4 その理由は想定外すぎる
「ジュリア」
オスカーの声に、ハッとして彼を見る。
「耳を傾ける必要はない。街にワイバーンをけしかけたのは誰のためでもないだろう?」
「……そう、ですね」
彼の言うとおりだ。ヘタをすると関係ない人たちに大きな被害が出た可能性がある。裏魔法協会の手段には、やはり賛成できない。
「あらあ? さらっと目的を達成して、被害が出ないうちに卵を外に出す手筈だったのよ? ある程度は魔法協会が防いでくれると信じていたしねえ」
「話が逸れてるんじゃないかな。ジュリアちゃん、きみにはちゃんと、大事な居場所があるよね?」
ルーカスの言葉に、オスカーも大きくうなずいている。
「……はい。はい! そうですね」
心の中があたたかい。自分の居場所はここなのだ。
ラヴァを見据えて、しっかりと宣言する。
「冒険者のパーティみたいなもの、とするなら。私のパーティメンバーはオスカーとルーカスさんです」
「あらあ、坊やたちも一緒に歓迎するわよ? アナタたちもおもしろいもの」
「ぼくは遠慮させてもらうよ。今の生活が気に入っているんだ」
「自分も……、堂々とクルス氏から、ジュリアを娶る許可をもらわないといけないからな」
(オスカー?! ちょっと待って)
その理由は想定外すぎる。嬉しいけど全力でつっこみたい。けれど、本題じゃないから流しておく。
「……そういうわけですし、両親も、他のここの支部のメンバーも大事なんです。なので、私があなたの仲間になることはありません」
「それは残念ねえ。気が向いたらいつでも連絡してねぇ?」
「向きません……」
ため息混じりに答えたところで、聞きたいと思っていたことを思いだした。
「……あ、ひとつ、聞いてもいいですか?」
「何かしらあ?」
「ラヴァさんは、どうして魔法協会を抜けたんですか? トールさんは、ブラッドさんのためみたいなことを言っていましたが」
「ええ、トールは、行方不明の弟子を探したい、そのためにはこっちの方が動きやすいって言って、仲間になっていたわねえ。
アタシに興味を持ってもらったのは嬉しいけど、そんなたいした理由じゃないのよ? 若い頃にちょっと上司とトラブルがあっただけ。
望まない関係を迫られた時に魔法で抵抗したら処分対象にされて。それまでも色々ガマンしていたから、もうやってられないって思ったくらいかしらあ」
「じゃあ、セクハラ上司への制裁って……」
「ふふふ。スタートはね? そんな感じの依頼を受けてもらえてスッキリしたところから。
でも今は、ただこの生活が気に入っているだけ。若くて強い魔法協会の坊やたちとも遊べたりするしねぇ。
ねえ? 大した理由じゃないでしょう?」
「……女性の意に反して手を出す人種は滅びればいいと思います。滅ぼせる魔法があればいいのに」
「ジュリア、落ちつくんだ。気持ちはわかるが、本音がだだもれだ」
「あらあ、ふふふ。やっぱりジュリアちゃんはこっち側の子ねえ。今はただ、周りとの関係があるからそこにいるだけで。
坊やたち、しっかりつかまえておくのよ? じゃないとアタシや、アタシみたいなのがさらっていくから」
「言われるまでもない」
「うん。ぼくはジュリアちゃんのブレーンらしいからね。手出しはさせない」
「来てくれないのは残念だけど、話せたのはよかったわあ。
他の候補を見つけないとねえ。タグは遊びにしか興味ないし、ジャアは話さないし、普通の会話がしたいわ……」
「そのジャアと話がしたいのだが」
すかさずオスカーが言った。
(あ、思いだした!)
いろいろあってすっぽ抜けていたけれど、ジャアについて確認することがあったのだ。オスカーが切りだしてくれて助かった。
「ジャアと? 今も言ったとおり、会話らしい会話はできないわよ? あの子、出会った時からそうだったのよねえ」
「ラヴァさん、ジャアさんの本名は知っていますか?」
「さあ? ジャアはジャアよ?」
「本名ではないんですね」
「なんて呼べばいいかをしつこく聞いたら、達筆で書いてくれたのよねえ。『リベンジャー』って」
「リベンジャー……、復讐者、ですか?」
「そうなのでしょうねえ。魔法使いを困らせるような魔道具ばかり作っているから。呼びにくいから略してジャアにしたのよねえ」
「魔法使いに恨みが……」
「ふふふ。どうかしらあ? 過去は詮索しないのも、アタシたちのポリシーだもの」
「やっぱり、一度会ってお話ができたらと」
「会話にならなくてもいいなら会わせるくらいはできると思うけど。アタシになんのメリットがあるのかしらあ?
そもそも、ジュリアちゃんが仲間に加わってくれるなら話し放題だしねえ」
「……一度だけ、こっそりラヴァさんに協力するっていうのはどうですか? もちろん、内容に納得できれば、ですが」
ラヴァが吟味するように一度目を閉じた。
「それは……、悪くないわねえ。ええ、等価交換な気がするわ。飲んであげる。
トールがいなくなって空間転移が使えなくなったから、ジャアを迎えに行って連れてくるのに少し時間がかかるけれど、それでいいかしらあ?」
「ある程度は私たちが移動しても構いません。むしろ場所はホワイトヒルじゃない方がいいと思います」
「そう? なら、場所は追って連絡するわねえ。
連絡魔法や魔道具でラヴァと名乗って、もし誰かに聞かれたらまずいだろうから……、そうね。アイ、ということにしておきましょうか」
「わかりました。日程もまた追ってがいいですか?」
「ええ。ジャアと話してみて連絡するわあ。もし本気で拒否されたらあきらめてちょうだい」
「わかりました」
「さて、帰ろうかと思うのだけど。手はもう出してもいいかしらあ?」
「ああ。解除する」
オスカーがノンマジックの鳥カゴを消すと、ラヴァはジュースを飲み干した。
「ごちそうさま、坊や。坊やもまた会いましょうねえ?」
「ぼくらから用事があったらね」
「あらあ、つれないとこも好きよ?」
カラカラと笑って、ラヴァがホウキを出して飛んでいく。
その背が見えなくなると、オスカーがひとつ息をついた。
「……疲れたな」
「疲れましたね」
「お疲れ様」
「ルーカスさん、急だったのに、ありがとうございます」
「いいよ。頼ってもらえて嬉しいから」
「本当に助かりました。私たちだけだと、向こうのペースに乗せられちゃって」
「うん、来た瞬間にわかったよ」
「これでとりあえず、ジャアがジャスティンさんかどうかの確認がとれる可能性が出ましたね」
「ラヴァとの約束でまた用事が増えそうだがな……」
「すみません、他に思いつかなくて……」
「まあ、あの条件は悪くないと思うよ。こっちには断る権利があるし、向こうに前払いしてもらう形だしね」
「ルーカスさんにそう言ってもえるとホッとします」
答えて、ルーカスに話しておくことがあったことを思いだす。
「ルーカスさん、最初のお返事ができていなくてすみません。提案してもらった、人目につかない広い場所なのですが。作ろうかなと」
「……作る?」
「はい。街から少し離れたところの地下に、ダンジョンを作る要領で空間を用意して、終わったら消すと楽かなって」
「ダンジョンを作る要領でって。ぼくを一番驚かせられるのはジュリアちゃんかもしれない……」
ルーカスにも頭を抱えられた。
(やっぱり、ダンジョンの魔法は他の古代魔法より珍しいのね)
とりあえずそう認識し直しておく。
だいぶ気疲れしたため、師匠に会うのは翌週の土曜日にすることにした。




