10 ランチタイムの乱入者たち
月曜日。出勤してまっすぐオスカーとルーカスのところに向かう。職場で三人でいるのが当たり前になってきている。
時々他のメンバーとも仕事以外の話をするけれど、どうしても秘密を共有している二人と同程度にはならない。
ルーカスが近くにいると、なぜかユエルが後ろに隠れるようになっている。家で理由を聞いてもなんでもないと言われたから、それ以上は聞かないことにしている。
他にも気になる変化がある。セイント・デイのころからメリッサ・レイが浮かれている気がする。前に「結婚詐欺に気をつけてください」とアドバイスした女性の先輩だ。騙されていないか心配なのと同時に、幸せになれる可能性を応援したくもある。
少し雑談をした後、ルーカスに都合を聞いた。
「ルーカスさん、今日のお昼、一緒に行けますか?」
「うん、もちろんぼくはいいよ。けど、週末も一緒だったし、そろそろオスカーがすねないかな?」
「……調子に乗りすぎなければ構わない」
「あはは。それはジュリアちゃんの手料理あたりの話? ぼくはさみしい独り身なんだから、少しくらい幸せをわけてくれてもいいじゃない」
そう言われるとその通りだなと思う。
(『どくしんのルーカス』だものね……)
娘が嫁に行く頃になっても、ルーカスには連れ添えそうな相手は現れていなかった。今回もある程度の歳になったらそう呼ばれるようになるのだろうか。
「私でよかったら、いつでも作りますよ」
「ジュリア?!」
「あはは。オスカーがすねない程度にお願いするよ。お昼は何か相談ごと?」
「はい。そんなに大したことではないのですが、ちょっと意見を聞きたくて」
「うん、わかった」
「いつもありがとうございます」
「どういたしまして」
ひょうひょうとした笑みを返される。頼られるのは嬉しいと言ってもらっていても、いつも頼ってばかりなのは申し訳なくも思う。
午前中は父との魔法学習の続きで気疲れして、それからオスカーに鍛えてもらうという通常メニューができた。新年に入ってからも色々あったものの、日常は戻ってきた気がする。
と思った直後、またあっけにとられた。
三人で昼食に出ようとしたタイミングで、スピラが魔法協会に入ってきてひらひらと手を振ってくる。
「これからお昼でしょ? 私も混ぜて?」
「え、なんで時間と場所……」
「毎日この時間にジュリアちゃんの魔力がここから移動してたから」
「ストーカー……」
オスカーが眉をしかめてぽつりとつぶやく。あながち間違っていない気がする。
「おいおい、誰だ? そのキレイなお姉さんは」
魔法協会の独身男性たちがざわめいて、代表するかのように一人が聞きにきた。
「あ、この人、男性です」
「は?」
「うん、私、男だよ。触って確かめる?」
「……胸の方なら」
「いいよ。どうぞ?」
ペタペタ。
「……胸がない女性っていうことは?」
「ないね。下もいく?」
「それは遠慮させてもらう……」
ものすごく残念そうに肩を落としていったのは、好みのタイプだったからかもしれない。
「やっぱりスピラさん、女性に見えますよね」
「九割以上はそう言うね。髪を短くしてた時もあるんだけど、あんまり変わらなかったかな」
「顔立ちがキレイですものね。あと、肌も」
「そう? 惚れてくれる?」
「そういうのではないです」
「ハッキリ言うよね……」
「はい。私にとって異性はオスカーだけですから」
「あはは。そうだろうなとは思ってた」
ルーカスが笑って、スピラが盛大に肩を落とす。
「とりあえずご飯に行こうか。スピラさんも一緒でもいいんじゃない? ジュリアちゃんの相談ごと上、困らないなら」
「それは全然。聞かれて困るようなことではないので」
「……毎日押しかけられるのでなければ、今日くらいは許容する」
「やった!」
そう話して出ようとしたところで、急ぎ足で入ってくる姿があった。スピラを除いたその場の全員が驚く。
