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12 魅了の魔法をかけてもいいものか


「オスカーとルーカスさんはどう思いますか?」

 スピラが提案した、魅力の魔法で問題解決する方法について、信頼している二人の意見を聞いてみる。


「自分は、まず魅了の魔法がよくわかっていない。どんな魔法なんだ? 禁呪ではないのか?」

「はい。古代魔法なので、禁呪指定はされていません。もし今も伝わっていたら、される可能性はある気がしますが」

 ブラッドが目をまたたく。

「古代魔法を使えるのか……?」

「えっと、はい。少し」

 ということにしておく。ブラッドに全部を話すほど距離は近くない。


「どんな魔法か……、説明が難しいのですが」

「そうだね、すでに好きな相手だとかかりが悪いから、オスカーくんに体験してもらうのは難しいだろうし。

 多幸感があるかな。術者を見るだけ、なんなら姿絵を見るだけ、想像するだけでも幸せ、みたいな。恋愛感情から性欲を抜いたような感じ?」

「それはないのか?」


「あって襲われたら困るからね。そういうふうに調整されてる。正確には性的な誘惑に特化した誘惑の魔法と分かれてるんだけど。

 で、真髄しんずいは、術者のためならなんでもしたくなって、どんな困難でも乗りこえようとするところかな。

 術者が働くように言ったら、嬉々として働くようになる。どんな劣悪な環境でも、それはもう幸せそうに」

「マインドコントロールですよね。怖い魔法だと思います」


「ものは考えようだよね。もし魔法を使わなかったとしても、本人たちが今の環境以外で生活するには、考えや気持ちが変わらないとムリでしょ?

 それを魔法を使わないで実現するには膨大なお金やエネルギーがかかるし、相手を変えるっていう結果は同じじゃない?」


 スピラの言葉にブラッドが重ねる。

「俺はアリだと思うがな。あそこにいて幸福感があるやつなんていないから。一時的にドーピングで幸せになって、それが維持できる環境に慣れさせるって話だろ?

 俺が考えていたのとゴールは同じで、それよりずっと現実的で、すぐにでも実行できるんなら何も文句はない」


「ルーカスさんはどうですか?」

「何を優先するかって話だよね。

 自由意志や自然な状態を優先するなら、劣悪な環境や暑さ寒さでの死者には目をつむるしかない。

 少しでも早くそれを改善したいなら、多少自由意志を犠牲にしないといけない。

 どっちもはムリなら、ジュリアちゃんはどっちを優先したいの?」


「……本人たちに、魅了の魔法にかかりたいかを聞くっていうのは?」

「少しでもジュリアに害をなそうとする者がいた場合、自分が実力行使で排除してよければ」


「それをジュリアちゃんが聞きに行くのはやめた方がいいだろうね。この中で行けるとしたら、オスカーとブラッドさんかな。体格がいいから、そう軽く見られはしないと思う」

「それでいい。俺が行く。あいつらがいいと言えばいいんだな?」

「そうですね。望んで魅了の魔法を受けたいということなら、かけるのはやぶさかではないです」


「とりあえずホワイトヒルで試してみたら? スピラさんが提案した子どものための施設の相談、一番しやすいでしょ? ここの領主様なら、彼らが街の外の公有地を勝手に使い続けることにも目をつむってくれそうだし」

「じゃあ、順番としては、まずブラッドさんにここの近くの貧民窟に行って意思確認をしてもらう、魅了を望むなら私が魅了をかける、それで大人が働けそうならフィン様に子どものための施設をかけあう、という感じでしょうか」


「子どものための施設は作り始めてもらっていいんじゃない? すぐにはできないでしょ? もし貧民窟の子どもたちがすぐに行かなくても、街の子どもたちの役にもたつだろうし」

