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13 魅了の魔法が合わなすぎてゾワゾワする


 翌日の昼、再びブラッドとスピラが顔を出した。魔法協会を出て、歩きながら話をする。


「聞いてきたぞ。そんな方法があるなら喜んでというのが半数、どうせムリだろうが拒否はしないというのが半数だ」

「え、ほんとですか? 早くないですか?」

「早い方がいいだろ? 実際、この冬に入ってから寒さと食料不足で何人かは死んでるらしい」

「……やっぱり冬に入る前にどうにかしたかったですね」

「どうにもできなかったことはしかたないだろ。俺の元々の予定だと、着手できるのはもっとずっと先だったしな」


「わかりました。お昼は軽くすることにして、今から行きましょう。うまくいきそうなら、働くのに必要なものとして、仕事上がりに厚手の衣類をいくらか調達して寄付します」

「それで日雇いに行けて食い物を買えれば、とりあえずは上出来だな」

「そうですね。その先はある程度、行政にも委ねられるんじゃないでしょうか」


 ブラッドとの話がまとまったところで、みんなの方を見る。

「オスカー、ルーカスさん、スピラさん。すみません、そんな感じなので今日のお昼は……」

「ちょっと待って、ジュリアちゃん。ブラッドさんと二人で行くつもり?」

 言い終わる前にルーカスが割り込んだ。


「空から魅了をかけて様子を見るなら危険はないし、みんなのお昼休みを使っちゃうのはどうかと」

「何言ってるの? 一緒に行くに決まってるじゃない。待ってる方が落ちつかないよ」

「ああ。自分も一緒に行くつもりだったが」

「私もジュリアちゃんといるために来てるのであって、お昼を食べにきてるわけじゃないからね」

「ありがとうございます」

 みんながそれでいいなら断る理由はない。


 ブラッドが道の端に寄って足を止めた。

「この人数で飛んでいくと目立ちすぎるし、時間もそんなにないから、俺が空間転移で連れて行く」

「それは助かります」

 自分が空間転移を使えるのは隠しているから、おおやけになっているブラッドが使ってくれるのが一番だ。

「じゃあ、適当に触れてくれ。人数が多いからな。触れている相手に触れるのでもいいぞ」

 それぞれが適当に手をのばす。


 同じようにしようとして、ふいにオスカーに抱きよせられた。

(ひゃあああっっっ……)

 久しぶりな気がする。恥ずかしいけれど、嬉しい。軽く彼に腕を回して見上げる。視線が合うだけで、すごく嬉しい。

「あ、オスカーくんずるい」

 スピラが言ったのとブラッドの詠唱が重なり、その場から転移した。



 軽くオスカーにすりよってエネルギーを補給してから、そっと離れる。

 ブラッドに連れられてきたのは、前に上から見た場所のホワイトヒル側のようだ。

 建物に見えなくもない木の枝の集合体は、遠くから見えた以上にスキマが多く、防寒にはまったく役に立たなそうだ。

 それらしいエリアから数メートルは離れているし、真冬なのにも関わらず、何かわからないイヤな感じの臭いがする。


「一人一人接触してかけるのは面倒なので、広範囲適用魔法で貧民窟をおおって、まとめて魅了をかけちゃいますね」

「……は?」

「うん、ぼくも最初は驚いてたけど、ジュリアちゃんといるとそのうち慣れるよ」

「大体のことは驚かなくなったな。魔法使いの常識は捨てた方がいい」

 ルーカスに重ねてオスカーにまでそんなことを言われるとちょっといたたまれない。


「すみません、普通じゃなくて……」

「ふふ。さすが元、私の弟子だね」

 スピラが鼻高々だ。事情を知らないブラッドが目を瞬いたけれど、つっこまれなかったから、そのまま話を進める。


「間違って一緒にかからないように、もう少し離れていてください。

 終わったらここの人たちにヒュージ・ボイスで呼びかけます。そのタイミングで私の近くに集まってもらえますか?」

「了解した」

「りょうかい」

「はーい」

「わかった」

 見事に揃わない。魔法使いらしい魔法使いたちだ。


 ホウキを出して浮かびあがる。低めに飛んで大体エリアの真ん中くらいに行き、古代魔法を唱える。

「ラーテ・エクスパンダレ。ウェヌスタ・イードールム」

 効果範囲は貧民窟全体。オフェンス王国を覆ったのに比べれば朝飯前だ。

 魅了の魔法は久しぶりすぎて自信がないけれど、意識を集中して発動する。効果時間は魔力量の影響をうける。なるべくかけ直しをしなくていいように、多めに魔力を流しておく。


「……これでいいはずだけど。ヒュージ・ボイス」

 拡声魔法を唱え、メガホンのような形を通して全体に呼びかける。

「みなさん、こんにちは。お話ししたいので、私の下あたりに集まってもらえますか?」


 一人、また一人と、それなりの早さで人が集まってくる。年代が幅広い男性が二十数人。その中には高齢でよぼよぼなおじいさんもいる。

 女性は老婆が一人と、二、三十代くらいが二人。二人とも何人もの子どもを連れている。片方はお腹が大きい。

 一瞬怖い想像をしてしまってゾッとした。

(本人たちも納得してここにいるのよね……?)

