6 あの一連の苦労はなんだったのか
地下のミニダンジョンに戻って師匠の到着を待つ。
連絡魔法で合言葉と大体の場所を伝えた。勝手にこちらの居場所を見つける人だから、それで十分だろう。
「あれ、けっこう遅いですね?」
「待ってましたとばかりにすぐ飛んで来ると思ってたんだけどね」
「何か問題でも起きたのだろうか」
「飲み物とお昼を用意してきたんです。出しておきましょうか?」
「……昼食はジュリアの手作りなのか?」
「はい。本当に簡単なものですが」
「オスカー、ひとりじめしたいって顔に書いてあるけど、ダメだからね? ぼくだって自炊と外食ばっかりじゃなくて、かわいい女の子の手料理を食べたいんだから」
「ルーカスはまだしも……、あいつにもやるいわれはないと思う」
「じゃあ、師匠にあげるかはお話ししてみてから考えましょうか。飲み物だけ出しておきますね」
携帯用の簡易ケースに人数分だ。浮遊魔法で浮かせてきたから重くはなかった。
「……来ないですね? 様子を見てきた方がいいんでしょうか」
「自分が行く」
「オスカーだけの方が何をされるかわからないので。一緒に行きますよ?」
「わかった」
「じゃあ、ぼくも」
三人で階段を登る。出る時に対しては何も条件を設定していないから、ドアを開けるだけで外につながる。
「いたーーーーっっっっ!!!」
一歩外に出た瞬間、数メートル先からスピラの泣きそうな声がした。
というか完全に泣きながらこちらに走ってくる。
怖いからダンジョンの中に戻っておく。スピラとダンジョンの内外で話せる形だ。
「え、スピラさん、どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたも、あなたの魔力が……あぶっ」
見えない壁に阻まれたスピラがちょっとつぶれた。
「あ、合言葉を言わないとこちら側には来られませんよ」
「……ダンジョンだもんね」
「そんな大したものではないですが」
「ダンジョンの語源は地下室とか地下牢だから、どんなサイズでもダンジョンでいいと思うよ。えっと、『大人しくするから入れてください』」
合言葉を言ったスピラが中に入ってくる。
「そのまま一番前を歩いて、振り返らずに、下の部屋にあるソファに座れ。魔法封じをかける」
オスカーの声が低い。警戒度合いはかなり高い。
「私がオスカーくんの命令を聞く理由はないよね?」
反論するスピラの声も、自分に対する時よりワントーン低く聞こえる。
「えっと、今日はオスカーとルーカスさんが言うことは、私が言うことと同じだと思ってください」
「ならしかたないね」
スピラがしぶしぶ言われた通りにする。
(きっとこういうところもオスカーの神経を逆撫でしてるのよね……)
「それで、さっき言いかけていた私の魔力がどうというのは」
「うん。まったく感じられなくなったから、場所が特定できなかったっていう話。
元々近くまでは来てたから、大体はわかってたんだけど。数十メートル範囲で一本だけの反応する木を見つけるのは難しくて」
「私がダンジョン内に入ると、スピラさんからも魔力を感じられなくなるんですか?」
「空間が断絶されているから、さすがにね」
魔力を隠すヒントになる気もするし、常に入っているわけにはいかないから、あまり役に立たない気もする。
「私の分もイスと飲み物があるんだね。ありがとう」
スピラが嬉しそうに言って、一人分が置かれた方に座る。ダッジやバートのように席でごねられないだけだいぶマシだ。
「魔法封じの檻に入ってもらいますね」
「うん、もちろん。ジュリアちゃんの好きにしていいよ」
「ミスリルプリズン・ノンマジック」
飲み物が取れるように、ソファを含めて少し広めに囲む。前回と同じで、何ひとつ抵抗されなかった。魔法封じに入れられればひと安心だ。ホッと息をつく。
スピラの向かい、三人掛けの真ん中に自分、右側にオスカー、左側にルーカスが座った。
スピラが興味深そうに部屋をながめる。
「うん、なかなか快適ないいダンジョンだね。ジュリアちゃんが作ったんでしょ? 私はダンジョン作れないし、誰に習ったの?」
「ペルペトゥスさんです」
言っても知らないだろうと思って名前を出したら、予想外の反応が返った。
「へえ、あのじいさんが? よく教えてくれたね。っていうか、よく会えたね」
「ペルペトゥスさんを知っているんですか?」
「うん。エイシェントドラゴンのペルペトゥスでしょ? 古い知人……、知ドラゴン? だよ」
「……前の時に、師匠にエイシェントドラゴンの知人はいるかと聞くべきでした」
攻略だけじゃなくて、ダンジョンを見つけるのもすごく大変だったのだ。あの一連の苦労はなんだったのかと思うと頭を抱えたくなる。
「自分で探しあてたの?」
「はい」
「すごいね。ペルペトゥスのダンジョンも攻略したの?」
「はい」
「え、一人で?」
「はい。死ぬほど大変でした……、というか何度か死にかけました……」
「そりゃそうだろうね。前の私、一緒に行ってあげたらよかったのに。今更だろうけど」
「師匠とは、気が済んだら髪を切ってもらう約束で。その後は迷惑をかけないようにしていたので。
ペルペトゥスさんのところに行ったのは一緒にいてから何十年も後でしたし」
「私にとって数十年はけっこう最近の話だけどね。まあ、前のことは言っても仕方ないから置いておこうか。
私が知りたいのはひとつなんだ。どうしたら許してもらえるのかな?」
スピラの言うとおりだ。スピラとペルペトゥスが知り合いなのには驚いたけれど、今は関係ない。
「師匠……、スピラさんに聞きたいことが二つあります」
「何?」
「まず、私の魔力が強いことを周りに知られないようにする方法はありますか?」
「え、それ、必要ある?」
「切実に」
「うーん……、聞いたことないから、作るしかないんじゃないかな」
「師匠でも聞いたことがないんですか……」
「必要な状況が限定的すぎるからね。ヒントとしては……、自分の魔力に透明化をかける感じ、かな? 増やした分の量は減らせないし、ムリに抑えるのは危ないから、魔力の質を感じとりにくいものにするのが早いと思う」
「試してみますが……、実際にできているかはどうすればわかりますか?」
「これは感覚的なもので、ある人にはあるけどない人にはないからね。私とか、感覚がある人が見るしかないんじゃないかな」
「なるほど……」
試す方向性はわかったから、いろいろ試して、それっぽい感じになったらスピラかユエルに見てもらえばいいのだろう。ヒントだけでももらえて助かった。
「もうひとつは?」
「世界の摂理に会いたいです。方法を知っていますか?」




