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5 ミニダンジョンメイキング


 師匠スピラと約束した時間より早く、オスカーとルーカスと待ち合わせる。

 今日もユエルは留守番だ。代わりに、毎週日曜は家族とユエルサービスの日にしている。


「ファケレ・メイ・ヒュポゲーウム」

 街から少し離れた人気ひとけのないエリアで、ダンジョンを作る古代魔法を唱える。魔力消費が大きい魔法だ。魔力量が多くないと使えない。

 入り口は太い木の幹にして、開けるための合言葉を設定することにする。誰かに簡単に見つかる場所ではないけれど、念のためだ。


「合言葉は……、『オスカー大好き』でいいですか?」

「あはは! ぼくはいいよ! オスカー大好き!」

「それは自分も言うのか?」

「ダメですかね? 他に思いつかないんですけど」


「じゃあ、『バカップル最高』とか?」

「ルーカス、それは誰のことだ?」

「さあね?」

「オスカーは何がいいですか?」

「……『ジュリアに手を出すやつは滅びろ』」

「あっはっは! ド直球!!」

「それ、師匠に言わせるんですか?」


「うーん、じゃあ無難に、『我、暗黒からの使い、ここに来たれり』とか?」

「それのどこが無難なんだ?」

「師匠に言われたら普通に怖いです……」


「『ひらけ、幹』とかでよくないか?」

「えー? おもしろくなくない?」

「合言葉におもしろさを求める意味がわからない」

「やっぱり『オスカー大好き』でいいですか? おもしろくはないですけど」

「ジュリアちゃんそれ推すね。一応言っておくと、合言葉としてはおもしろいからね?」


「『ようこそ私の部屋へ』?」

「ダメだ」

「『大人しくするから入れてください』にしておけば? 誓わないと入れないみたいな感じで」

「それはいいかもしれません」

「ああ、いいと思う」

「これも一応言っておくけど、誓うのはオスカーもだからね? なるべく穏便にね?」

「……善処する」

「じゃあ、それで登録しますね」


 ダンジョンマスターの権限で合言葉を設定する。

「これでいいはずです。入ってみましょうか。『大人しくするから入れてください』」

 木の幹に扉が浮かびあがる。開くと、地下に続く階段がある。上出来だ。

 中に入ると、すぐに扉が閉じた。

 日の光が入らなくなってもそこそこ明るくて、ちゃんと辺りが見える。ダンジョンの環境設定による明るさだ。

 内側の扉は消えないけれど、外から見ると扉が消えているはずだ。


 扉が開いて、オスカーが入ってくる。扉を開けたままルーカスを通そうとしたが、見えない力に弾かれて、ルーカスは通れない。

「『大人しくするから入れてください』……うん、一人一人言わないと入れないみたいだね」

「あ、検証してたんですね」

「一応ね」

 二階分の階段を降りると、再び扉がある。ここにも合言葉やパスワードやギミックをしこもうと思えばできるけれど、必要がないからただの扉にしてある。

 扉を開けて二人を通す。


「このくらいの広さでよさそうですか?」

 三十メートル四方の何もない空間だ。天井も一階半くらいの高さで余裕を持たせてある。

「うん、かなり想像以上」

「よかったです。土で椅子やテーブルを作りますね。プレイ・クレイ」

 土をぐにぐにと変形させて形にしていく。家の応接室をイメージしたら、思っていたより堅苦しい感じになった。もう少しやわらかくしたいと思って角をとると、今度はちょっとかわいすぎる。加減が難しい。なんとか中間点を模索する。


