3 裏魔法協会ラヴァからの勧誘
ホウキで駆けつけてきたルーカスが、苦笑気味に入ってくる。
「待って。なんの話をしてるの?」
「オスカーはかわいい話です」
「いや、そうじゃない」
「アナタは小さくてかわいいっていう話よ?」
ラヴァがルーカスの方を見て妖艶に笑みを深める。
「それ、男としてはぜんぜん嬉しくないんだけど? まあ、至急っていう感じでぼくが呼ばれた理由は大体わかったよ」
「さすがルーカスさんです」
察しがよくて本当に助かる。
「オスカーとジュリアちゃんは飲み終わったところかな。場所だけ借りるのは悪いから、とりあえずぼくも何か買ってくるよ。ラヴァさんも何かいる?」
「見ての通り、手が使えないのよねえ。坊やが飲ませてくれるのかしらあ?」
「別にそれでもいいよ。なんでもよければ適当に選ぶけど」
「そうねえ。なら、カップルドリンクを」
カップルドリンク。大きなひとつのグラスにストローが二本入っているやつだ。置いている喫茶店は珍しくない。
「一人で飲むの? 別にいいけど」
「坊やはつきあってくれないのかしらあ?」
「ぼくにメリットがないからね。適当に選んでくるよ」
(さすがルーカスさん……!)
あのラヴァを軽くあしらってしまった。
「ふふふ。あの坊やもおもしろいわねえ。またお相手願いたいわあ」
ラヴァが楽しげに目を細めた。
聞き流して、ルーカスが戻るのを待つ。自分たちは話に乗らないのがベストな気がする。
そう経たずにルーカスが戻ってくる。
「はい」
「あらあ、カップルドリンク。買ってくれたのねえ?」
ストローが二本刺さった大きなグラスを手にしたルーカスが、ニヤリと笑った。
「残念だけど、これはこっちのカップルの分ね」
「はい?」
ドンとオスカーとの間に置かれた。これは一体どういう状況なのか。つい鮮やかな色のカップルドリンクを見つめてしまう。
「ぼくのおごり」
「それならこれじゃなくても……」
カップルドリンクはオシャレなぶん、普通の飲み物より割高なイメージだ。おごられるのがちょっと申し訳ない。
「いいのいいの。存在を思いだして、ぼくが愛でたくなっただけだから。二人で飲んでね。ぼくらの分も持ってくるよ」
ルーカスの背を見送って、ラヴァが笑う。
「ほんと、おもしろい子ねえ」
オスカーと顔を見合わせる。テーブルの上で存在を主張するこの恥ずかしい飲み物をどうすればいいのか。
「ジュリアが先に」
「え、私もあなたが飲んだ後がいいです」
「そういう意図ではなかったのだが……」
「え、あ、ごめんなさい……」
オスカーと二人で赤くなる。両手にグラスを持って戻ったルーカスがニヤニヤしている。
「はい、これラヴァさんの」
「……よくアタシの好みがわかったわねえ?」
「んー? なんとなく?」
ルーカスがラヴァの前に置いたのは、注文としては攻めてる気がする、ブラッディオレンジのジュースだ。ラヴァの反応からすると、それで正解のようだ。
(ルーカスさん、恐ろしい人……!)
それは同時に、味方だとこれほど頼もしい人はいないということでもある。
ルーカスが空いているイスに座った。
「で、本題ね。ラヴァさん、ジュリアちゃんを勧誘しに来たんでしょ?」
「あらあ、単刀直入ねえ」
「ラヴァさんと長々お茶を飲む関係でもないからね。さっさと用件を話した方がいいでしょ?」
「アタシはゆっくりお話を楽しみたいのだけど?」
「場所が場所だからね。往来もあるテラス席で長話はオススメしないかな。たまたま他の魔法協会のメンバーの目に入って、クルス氏に報告されたらそこまでだ。あまり猶予はないつもりでいた方がいいよ」
「……アナタを呼んだ理由、わかった気がするわぁ」
ラヴァがため息混じりに言って、切り替えるようにしてこっちを向いた。
「トールがブラッドの坊やと、ジュリアちゃんのところに出頭しちゃったでしょう? 責任をとってジュリアちゃんが仲間になってくれないかしらあ?」
「なんの責任ですか……」
「むしろラヴァさんも出頭してくれていいと思うけどね」
「イヤよ。それは楽しくないもの」
「楽しくない……」
「ええ。アタシは楽しくないことはキライなの」
「それが裏魔法協会にいる理由ですか?」
「そうと言えばそうだし、違うと言えば違うかしらぁ。
そもそも、ジュリアちゃんは裏魔法協会がどういうものだと思っているのかしらあ?」
「魔法協会や表の仕事が合わなかった魔法使いが流れつく先、でしょうか」
「あらあ、意外。正解よ。組織としては魔法協会よりもずっとゆるくて、あるようなないようなものなのよ。
遠い昔に誰が作ったのか、秘密裏に仕事を請け負う手段を共有している、というくらいで、あとは気があう仲間でテキトーにやってる感じね」
(夏にファーマーさんから聞いたとおりね)
裏魔法協会のメンバーから直接聞けたのはよかった。
「冒険者のパーティの考え方に近いかしらぁ。アタシのここしばらくのパーティメンバーが、タグとジャアと、今回抜けたトール。
組織を組織として動かしている人はいないから、誰の命令も聞く必要がなくて、なんの気づかいもいらない、自由な世界なの。いいでしょう?」
「そうですね。それで、法を犯していなければ」
「アタシたちのパーティは、受ける依頼は選んでいるわあ。アタシたちの基準で、だけど。トールやブラッドの坊やから聞いているアナタの感覚なら、きっと気に入るはずよ? そうね……」
ラヴァが少し遠くを見るようにしてから、ニイッと真っ赤な唇を吊りあげる。
「例えば、どこに訴えてももみ消されて泣き寝入りするしかなかった、セクハラ上司への制裁とか、ねえ?」
一瞬、同調しそうな感覚があった。自分がドワーフの長老の話を聞いた時や、ジャスティンの事件を聞いた時に浮かんだのと同じことだ。
振り払うように問いを返す。
「……フィン様についても同じことが言えるんですか?」
「だってあの坊や、ぜんぜん次期領主の自覚がなくて、勉強も訓練もイヤイヤやらされているだけだったでしょう?
話を聞いた後に調査をしたけど、現場で坊やが領主になることを望んでいる人なんて誰ひとりいなかったのよねえ。親を除いて。
継いだところで領地が荒れるのが目に見えているなら、いない方がこの領地のためじゃないかしらあ?」
「今のフィン様は、そんなことはないと思います」
「それはただの結果論よねえ。たまたまいい方に転んだだけ。
それはそれとして、もし仲間になったらアナタにももちろん選択権があるから、アナタが気に入らない依頼は受けなければいい。それだけの話よ?
アタシたちはメンバーの自由意志を重んじるの。魔法協会と違って、ねえ」
ラヴァの話にはどこか違和感があるけれど、悪いことではないような気がしてきてしまう。ブラッドも言っていたように、自分の感覚は彼らに近いのだろうか。




