43 領主邸新年会② 大変過ぎる……!
家族で領主一家に挨拶をする。
領主夫妻に会うのはフィンとのお見合いの時以来で、一度前向きにつきあうことにしたのにすぐに断っているから、正直気まずい。
父との社交辞令のやりとりや、フィンを守りきったことへの魔法協会への謝辞に続いて、意外な言葉が向けられた。
「ジュリアさんもいらしていただけてよかった。息子がずいぶんと迷惑をかけたらしい。すまなかった」
「いえ、そんなことは……」
ちょっとあるかもしれないけれど、ないというていにしておく。
「それ以上に、感謝している。ジュリアさんとの一件以来、人が変わったみたいに努力するようになったからな。これなら安心して任せていけそうだ」
「もったいないお言葉です。フィン様ご自身のお力かと思います」
実際、自分はただ振っただけで何もしていない。
領主の妻、フィンの母が貴族的な笑みを浮かべる。
「もし、よりを戻してもらえて、子宝にも恵まれるとよりよいのだけど」
「母上、その件はもう何度も話していますよね。おじさんたちとも約束を交わしましたし」
「フィン、状況が変わるというのはどの家でもあることですよ」
「お気持ちはありがたいのですが、私にはもう思いを交わしている方がおりますので」
「あら、こんなに早く? どこの男爵家かしら」
「いえ、魔法使いです」
「冠位ではなく、ただの?」
ただの。そう言われて少しムッとしたけれど、努めて笑顔で流す。
「そうですね。まだ若いですから」
「母上……、ジュリアさんを困らせないでください」
「あら、あなたのために言っているのよ? あなたが彼女以外は娶る気はないと言うのなら、考え直してもらえた方がいいじゃないの」
「僕はもう振られたことに納得しているので」
「人の気持ちなんていつ変わるかわからないじゃない」
「二人とも、人前だ。やめなさい。フィンはジュリアさんとは友人ではいるのだろう?」
「僕はそのつもりです」
「はい、私もそのつもりです」
「なら、若い者同士、ゆっくりしてくるといい。ちょうど大体の挨拶も終えたところだ」
「……ジュリアさんがよければ」
「ふふ。この流れ、懐かしいですね。フィくん?」
ちょっと思いだした話をしたら、フィンが嬉しそうな、泣きそうな顔になる。
「……うん。行こう、リアちゃん」
自然に手を差しだされたけれど、それを取ることはできない。
「すみません、もう子どもではないので」
「ああ、うん。そうだったね」
申し訳なさそうに手を戻させてしまって、むしろ申し訳ない。
フィンと一緒に親元を抜けると、後ろから「やっぱりうちに来てくれればいいのに」というつぶやきが聞こえた。聞かなかったことにしておく。
「オスカーたちやバーバラさんたちと合流できるといいのですが」
「僕らが解放されたら、どっちも向こうから来そうだけど」
並んで歩きつつ、改めて姿を探す。
オスカーはルーカスと分断されて、それぞれ女性に囲まれている。オスカーの方が数が多くて、そばにはベッキー・デニスの姿もある。
(どういう状況……?)
「あー、多分、彼らが魔法使いだって知られたんだろうね。魔法使いを取りこみたい貴族は多いから。
権力に興味がない自由人ばっかりらしくて、口説き落とせたっていう話はぜんぜん聞かないけど。
こういう場に来てるってことは可能性があると思われたんじゃないかな」
「魔法使いということなら、オスカーとルーカスさんは対等ですよね?」
「そこはほら、身長とか? ヒールで横に並んだ時に自分より低い男をイヤがる女性って多いから」
「そういうものなんですね」
フィンが言っていることは頭ではわかる。けれど、気持ち悪いと思う。
(オスカーのいいところもルーカスさんのいいところも知らないのに)
外側から選んで、あとから内面を知ればいいという話なのだろうか。
ルーカスが言っていたことを思いだす。それでうまくいったことはないと。彼はきっと、そんな関係の中で傷ついてきた人だ。
そう思うといてもたってもいられない。早足で彼らの方に向かって、先に、ルーカスの周りの人だかりをかき分ける。
「ルーカスさん、すみません、なかなか抜けられなくて」
「ジュリアちゃん……」
ルーカスが心底ホッとした顔になる。いつもひょうひょうとしている彼のそういう表情は初めて見た。
「ちょっと、あなた誰?」
