1 エイシェントドラゴンに会いに行ってみる
週末、動きやすい服にホットローブをはおる。
「ユエル、今日は一緒に行きましょうか」
「嬉しいですヌシ様!」
ここ最近はオスカーと出かける時には連れて行っていなかった。主に目的や目的地側の問題だ。
「エイシェントドラゴンに会いに行くだけなので、一緒でも大丈夫かと」
「え……、エイシェントドラゴン……?」
嬉しそうにしていたユエルがピタリと止まって身震いする。
「オイラ今日は、はりきって留守番します!」
「え、いいんですか?」
「そんな恐ろしいものを見たら寿命が百年は縮みますよ。オイラの寿命は十年ないですからね。死んじゃいます」
「え、そうなんですか? ちなみに、ユエルは今何歳なんですか?」
「はて、正確には。もう子どもを産める歳だとしか」
「子どもはほしいですか?」
「外見も性格もイケメンな雄の子なら」
「そのうちクロノハック山に相手を探しに行きましょうか」
「オイラはヌシ様といられるだけで十分幸せですけど、縁があればやぶさかではないです」
言葉よりも動きの方が嬉しそうだ。完全に復活している。
「じゃあ、そうしましょう。行ってきますね」
よしよしと頭を撫でてから、家を出て門へと向かう。
オスカーが着く前に待っていれば父に邪魔されないだろうと少し早く出たつもりだったのに、もう二人が門の前にいる。
(ちょっとユエルと話しすぎたかしら)
「なんの用だ」
「ジュリアさんと約束を」
「ダメだ」
「お父様?!」
「指一本触れないと誓えるなら連れて行ってもいい」
「それは私がイヤですからね?!」
父に目撃されてから初めての二人でのデートだ。過剰反応されているのだろう。
「……ジュリアはこいつのどこがそんなにいいんだ?」
「え、聞きたいですか? 長くなるので、明日でいいですか? 今は早く出たいのですが」
「いや、まだ言質がとれてない」
「……わかりました。オスカーから私に触れるのがダメでも、私からオスカーに触れる分にはいいんですよね? お父様がびっくりするくらい、私からすればいいんですね?」
「いや、そういうことでは……」
「フライオンア・ブルーム。オスカー、乗ってください」
「ジュリア??!」
女性の魔法使いが男性をホウキに乗せるのは、『あなたには何をされてもかまわない』という意味になる。
ホウキを出してオスカーを誘ったら、父がものすごく取り乱した。今日はさすがに目に余ったから、いい気味だ。
「ジュリア、落ちついてほしい。自分は気にしていない」
「うー……、だって、お父様があまりにひどいから」
「私か?!」
一旦ホウキを消す。
「クルス氏。先日、不快にさせたのなら申し訳ない。ここでは控える」
「ここでだけか?」
「それ以上は手を出さない」
「当然だ」
「自分は、ジュリアさんを愛している。愛情表現として……、キスまでは許されたい」
ぶわっと嬉しさにのまれる。彼の首に腕を回して抱きよせ、背伸びをして、ちゅっと軽くキスをした。
「ジュリア??!」
「私だってオスカーとキスしたいんです。正直に言えばその先だって」
「なっ……」
「むしろオスカーが止めてくれてるんですからね。感謝してください」
「ううっ……」
家の方から母がやってくる。
「あなた、今日は引きとめすぎではなくて?」
「シェリー……。ジュリアが、私のかわいいジュリアが、オスカー・ウォードの毒牙に……」
「違いますって!」
「あらあら、ふふ。それなら私は昔、あなたの毒牙にかかったのね?」
「シェリー?!」
「二人に昔のあなたの話でも聞かせましょうか?」
「聞きたいです、お母様」
「……頼む、やめてくれ」
「初めてキスをされたのは……」
「わかった! わかったから!! そこまでは許す! が、そこまでだ! いいな?」
「了解した」
「ありがとうございます、お母様。大好きです」
「ふふ。嬉しいわ」
「ジュリア、私は……?」
「お父様は少し反省してください。それまでは少し嫌いです」
父が石化したように見える。けれど、今日はもう知らない。
改めてホウキを出す。
「行きましょうか」
「ああ」
ちゃんと別々にホウキに乗って、母に手を振って出発した。
いつも空間転移の出発地点にしているあたりで降りる。着く頃には父への怒りもだいぶ収まってきた。
「本当に……、父がすみません……」
「いや。ジュリアからキスをしてもらって、むしろ得したと思う」
とっさに思いがあふれたとはいえ、改めて言われると恥ずかしい。熱くなった顔を軽く抑える。
「ジュリア」
「はい……」
自分を呼ぶ声が甘い。それだけでドキドキが止まらない。
そっと、ほんのわずかに唇が触れあう。
「ジュリアが庇ってくれて嬉しかった」
「……はい」
父への怒りはするりとほどけて、心も思考も彼の色に染まる。大好きで、幸せだ。
「ひとまず……、エイシェントドラゴンに会いに行ってみるか?」
「はい。テレポーテーション・ビヨンド・ディスクリプション」
いつものように彼と手を繋ぎ、エイシェントドラゴンのペルペトゥスが寝ていた場所を思いうかべて空間転移の魔法を唱える。
が、何も起こらない。
「……あれ?」
空間転移ができないのは初めてだ。何が起きているのかがわからない。
「ジュリア?」
