がいいやつもいるだろ。
まずはその二カ所から始めて当面をしのいで、春くらいから、常勤になれそうなやつは移行していけるといいだろうな。
冒険者は向いてればそのままでもいいだろうが。普通の日雇いは給料がイマイチだし、街に馴染むという意味でも弱いだろ」
「ありがとうございます。心強いです」
「ああしたらいい、こうしたらいいっていう想定だけはかなりしてきたからな。一番大変な工程をあんたがすっとばしてくれたから、この先は楽なもんだ。基本的に任せておいてもらっていい。行政サイドのことは頼みたいが」
「はい。フィン様からいつでもとお返事が来ているので。次の土曜の午前中に話してきますね」
ひと段落したところで、みんなでブラッドに街まで送ってもらった。ブラッドはしばらくあそこに住むことにして戻っていく。
空間転移が使えるのは便利だ。短距離とはいえ、そろそろ魔力的にきついかもしれないが。
帰ろうとしたところで、オスカーから声をかけられる。
「家の前まで送ろう」
「いいんですか?」
「ああ」
「あ、なら、私も一緒に」
「うん、スピラさんはやめてあげて。明日のお昼も来るんでしょ?」
「そうだけど、それとこれとは違うよね?」
ルーカスから止められたスピラが不服そうに口を尖らせる。
ルーカスがニヤッと笑って返す。
「ここはあっさり見送った方が、ジュリアちゃんに好かれると思うよ」
「ほんと?」
スピラから視線を向けられてうなずいた。
「そうですね。その方が嬉しいです」
「わかった。じゃあ、また明日ね」
「はい。色々と協力してくれてありがとうございます」
「どういたしまして」
スピラが軽い足取りで街の中に消えていく。
「じゃあ、ぼくも。また明日」
「ルーカスさんも、ありがとうございます。すごく助かりました。師匠の扱いを含めて」
「あはは。そのへんは任せて」
ルーカスがひらひらと手を振って、寮の方へと歩きだす。
その背を見送ったところで、オスカーが手を差しだしてくれた。
そっと重ねて、恋人つなぎでしっかりと握る。お休みの日もお昼休みもこのくらいのことすらできなかったから、すごく嬉しい。
見上げて、視線が絡んで、嬉しすぎて頬がゆるんだ。オスカーも笑みを返してくれる。嬉しい。
夕食間近で、早く帰ったほうがいい時間なのはわかっているけれど、どうしても足が遅くなる。
「あなたも。ありがとうございます」
「いや。ジュリアが心配していた問題が解決できそうならよかった」
「はい。人と話すって大事なんですね。思いがけない人が思いがけない解決法を持っていたり。私が考えられていないことをよく考えていたり」
「そうだな。……自分は、今回はあまり役にたてていないが」
「え、そんなことないですよね?」
「いや、そんなことあるだろう?」
「ルーカスさんとブラッドさんに洗浄魔法を教えてくれたし、率先して重いものを運んだり配ったりしてくれてましたし、お金まで出してもらっちゃったし。
何より、あなたがいてくれると安心するので。いなかったら、私ががんばれないですから」
オスカーが足を止めて、ゆっくりと長く息を吐きだした。
「……ジュリア」
「はい」
どことなく甘く呼ばれ、繋いだ手を軽く引かれて、胸の中に抱きよせられる。
(ひゃああああっっっっ)
びっくりしたけれど嬉しいけれどびっくりした。ひと息に跳ねた心臓が騒がしい。