「こんなところですか?」

「広くて殺風景な気がしない?」

「うーん……、環境設定を変えてみますか? 例えば……、蔓草つるくさが生い茂る草地とか?」

 壁の一ヶ所に手をついて、イメージしながら魔力を流す。地面に草が生え、壁や天井に蔓草が伸びていく。土色がほとんど緑におおわれて、だいぶ居心地がよくなった気がする。


「え、なにそれ。おもしろいね」

「そうですか?」

「他にも色々できるの?」

「そうですね。石の壁にしたりとか、灼熱のエリアにしたり、極寒にしたりとかも。元の環境とかけ離れているほど魔力消費が激しいので、やりたくはないですけど」

「なるほどな。元々この辺りは緑地だから、緑地にするのは難しくないという感じか?」

「はい。そうですね」


「外より寒くなくて快適だね。ぜんぜんホットローブいらないや。ここを秘密基地にしたいくらい」

「それはちょっと……。一応、ここは公有地で領主様の土地を勝手に間借りして入り口を置いたので。本当に今だけのつもりです。

 それに、作って1カ月くらいは安定させるための魔力を供給し続けないといけないから大変で。完全に固定されたら、解除しない限りは放置しても消えないんですけど」


「じゃあ、ジュリアちゃんちの地下に作ったらいいんじゃない? 秘密基地」

「ほしいんですか? 秘密基地」

「秘密基地はロマンだからな」

「オスカーも?!」

 ルーカスが言いだしたのにも驚いたけれど、オスカーが乗ってきたことにはもっと驚いた。彼がそこにロマンを感じる人だとは知らなかった。

(この感じ、二回目ね)

 ちょっと笑いそうになる。


「ロマンと言えば、ドワーフの方はどうなっただろうか」

 オスカーも同じことを思いだしたようだ。

「一カ月以上経ちますものね。近いうちに様子を見に行きましょうか」

「ああ。楽しみだ」

 オスカーがかわいい。やっぱりオスカーはかわいい。大好きだ。


 秘密基地の実現可能性を考えてみる。

「うちの地下はうちの地下で問題があって。父と母は休日けっこう家にいるので、見つからないで入るのが難しいんですよね」

「空間転移は?」

「一応、試してみますか? テレポーテーション・ビヨンド・ディスクリプション」

 唱えるけれど、やはり何も起こらない。

「やっぱりダンジョンの内外での行き来はできないみたいです」


「この部屋の中での転移はできるのか? ダンジョン内でだけでも空間転移が可能かを知れるといいのだが」

「やってみますね。テレポーテーション・ビヨンド・ディスクリプション」

 しかし、何も起こらない。

「……ダメですね。ダンジョンという空間では、空間転移は無効みたいです」

「……そうか」

 オスカーが残念そうだ。ペルペトゥスのダンジョンの攻略可能性を考えてくれていたのだろう。


「うーん、けっこう不便だね」

「便利さを追求した場所じゃないですからね」

「秘密基地の入り口問題、ちょっと考えておくよ」

「作りたいんですね……」

「こんなに広くなくていいし、ジュリアちゃんの負担にならないくらいでいいから」

「すごく作りたいんですね……」

「うん、ロマンだからね」

 オスカーは何も言わないけれど、顔がわくわくしている。


「わかりました。入り口の場所は後から変えられるので、とりあえず一階の応接室に入り口を作って固定化しておきます。今日のように、合言葉を言わないと入り口が見えないようにできるので」

「応接室! ジュリアちゃん天才? オスカーだけだとダメかもしれないけど、ぼくも一緒に行けば、短い時間なら全然入れそうじゃん」

「応接室のドアにはカギがかからないので、そこにいないのがバレない範囲で、ですね」

「うわあ、楽しみ。どんな部屋にするか考えておくね」


「……小さめの部屋を三つにしましょうか。共用部分とルーカスさん用とオスカー用で」

 ちゃんと分けないとルーカスに主導権を握られて、オスカーがあまり好きにできない気がした。

「ジュリアはいいのか?」

「家の二階に私の部屋がありますし」

「部屋とはまた別じゃないのか?」

「すみません、二人が楽しそうなのは楽しいから作るのはぜんぜんいいのですが、同じだけの熱量はないと思います……」


「それは……、すまない。はしゃぎすぎてしまった」

 ちょっとわくわくくらいの顔が、オスカーとしてははしゃぎすぎているらしい。かわいい。

「いえ、それはぜんぜん。はしゃいでいるあなたはかわいくて好きです」

 恥ずかしそうにするオスカーもかわいい。大好きだ。


「そろそろ師匠に連絡しますね」

 連絡魔法を飛ばそうとしたが、飛ばない。

「あれ?」

「連絡魔法が飛ばないのは、相手が死んでるのだったか?」

「あの師匠に限ってそれはないと思いますが……」


「ダンジョンに入っている人には外から連絡できないんじゃなかったっけ? なら、逆もそうなんじゃない?」

「ダンジョン内が亜空間なら、外と断絶されているのかもしれないな」

「その可能性が高い気がします。一度外に出て送ってみますね」

「一緒に行く」


 オスカーと外に出て、改めて連絡魔法を送ったら問題なく飛んでいった。

 やはりあの師匠は殺しても死なないタイプだと思う。


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