「なんでしょう? 発動しかけて、何かに妨害されて発動しない、みたいな感じでしょうか。よくわからないです」
「空間転移自体が、か? それともその場所限定だろうか」
「試してみましょうか。前者だと困るので」
オスカーと手を繋いだまま、夏の別荘を思いうかべて空間転移を唱える。
すぐにいつも通り景色が変わった。
「空間転移自体はできますね。問題なく」
「だとすると場所の問題だろうな」
「あー……、確かに。ありえるかもしれません。そもそもダンジョン内に空間転移しようとしたのが初めてなので。
「ダンジョン内にいるのは間違いないんだな?」
「はい。前の時、もうずいぶん長く寝ていたと言っていたので、このタイミングでも変わらないかと」
「ダンジョンは原初の魔法使いの時代にだいぶ減らされて、現存するものは十に満たなかったか?」
「見つかっていて公になっているものは、ですね。見つかっていないものもあるかもしれないし、見つけても公にしていない人もいるかもしれないので。
ペルペトゥスさんのダンジョンは公にはなっていなくて、前の時、見つけたけど公にはしませんでした」
「入り口まで空間転移で行って、攻略するというのは?」
「ううっ……、ものすごく大変だったので……、直接本人のところに飛びたかったのですが」
「そんなにか?」
「攻略して本人に会うまで何年もかかりましたね……。何度も死にかけました。
公にしなかったのはそれもあって。ヘタに一獲千金でも狙って入る人がいたら、命に関わるなと」
「さすがエイシェントドラゴンのダンジョンといったところか」
「はい。暇つぶしに作って、友人と遊んでいるうちに広げすぎたと言っていました」
「エイシェントドラゴンは暇つぶしにダンジョンを作るのか……」
「試しに入り口の前まで空間転移してみますか?」
「ああ」
「テレポーテーション・ビヨンド・ディスクリプション」
唱えると、今度は問題なく転移ができた。
密林の奥地、この時期でも暑い場所だ。ホットローブを脱いで持つのは邪魔だから、自分とオスカーに温度調整の魔法をかけておく。
一見するとただの、ツタが生い茂った場所だ。ツタの下では巨大な一枚岩が地下への入り口を塞いでいる。
「ここまでは来れますね。ここからこの先に行けるかを試してみましょう」
再び空間転移を唱える。
が、何も起こらない。
「……やっぱり、ダンジョンの中には空間転移ができないみたいです」
「ここから入って攻略して、エイシェントドラゴンの元に辿りつかないといけないわけか……」
「ううっ……。前と違ってある程度なら道も攻略法もわかるので、がんばれば……、半年から一年くらいで会えるでしょうか……」
「一度入ったら簡単には戻れないし、ダンジョンから出たら、進んだところまで戻るというのも難しいのだろう?」
「どうでしょう……。前は潜ったままだったので、なんとも」
「数年、潜ったままだったのか?」
「はい。飲み水は魔法で出せますし、食べ物もまあ、なんとか。
場所にもよるのですが、ダンジョン内にも食物連鎖があって、毒の鑑定だけちゃんとすれば普通に食べられるものもあったので。
数年潜っていたというより、気づいたら数年経っていたという感覚でした」
「ソロでダンジョン内に数年、か。色々と無茶をした話を聞いてきたつもりだったが。ずいぶんと無茶をしたんだな」
「当時は、目の前のことをひとつひとつやっていただけなので、無茶をした感覚はないですが。
問題は今回です。前は帰る場所がなかったから好き勝手していたけど、今は半年で済むとしても家を離れるのは難しいと思うので」
「あのクルス氏の様子だと、半年どころか一泊でもムリだろうな……」
「ですよね……」
困った。完全に詰んでいる。
「もういっそ、結婚しちゃいますか? 結婚しちゃえば父も文句は言えないし、新婚旅行の名目でお休みをとるとか」
「ジュリアはそれでいいのか?」
それでいいか。いい気もするし、よくない気もする。今すぐ一緒にいれるならそれはそれで嬉しいけど、解決してから大手を振って幸せになれるならそれに越したことはない。
「……すみません、ちょっと言ってみただけです。新婚旅行にしてもさすがに半年以上で、いつ戻るかわからないなんていう職場の休み方はできないですしね」
「そうだな……。エイシェントドラゴンは保留するしかないだろうな。となると……」
「今すぐできるのは、師匠に聞くくらいですね……」
オスカーが頭を抱える。
「……仕方ない、のか……?」
「あなたもルーカスさんもいて、魔法封じにも入ってもらうなら、さすがに大丈夫ではないかと」
「あいつには言葉だけでジュリアを泣かせた前科もあるからな……」
「ああ……、あなたが死んだら発言ですね……」
あれは本当にきつかった。思いだすだけでも泣きそうだ。悪気がなさそうな分だけタチが悪い。けど、悪気はないと思うのだ。
「そのあたりは、赤ん坊だと思って接するしかないかと。ひとつひとつ教えないとわからないんだと思います」
「あんなデカくてセクハラする赤ん坊はイヤだ……」
「それには同感ですが。とりあえず、戻ってルーカスさんの予定をとりつけて、師匠に連絡しますね」
「……わかった」
ものすごく納得できないけれど仕方ないという感じの「わかった」だ。
オスカーの気持ちもわかるけれど、他に手段はないから、苦笑するしかない。