令嬢たちの中から不満が出て、ざわざわと広がった。
「お話し中すみません。ジュリア・クルスと申します。冠位魔法使い、エリック・クルスの娘です」
冠位の娘。そう認識されるのは嫌いだけど、この場では利用価値があると思った。
その言葉で、見下したような態度を取られることはなくなった。効果はバツグンだ。
「クルスさん、お見知りいただきたいところですが。その前にもう少し、その方とお話をしたいのですが。お二人のご関係は?」
「彼は……」
「彼女はぼくの好きな人だよ」
信頼している職場の先輩だと答える前に、ルーカスがさらっとそう言った。
一瞬驚いたけれど、前にもこんなことがあったのを思いだす。
「……らしいです」
辺りがざわついてから、しらけたような空気になった。令嬢たちが一人また一人と、軽く挨拶をして立ち去っていく。
と思いきや、今度は一人なっていたフィンが囲まれた。現金だなと思う。
「災難でしたね」
「うん。怖かった……。助かったよ、ジュリアちゃん」
「どういたしまして。次はオスカーですかね」
「ああ、向こうの方がたいへん……」
オスカーの方に向き直ったルーカスが一瞬止まって、不快そうに眉を寄せた。ルーカスのそんな表情も珍しい。
なんだろうと思って見てみると、ベッキー・デニスにベタベタ触られているようだ。その代わりなのかなんなのか、他の令嬢たちはだいぶはけている。
「えっと……」
「あいつぼーっとしたとこあるから、なんかハメられたんじゃない?」
「まあ、そうでしょうね……」
オスカーの顔には困ったと書いてある気がする。視線が合うと、全力で助けてオーラが飛んでくる。ちょっとかわいい。
ルーカスと二人でそばに行く。
「こんにちは、デニスさん」
「あら、クルスさん、こんにちは。あと、あなたは?」
「ルカ・ブレアだよ。本名はルーカス・ブレア」
「……男性でしたか。全然似ていないのは、お化粧を?」
「うん。上手でしょ?」
デニスがすごく驚いた顔をしている。ルカの正体をバートから聞いていなかったのだろう。
「オスカー、どうしたのですか?」
「デニス嬢が令嬢たちの前で手品を披露したのだが」
「手を滑らせて、ウォードさんの服のどこかにコインを滑りこませてしまったみたいでして、探させていただいていましたの」
「ふーん? それって、コレのことかな?」
ルーカスがずいっとデニスに寄り、スカートの腰元にある装飾の布に手を滑りこませ、コインを一枚取りだした。
「きゃっ、なんてとこ触るんですか!」
「きみこそ、他人のものにベタベタ触りすぎじゃない? ダメだよ。こいつは彼女のなんだから」
自分たちといる時のルーカスからは想像できないくらい冷めた声だ。言いながら、デニスの手にコインを握らせる。
「それに、もうわかったでしょ? きみはジュリアちゃんには敵わない。外見も内面も。
まあ、人によって好みはあるだろうけど。少なくとも、ぼくらやここの領主の息子や、きみの雇い主の孫は、みんなきみよりジュリアちゃんを選んでる。
もうハニートラップの看板は下げたら? 今日は命令されてやってるわけじゃないんでしょ? 何? やっすいプライド? 気持ち悪いんだけど」
たたみかけるように言いつのるルーカスを止めるタイミングがなかった。
デニスが真っ赤になってワナワナと震える。ルーカスのほほをはたこうとした手を、オスカーが手首をつかんで止めた。
「デニス嬢。ルーカスは言いすぎかもしれないが、手をあげるのはいけない」
デニスが思いっきり手を振って振りほどき、その場を走って離れていく。
(あれ泣かせてない……? 大丈夫かしら……?)
「……あーあ、イヤなとこ見せちゃったね。ジュリアちゃんには、ここまで見せたくはなかったんだけど」
ルーカスが笑って肩をすくめる。すっかりいつもの調子だ。
「もうオスカーに手出ししないようにしてくれたんですよね。ありがとうございます」
感じた通りに言うと、ルーカスが一瞬驚いてから、どこか気恥ずかしそうな笑顔になる。
「……うん。やっぱり、ぼくはきみが好きだ」
「ありがとうございます。私もルーカスさん、好きですよ」
2回目になるやりとりをしたところで、バートとバーバラがやってきた。今度は全員でフィンを助けに行く。
(領主邸の新年会って、大変すぎる……!)
来年は誰から誘われても絶対に断ろうと心に誓った。