 必死に打ち消して笑顔を作る。


「こんにちは。ジュリアです。お集まりいただき、ありがとうございます」

 本当は偽名を使いたいし、なんなら姿も変えて自分だと知られないようにしたいけれど、魅了の魔法はそれでは発動しない。仕方ないから、ファミリーネームは伏せてファーストネームだけを名乗った。


「ジュリア様!」

「ジュリア様ー!」

 手放しであがめられるのはゾワゾワする。が、この手段を使うと決めた以上は耐えないといけないことだ。

 ホウキに乗ったオスカーたちが後ろに控えた。


「どうぞ親しみをこめて、愛称のユリアでお呼びください」

「ユリア様!」

「ユリア様ー!」

 最初から本名を明かさないことはできないけれど、それにまつわる愛称で呼ばせるのはセーフなようだ。ユエルの名づけに使ったのと同じ形にした。

(これで多少は、他の人の耳に入ってもごまかしやすくなるはず)


「みなさん、厳しい冬はもうやってきてしまいました。私がみなさんに、より心地いい生活を目指して、なりたい自分になるための活力と笑顔を与えます。力を合わせて乗り越えましょう」

「ありがたき幸せ!!!」

 声が揃う。気持ち悪すぎて鳥肌が立った。

(うん、やっぱり、この魔法は私には向かないわ……)


 ゾワゾワする感じに耐えながら、オスカーたちの方を示す。

「……彼らは私の仲間で、みなさんが過ごしやすくなるように協力してくれます。彼らが言うことも私が言ったことだと受けとめてください」

「かしこまりました、ユリア様!」


 返事があってから、

「ユリア様の部下って言ったか?」

「しもべじゃないのか?」

「下僕だろ?」

 という会話が聞こえてくる。

「仲間ですっ!!」

 訂正したけれどあまり入っている気はしない。いたたまれない。


 とりあえず、手分けをして洗浄の魔法をかけていく。ルーカスとブラッドは知らなくて、手をとって教えようとしたら、オスカーが率先して教えてくれた。頼もしい。

「魔法って便利だな」

「こんな一瞬で済むなら風呂嫌いにはならなかったな」

「街全体も一度洗いますね」

「……は?」

 オスカー、ルーカス、スピラ以外はあっけにとられたような反応だ。


 気にしないでホウキで飛びあがり、範囲拡張古代魔法ラーテ・エクスパンダレを唱えてから洗浄魔法をかける。

 ザッと全体が水に沈んだようになり、その水が消えると、あっというまにスッキリピカピカだ。イヤな臭いもなくなった。


「……一人ずつ洗う必要なかったんじゃない?」

「言われてみればそうですね。すみません、洗いながら思ったので」

 ルーカスが言ったとおりだけど、先に思いつけなかったのだから仕方ない。


 生活に必要なものがどのくらいあるのかを手分けして確認する。


 エリアの横に川が流れているため、衛生上完璧ではないとはいえ、飲み水には困っていない。

 食べ物は、魚が主なタンパク源だそうだ。けれど十分な量が漁れるわけではなく、寒い時期は川に入るのも命がけで、食べられる植物が少なくなるのもあいまって、冬場は空腹でいることも多いらしい。時にはネズミを捕まえて食べることもあるそうだ。


 衣類や道具はいくらか街から持ちこんでいるけれど、ほとんどがボロボロだ。布団代わりに落ち葉や枯れ草で寝ている人もいる。

 この生活が街よりいいと感じるくらい街の居心地が悪いというのは複雑だ。


「今から街で仕事は難しいので。今日は体を慣らすためにも夕方まで何か作業をしてもらうのがいいのかなと思うのですが、何がいいでしょう」

「そこらの森で適当な木を切って運んでくるのはどうだ? 家をマトモにするのにもまきにも役立つだろ。早めに最低限の防御柵は作りたいしな」

「森は領主の所有なんじゃないか?」

 ブラッドの提案にオスカーが問いかける。


「名目上はそうだが、放置されている場所だろ? 適度に伐採した方が他の木の成長にもいいし、土地の話をするならこの場所自体がアウトだからな。

 街に害が出ないことなら目をつむってもらえるだろ。どっかのタイミングで土地借用の話はした方がいいだろうが、こいつらがここにいても害がないと思ってもらえる状態になった後だろうな」

「なるほどな」


「俺がこいつらについて行って一緒に切る木を選ぶのと、安全確保は請け負うつもりだ」

 全員異議がないのを確認してから、魔法で斧とロープを働けそうな人数分用意した。

「おおおっ! 魔法ってすごいな」

「ユリア様万歳!!」

(ううっ……、いちいち敬わなくていいのに……)


「えっと、魔法で作った物質はそんなに長時間もつものではないので。とりあえずこれらは、今日の夕方くらいまで作業できればという感じです」

 魔力の込め具合で定着させられる期間は変わるが、その辺りの説明はいらないだろう。


「長く使うものは、そのうち働いたお金で買ってください。

 明日からは、働けそうな人は日雇いに行って日銭を稼いで、食料や生活用品の調達。それが難しい人は建物の改善、環境美化、みんなの分の家事、子育てへの協力をお願いします。

 ここはひとつの大きな家族だと思ってください。適材適所、やれることをやって生活の形を整えていきましょう」


「はい! ユリア様万歳!!」

(この持ちあげられすぎる感じ、どうにかならないかしら……)

 こっちはゾワゾワしているのに、仲間たちは笑うのをこらえた顔をしている。特にルーカスとスピラが楽しげだ。


「……スピラさんも使えますよね。代わってくれてもいいんですよ?」

「いやいや、ユリア様ほどは似合わないから。それに、自分がなんとかしたいことだったから、最初から私に頼まなかったんでしょ?」

「そうなんですけど、ちょっと後悔しています……」


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