「なるほど。なら、同時進行ですね。……あ、フィン様にそのお願いをするなら、今日の元々のオスカーとルーカスさんへの相談も関係するかもしれません」

「何?」


「新年のピカテットの会に誘われているんです。二月に入ってしまうだろうけど、どこかでやりたいと」

「あー、それを断っているのにお願いごとだけするっていうのも難しいもんね」

「バーバラとフィンは構わないが、バートも参加するのだろう?」

 オスカーが顔をしかめる。

「バートさんだけダメっていうのは言いにくいですよね……」


「ぼくもピカテットを飼って混ぜてもらおうかな」

「あ、それなら、今度一緒にユエルのお相手を探しに行きましょうか。その子をルーカスさんが飼えば、堂々と仲間入りできると思います」

「え、なにそれ、私も入れて?」

「スピラさんはさすがに……。ルーカスさんは元々、あのあたりとも関わりがあるので」

「ちぇっ」


「じゃあ、フィン様に公用の面会の打診をして、ピカテットの会には少し先なら参加すると答えておきます。うまくお相手が見つかったら、ルーカスさんの参加も打診しますね」

「うん。よろしく」

 研修に行くのにはギリギリの時間になってきた。みんなにそれを告げて、支払いをしてすぐにホウキを出す。


「それでは、ブラッドさん。よろしくお願いします」

「ああ。すぐ動く」

「スピラさんも、ありがとうございました」

「うん。いつでも惚れていいからね?」

「それはありません」

「ちぇっ」

 手を振って、空に舞いあがる。

 どうにもならないと思っていたことが少し前に進んだ気がする。嬉しい。



 仕事上がりにフィンへの公用の面会申し込みを済ませて、すぐにピカテットの会への返信と、フィンに両方の内容を伝える手紙を送る。

(うん、今日は中々がんばったわ)

 なんだか用事が用事を呼んで忙しい気がするけれど、大事なことだから後回しにはできない。

 もうすっかり冬で、本格的な寒さになっている。そろそろ雪がちらつく日もあるかもしれない。貧民窟の環境改善は最優先事項だ。


(あと、あれもやって……)

 自宅の応接室に寄って、作ったダンジョンに軽く魔力を流して固定化を進める。


 両親と夕食の時間を過ごして、少し話してから自室に戻ったら、今度は魔力を隠す方法の研究だ。

 話をした一昨日から毎晩考えたり試したりしているけれど、まだ何も見えてこない。


(師匠が言うことはなんとなくわかるんだけど、実際にやるってなると難しいのよね……)

 体を見えなくする透明化の魔法は、魔力や音は隠せない。

(トランスパーレント・カラーレスはそれだけ単体の魔法で、上位魔法や下位魔法がないし……)

 下位魔法がない魔法は習得が難しい。空間転移もだし、魔法卿が苦戦しているメテオも仲間だ。


「うーん……、……トランスパーレント」

 視覚だけでなく、全ての存在、五感、気配や魔力に対して作用するイメージで魔法を調整してみる。かなり魔力を使った感じがする。

 鏡には映らないけれど、他がどうなっているかは一人では確かめられない。

 ユエルに聞いてみようかと思ったけれど、もう寝ているから起こさないでおく。


(これ、成功してたらカラーレスの上位魔法になるのかしら?)

 イメージ通りにできていたとしたら、元の魔法よりもとんでもない魔法だ。身近な人以外には知られない方がいいだろう。魔法協会の上層部に知られたら、禁呪に指定される可能性すらある。

(けど、姿まで消しちゃったら生活できないから、これが正解じゃないのよね……)

 とりあえず解除してベッドに転がった。


 頭に浮かぶことが多すぎて寝つけそうにない。

(こんな時にアレがいいから、魔力量的には必要なくてもやっちゃうのよね……)

 オスカーに教えた魔力拡張のイメージで意識を集中させていく。


 師匠はお酒を飲まないと眠れないと言っていた。あの事件の後の自分はこれをやらないと寝つけなかった。見つけるまでは寝不足が当たり前で、それが溜まったときに気を失うように寝ていた。

(見つけた方法が違うだけなのよね、きっと)

 時間を戻ってからはあまりその必要はなかったけれど、最近は色々とありすぎた。


(オスカーが足りない……)

 ついそう感じてしまう。

 元々は関わりすら持たないつもりだったのに、なかなか二人きりになれないことに不満を持つなんて、ずいぶんと贅沢になったなと思う。


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