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8 スピラ・イニティウムというダークエルフ


「これはただの確認なんだけど」

 一息ついたところでスピラがそう言って、耳まで被っていたキャスケット帽を外す。ピンとのびた特徴的な耳が存在を主張する。


「ジュリアちゃんは私の弟子だったらしいから知ってると思うけど、他の二人も、私がダークエルフだっていうことは知ってるってことでオーケー?」

「ああ、聞いている」

「うん」

「そう」

 軽くうなずいたスピラの耳が、どこか嬉しそうに跳ねる。


「オスカーくんと、あなたはルーカスくん?」

「うん、ルーカス・ブレア。よろしく」

「私はスピラ・イニティウム。よろしくね」

 握手をするには距離があるため、言葉だけで交わす。自分とオスカーはお酒を送った時にフルネームを知らせているから、改めて自己紹介をする必要はないだろう。


「で、これはただの興味なんだけど」

 スピラがオスカーへと視線を移す。

「オスカーくん、初めて会った時からのこの短期間で、自然に増えるよりも魔力増えてる気がするんだけど。気のせいかな?」

 そう聞かれて、オスカーがこちらを見る。元は私のことだから、話していいか、あるいは私から話した方がいいかということだろう。


「えっと、私が前の時に、魔力を増やす方法を見つけて実践してて。オスカーが魔法を学びたいというので、魔力消費が多い魔法でムリをしないように教えたんです」

「ああ、道理で。ジュリアちゃんが人間離れしているのは、それをずっと実践してたからなんだね」

「はい」

(人間離れしてるのね……)

 まったく自覚がなかったわけではないけれど、改めてそう言われるとちょっとショックだ。


「じゃあ、私の番はおしまい。ムンドゥス……、世界の摂理に会う方法を話そうか」

「聞かないんですか? 魔力をのばす方法」

「そんなのがあるのは驚きだけど、今のところ私には必要ないし、人があみだした魔法関係の技術を軽々しく聞くのは失礼でしょ?」

「……それは失礼だと思うのか」

 オスカーが心底驚いたようにつぶやいた。


「そりゃそうだよ。普通、一般共有されている以上のことは、弟子入りした相手にしか教えないじゃない。今のオスカーくんはジュリアちゃんの弟子ってことでいいんでしょ?」

「オスカーは私の先生でもあったので、不思議な感じではあるのですが、そういうことになってます」

「でしょ? ジュリアちゃんが言う前の時に、私がジュリアちゃんに色々教えたらしいのも弟子入りしてたからだろうし。魔法ってそういうものだからね」


「弟子入りしていたというか、させられたというか……」

「おんなじおんなじ。要は、私がジュリアちゃんに教えたいって思ったかどうかってこと。聞いてくる側じゃなくて、教える側に主導権があることだからね。

 当時のあなたは恋愛対象にはならなかったのだろうけど、かわいがっていたんだろうなとは思うよ」


「今のスピラさんでもそう思いますか? 実際、すごくよくしてもらって。全部失った後、十年以上ぶりに笑ったので。

 私が、何度かすごくイヤな思いをしてもあなたを許したいのは、それも大きいんです」

「なら、私も前の時の私に感謝しなきゃね」

 言ってから、スピラが軽く目を伏せ、耳を跳ねさせる。


「感謝するのはジュリアちゃんに、かもしれないけど」

「私に、ですか?」

「ジュリアちゃんといる間は、酒の量減ってたでしょ?」

「どうでしょう? ほとんど毎晩、一杯くらいはひっかけていたかと」


「少ない少ない。私のデフォルトは二、三本だから」

「え、そうなんですか?」

「うん。じゃないと眠れないから」

「え……」


「墓参りの日もそんなに飲んでなかった?」

「はい。初めて会った日はけっこう飲み続けてましたけど。二年目からは、普段の日とあまり変わらない感じでしたね。花を供えて、あとは夜に一杯か二杯」

「だろうね。この前はあなたを探してたっていうのもあったけど、あの日に夜シラフでいたのは何百年……、何千年? ぶりかわからないから。

 前の私も、あなたを気に入って、一緒にいるのが楽しかったんだと思う」

「それなら嬉しいです」


「じゃあ、ムンドゥスにも関係する、もうひとつの思い出話ね。

 私がグレースに出会ったのは、まだすごく幼い頃。ギリギリ記憶が残るか残らないかくらい、かな。私を連れて旅をしていた父親が、何をやらかしたのか、エルフたちに殺されてね」

「え」


「母親の顔は元々知らないから、一人になって生き方がわからなくて、森や山で食べられそうなものを食べたり、通りがかった街で食べ物を盗んだりして生きてて。

 この耳に気づかれるとよくて石を投げられて、悪いと当たり前のように殺されそうになってた」


「すみません、物を盗んだことではなくて、その耳が原因で、なんですか?」

「うん。何もしてないとこでも、ね。ダークエルフは不吉だから、それが普通の反応じゃないかな?

 だからさっき、知ってるかを確認したの。あなたたちの反応の方が異常だと思うよ」

 オスカーとルーカスを見る。自分はまったく意識したことがなかったけれど、二人はどうなのだろうか。


「自分は、ジュリアが信頼している師匠だと言っていたから。ダークエルフというより、ジュリアの恩人として会っていた。その後の言動は許せないが」

「ぼくもまあ、似たようなものかな。そもそもそんなの迷信でしょ? 何年も一緒にいたらしい前のジュリアちゃんも不幸になってなさそうだし」

「うん」

 ルーカスの言葉を受けて、スピラが笑みを深めてこちらへと水を向ける。


「きっと、前のジュリアちゃんも、まったく気にしてなかったんでしょ?」

「それは、はい。長くてキレイな髪を私のために切らせるの、申し訳ないなと思いながら声をかけてましたね」

「そこが私に気に入られた理由の大きい部分だと思うよ。ずっと、自分であることをなるべく隠して生きていたから」

 スピラがそう言って、大きなキャスケット帽をかぶり直す。耳が隠れると、褐色系の普通のキレイな人だ。


「まあ、そんなふうにしてたら、討伐依頼が出たみたいで。当時の冒険者パーティに追われるようになって」


「まだ子どもなのに?」


「……うん。普通の人にとってはね、ダークエルフはヒトじゃなくて魔物だから。魔物がヒトに害をなしたら、大人とか子どもとか関係ないんだよ。

 それで、死ぬしかないかなって思った時に、ムンドゥスに会う旅の途中だったグレースのパーティに拾われの。

 ジュリアちゃんと同じこと言ってた。『まだ子どもじゃないか』って」

「……そうだったんですね」


「だから、私の魔法の師匠は、幼い時の父さんと、その後はペルペトゥス。ダンジョンを作る魔法までは教えてもらえなかったから、あいつも相当あなたが気に入ったんだと思う」

「そうなんですかね? 他の魔法は私が使えたから、さすがにこれは知らないだろうという感じでしたが」

「ふふ。目に浮かぶよ。カッコつけたかったんだろうね、あのじいさん」

 そう言ってどこか懐かしむように目を細める。


「まあ、そんな感じで。ムンドゥスに会うには……」


 ここからが本題だ。ごくりと息を飲んだ。

 オスカーとルーカスにも少し緊張が走った気がする。


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