「え、ブラッドさん?! 逃げてきたんですか?!」
ブラッド・ドイル。怪盗ブラックと呼ばれていた元指名手配者だ。追われていた時と変わらない、真っ黒な軍服に身を包んでいる。
出頭してきたのが三週間前、魔法卿が来て本部に移送されたのはほんの二週間前だ。
「いや、さすがにそれはない。盗んだものを換金した金は使っていなかったからな。弁償と、じいさんが今の魔法卿の足として働くってことと、俺も魔法協会の仕事を受けるってことで、早々に釈放されたんだ。
正確には執行猶予だな。三年間真っ当に働いたらチャラにしてくれるってことで、今朝釈放された」
「そうなんですね」
空間転移が使える希少な魔法使いを捕らえておくだけだなんてもったいないことはできない、と判断されたような気がする。特に魔法卿に。
「じいさんについて言えば、フィン・ホイットマン暗殺が未遂で終わってたのも大きかったらしい。本人は護衛にあたっていた魔法使いを殺したと言っていたが、魔法協会側からはそんな話は上がってないってのもあったな。
他にはそこまでのことはしてなかったそうだ」
「そうだったんですね」
(よかった……)
フィンを助けようとしたことも、オスカーの命を助けたことも、結果的に本人たち以外も助ける形になったようだ。
「この時間帯は普通、休憩だろ? あんたと話せないかと思って急いで来たんだ。間に合ってよかった」
「待って。あなた、誰? 私のジュリアちゃんに気軽に話しかけないでほしいのだけど?」
「ア?」
スピラに割りこまれ、ブラッドがガラの悪い絡み方をする。
「待ってください。私はスピラさんのじゃなくて、オスカーのです」
「待って、ジュリアちゃん、今はそこじゃないと思う」
ルーカスが笑いながら止めに入る。
「ここで立ち話もなんだから、お店に行こうか。スピラさんはこれといって急ぐ話があるわけじゃなくて、ただジュリアちゃんといたいだけなんでしょ?」
「うん、そうだね」
「なら、みんなでブラッドさんの話を聞けばいいんじゃないかな」
「なんでだよ。あんたら二人はまだしも、この女は初対面な上に、態度最悪だぞ? 話せるわけないだろ」
「は? 私が先にジュリアちゃんとお昼を食べに来たのだけど? あなたが日を改めるべきじゃない?」
「ブラッドさん、スピラさんは男性ですよ」
「うん、ジュリアちゃん、そこじゃないと思う」
「男だったらもっとイヤだね。特に用はないんだろ? 俺は大事な用で来てるんだから、そっちが帰ればいいだろ」
「あのさ、お昼休みってそんなに長いわけじゃないんだよね。まあ、魔法協会はゆるいんだけど。ジュリアちゃんは午後、外部研修だから。急がないと彼女だけ途中抜けになるよ? 言い争ってる場合じゃないんじゃない?」
ルーカスに言われて、スピラとブラッドが顔をしかめる。
一瞬休戦になったから、話に入ることにした。
「スピラさん、こちらはブラッド・ドイルさんです。私が気にしていることについて詳しくて。多分その話に来てくれているので、お話を聞きたいのですが」
「ジュリアちゃんがそう言うなら、仕方ないと思うけど」
「ブラッドさん、こちらはスピラ・イニティウムさんです。私が昔、色々お世話になった方で。貧民窟に対して偏見を持つような人ではないはずです。
私たちとは違う考えが出るかもしれないし、先に食事の約束もしていたので、同行させたいのですが」
「あんたがそう言うなら、まあ、仕方ないな」
「じゃあ、今日はみんなでご飯に行きましょう。このくらいの人数になると、冒険者パーティみたいで楽しそうです」
そう言って、先頭に立って歩きだす。普段は横並びだけど、今日は自分が行かないとみんな行かない気がしたからだ。
「……カタブツキラー改め、猛獣使いかな」
「はい?」
ルーカスが何かつぶやいた気がするけれど、気にしないでおく。
(魔獣はユエルだけだし、ユエルは猛獣じゃないものね?)




