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11 スピラ流貧民窟問題解決法


 ユエルも入れる個室があるいつもの店の、よく通される部屋に入った。

(狭い……)

 二、三人で使っていた時は広々としていたけれど、五人入るとみっちりして感じる。一応六人用のテーブルではあるものの、定食が並ぶとほとんど隙間がない。


 一口食べたスピラが首をかたむけた。

「悪くはないけど、一昨日のジュリアちゃんのサンドイッチの方がおいしかったね」

「そういうことは思っても言わないものだよ。あっちはレアアイテムだしね」

「作るのか? アンタお貴族様だろ?」

 ブラッドが雑談程度に聞いてくる。


「父が冠位なので一応準男爵家ではあるのですが。うちは魔法使い家系という雰囲気ですね。それなりの教育はされたけどけっこう自由で。貴族意識はよくわからないです。

 母が趣味みたいな感じでよく料理をしているので、私も覚えました」

 ウソは言っていない。その後、前の時に二十年作って慣れているのはブラッドに言うことではないだろう。


「へえ。それは食べてみた……、いや、やはりいい」

 言いかけたブラッドがさっと言葉を引っ込めた。

 オスカーが静かな声で話を変える。

「ジュリアに用事というのはあの件なんだろう? 現状は?」

「おう。貯めていた金がスッカラカンになった分、ものすごく後退したな」

「なんの話?」

 スピラが不思議そうに聞いてくる。


「あ、スピラさんにも話しておきますね。貧民窟って知ってますか?」

「うん。社会適応できない人間のふきだまりでしょ? 街の人間よりは優しかったりするんだけどね」

 ブラッドが驚いたように目をまたたく。

「関わったことがあるのか?」

「すっごく昔、子どもの頃にね。今の人たちがどうかは知らないけど。お腹すかせてたらガチガチの固いパンをくれた人がいて」


「それは優しいのか?」

 オスカーが不思議そうにする。

「うん。その人、私よりずっとガリガリで、他に食べ物は持ってなかったから。お礼に魔法でいっぱい飲み水を出したら、すごく喜んでた」

「スピラさんが拾われる前の話ですか?」

 誰にと言うと話がめんどうになるから、伏せて聞いてみる。

「うん。私がヒトのふりを始める前」

 そう言ってキャスケット帽を取る。


「……あんた、ダークエルフか」

「そうだよ。関わるのやめておく?」

「いや、黒は好きだ」

「っぷ。あはは! なにそれ。初めて言われた」

 スピラがくったくなく笑って、帽子を横に置いた。長い耳が嬉しそうに跳ねている。

 正体を明かすことは、彼にとっては一種の踏み絵なのかもしれない。自分が自分でいられる場所なのかどうか。それはきっととても大事なことで、中々得がたいものでもあるのだろう。

(ブラッドさんも大丈夫でよかった)


「そういえば、ブラッドさんはキャットバットを使い魔にしてましたものね。あの子たちはどうなったんですか?」

「ああ。じいさんに説得されて出頭することにした理由の中には、それもあったんだ。

 あいつら、ここの冠位に捕まった後、魔法封じに入れられてたみたいで。呼び戻せなかったからな。

 釈放された時に返してもらった。今はじいさんちで飼ってる」


 スピラが耳を跳ねさせながら尋ねる。

「へえ、キャットバット使い魔にしてるんだ? あれもよく不吉だって言われるけど。ダークエルフ(わたし)ほどじゃないにしろ」

「そうか? カッコイイだろ」

「ほんとに黒が好きなんだね」

「ああ。見ての通り、な。一番落ちつく」

「ブラッドさん、怪盗ブラックって呼ばれてましたしね」

「魔法協会にしてはセンスがあるよな」

「そう思ってたんですね……」


「で、貧民窟がどうかしたの?」

「私もブラッドさんも、現状をなんとかしたくて。でも難しいっていう話です。

 行政の友だちにも話は聞いていて。色々やっているらしいのですが、どうしても本人たちが街になじまないとか」

「そりゃそうでしょ。普通の人は、普通じゃない人とか、自分が理解できない人が嫌いなんだから。嫌われてる場所にいたい人なんていないよね」


「あんた、なかなかわかってるじゃないか」

「まあね。わたしも排斥されてきた側だから」

「そうなんですよね……。私も長年、それで人間とは距離をとってましたし」

「は?」

 ブラッドだけが不思議そうに眉をよせた。

「あ、いえ、こっちのことです」


「まあ、なじませる方法はなくもないけどね」

 軽い調子でスピラが言う。全員が驚いた顔になる。

「あるのか?」

「ジュリアちゃん、魅了の魔法、習ってる?」

「えっと、はい。一応。でも、師匠との練習以外で使ったことはないです。相手の感情をねじまげるって、なんかすごく悪いことな気がするので」

「……てっきり普段からかけられているのかと」

「ぼくも一瞬思った……」

「なんでですか……」

 オスカーとルーカスが真剣に言ったけれど、とんだぬれ衣だ。


「かけちゃえばいいんだよ、魅了」

「はい?」

「主に彼ら、かな。が、街になじめないのって気持ちの問題でしょ? 逆に言えば、気持ちの部分がなんとかなれば働けちゃう人もそれなりにいるってことで。だから、魔法で気持ちを変えちゃうのが一番簡単だと思うよ」

「さっきも言ったとおり、それは抵抗があります」

「かかってる方も幸せだから、ウィンウィンだと思うけどね。考えてみて? 現状維持で真冬にどんどん死者をだす、行政の強制執行で双方に労力をムダづかいする、魅了状態で幸せに働く。どれが一番、幸せ?」


「……それは、魅了な気がしなくもないですが」

「でしょ? 魅了状態で真人間として働けるようにして、街の仲間だと認められるようになってから徐々にゆるめて元に戻せば、居心地がいい場所ができるじゃない。居心地がよければそのままそこにいられるでしょ?」

「真理だな」

 ブラッドが感心したように頷いた。それでいいのだろうか。


「あと、子どもには保育と教育だね。行政にツテがあるなら、貧民窟側の街中に、保育と教育のための無料施設を作ってもらったら? 完全保護じゃなくて、昼間だけ通わせて帰ってくる方が受け入れやすいでしょ。

 子どもがマトモに生きられる可能性も上がるし、昼間働いている間も邪魔にならない」

「いい案だな。その施設に、偏見を持たない大人を選別して働かせられるなら、だが」

「そこはがんばってもらうしかないよね。それでダメなら、そっち側も魅了しちゃえばいいと思うけど」


「それはさすがにやりすぎなような」

 つい口を挟んだ。スピラがまるで感覚がわからないという感じで返してくる。

「子どもの未来がかかってるんでしょ? それに、魅了されてる側も幸せだから問題ないと思うよ」

「うーん……」

 そう言い募られると、それがいい気がしてきてしまう。


「オスカーとルーカスさんはどう思いますか?」

 信頼している二人の意見を聞きたい。


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