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7 セクハラが本当にわからないらしい


 前の時に古代魔法を習った師匠ーーダークエルフのスピラに世界の摂理に会う方法を尋ねたら、スピラが考えるようにあごに指先を当てた。


「世界の摂理っていうと……、ムンドゥスだね」

(ムンドゥス……)

 古代魔法言語で〝世界〟を意味する言葉だったはずだ。時を戻す魔法の詠唱に組み込まれていた。

 それがイコール世界の摂理の名前というのは初耳だ。


「あいつも気まぐれだからねえ。確実に会うってなると、かなり手続きが面倒なんだよね」

「それって……、面倒な手続きをすれば会えるってことですか?」

 雲をつかむような話だったのが、一気に現実味を帯びる。


「うん。グレースはそうやって会ったから。時間が経って状況が変わってることで難しくなってる部分はあるかもしれないけど」

「グレース……?」

 思いがけない名前が出て、重ねて驚く。

「原初の魔法使い、グレース・ヘイリーのことですか?」

「そうだよ。グレースをペルペトゥスがムンドゥスと話せるように導いたの。私はその途中から一緒だった。もう気が遠くなるくらい昔の話だけど」


「……待ってください。スピラさん、いくつなんですか?」

 原初の魔法使いが魔法を得たのは、伝説になるくらいはるか昔のことだ。エルフ種だとしてもさすがに長生きすぎやしないか。

 人より遅いだけでエルフも歳をとる。スピラの外見はオスカーやルーカスと同じくらいにしか見えないのが更にびっくりだ。


「歳? さあ。あの頃はまだ子どもだったけど、多分エルフの長老よりずっと年上だね」

「まさかスピラさんとペルペトゥスさんがグレース・ヘイリーの関係者だったとは……」

「え、知らなかった? 前の私も話してなかったのかな。ジュリアちゃんが会いに来てたお墓の下は、グレースだよ?」

「……はい?」


「世界中にグレースのお墓って言われてる場所があるけど、全部後世の人が建てた空っぽのお墓で、本人はあそこ。

 名もなき墓がいいって言ってたから、昔、私たちが作ったの。あ、あと、当時のパーティメンバーもみんな一緒にあの中。

 まだ生きてるのは私とペルペトゥスだけだからね」

「それは……、まだ生きてる方が異常ですよね。エイシェントドラゴンはまだしも」


「若さの秘訣、知りたい?」

「遠慮しておきます……」

 興味がないわけではないけれど、聞いてはいけないような気がする。

「そう?」

 スピラが軽く笑って、それから真剣な表情に変わる。

「ジュリアちゃんもムンドゥスに会いたいなら、力になるよ」


「……見返りはなんですか?」

 なんとなく、何もなくではない気がして確かめる。

「うーん、迷うところだけど。本音を言えば抱かせてほしい」

 隣のオスカーが殺気だつ。

「けど、一夜の快楽よりはあなたの信頼がほしいかな。あー、うん、前者もものすごく捨てがたいけど」

 その二つを天秤にかけるのはどうなのかと頭を抱えたくなるけれど、正直なだけで悪気はないのだろう。


「……オスカー、ルーカスさん。どうですか?」

「ぼくが見た感じだと、大丈夫じゃないかな。口ではああ言ってるけど、ジュリアちゃんがイヤだって言えば無理強いはされないと思う。

 セクハラ発言はデフォルトみたいだから、それを許せるなら、だけど」

「自分は複雑だな……。ジュリアの問題を解決する方法が他にないなら、力を借りるしかないだろうが。正直、気は合わない」

「世界の摂理に会う上では間違いなく助かるし、私の魔力の話でも助かるんですよね……。ほんと、セクハラさえされなければ」


「さっきから出てる、セクハラって何?」

 本当にわからないという顔でスピラが言った。

 困って、オスカーとルーカスを順に見ると、ルーカスが説明してくれる。

「セクシャル・ハラスメントだよ。性的なイヤガラセのこと。さっきの『抱かせてほしい』とか『一夜の快楽』とかは、完全にアウトだよね」

「え、なんで? ただの本音なのに。私がジュリアちゃんにイヤガラセするわけないじゃない」


「スピラさんにその意図がなくても、私は不快なので。本来なら私たちから協力をお願いしないといけない立場なのはよくわかっているのですが、私を性的対象として見ないという条件で、協力してもらいたいと思います」

「え、それはムリだよ」

 あっさりと返ってきた。頭を抱えたい。


「ムリですか……」

「うん。だってジュリアちゃん、めちゃくちゃかわいいもの。欲しくならないのはムリ。これは本能だから。

 けど、そういうのをできるだけ言わないようにするとか、許可なく触らないとか、わからない時はちゃんと聞くとか、そういうのはできると思う」


「……ジュリアがめちゃくちゃかわいいというのには同意する」

「オスカー?!」

「うんうん。ぼくも同意しておこうかな」

「ちょっ、ルーカスさん?!」

 褒められすぎるといたたまれない。みんな身内びいきがすぎる。


「まあ、その条件でいいんじゃない? 許可なく触らない、していいかわからないことはちゃんと聞く、性的な発言をしない。それを守ってもらえれば、オスカーも我慢できるでしょ?」

「……ジュリアを不快にしたり泣かせたりしないなら、自分は飲みこむ」

「元からそのつもりはないんだけど。ごめんね?」

「いえ」

「半径十メートルと二十メートル制限は解除でいいかな?」

「はい。約束を守ってもらえるなら」

「やった!」


「魔法封じも解除しますね。距離の制限も今日檻に入ることも、守ってくれてありがとうございました」

「どういたしまして」

 やっぱりなんかちょっとズレている気がするけれど、このくらいなら愛嬌だろう。


「オスカー。お昼にしてもいいですか?」

「……ああ。仲間にすると決めたなら仕方ない」

 荷物から人数分の、プルドポークのバーベキューサンドを取りだす。

「簡単なものですが。お腹を満たしながら、これからの話をしましょう」


「え、これ、ジュリアちゃんの手作り?」

「ありがたく思え」

「うん、ありがたいよ」

 オスカーがスピラにつっかかる感じが、どこかオスカーにつっかかる父に重なって見えた。父とオスカーはけっこう似たもの同士なのかもしれない。


 みんなでいただきますをして食べ始めると、スピラが目を輝かせた。

「え、なにこれ、おいしいんだけど? こんなおいしいの初めて食べるかも。ジュリアちゃんの味だからかな?」

「……そういう意図はないんだろうけど、何を言ってもちょっと卑猥ひわいに聞こえる人なんだね」

 ルーカスが苦笑する。

 そういう意図がないとルーカスが言うならないのだろう。


「気に入ってもらえたなら嬉しいです。また機会があったら作りますね」

「やった!」

 すごくおじいさんのはずなのに、やっぱり子どもみたいだ。一定の年齢を超えると逆に子どもっぽくなるのだろうか。


 いつもは喜んでくれるオスカーが、今日はむすっと食べている。

(これもけっこう好きだったと思ったけど、前と好みが違うこともあるのかしら)

「すみません、お口に合いませんでしたか?」

「いや、すごくうまい。……だからこそ、取られるのはイヤだ」

「あなたの分はちゃんと作りますよ? 今度は量を増やしますか?」


「ジュリアちゃん、そういうことじゃなくて、オスカーはジュリアちゃんの手作りを独りじめしたいだけだから放っておいていいよ。他の男に食べさせるのが気に入らないだけだから。

 ほんとおいしいね。ぼくの分もまたお願いね?」

「わかりました」

 そう答えたらオスカーがちょっとすねたように見える。かわいい。


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