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42 領主邸新年会① つながった記憶


 週末の領主邸の新年会に招待された。

 元々の予定、ペルペトゥスのところに行くのは一週繰り越しだ。


 招待状を手にしたルーカスが思いだしたように動きを止める。

「あ、スーツどうしよう」

「ないのか?」

「セイント・デイのパーティは女装で、シェリーさんの昔のドレスを貸してもらってたからね」

「あ、あれお母様のだったんですね。道理でなんとなく見覚えがあるなと」


「自分も正装は一着しかないからな……」

「オスカーとは体格が違いすぎて、借りたら完全に笑いを取りにいく感じになるよね」

 ルーカスが言った姿を想像してちょっと笑いそうになる。


「新調するのは間に合わないから、貸衣装屋かな」

「それが妥当だろうな。オーダーすると最短で一ヶ月だろう? この数日ではムリだろう」

「ですね。お父様も身長が違うから貸せないですし」

「いつか一着くらいはって思うんだけど、いつも貸衣装で済ませて、のど元過ぎると忘れるんだよね。たぶんぼくがそこまでの価値を感じてないんだろうけど」


「自分は実家を出る前に、親に作らされて持たされたが」

「私もお母様がひいきにしているお店の方が、普段使いと合わせて何着か作ってくれました」

「うん。代々魔法使いの上流家庭と庶民を一緒にしないでね。うちでそれをやったら破産するから」

 ルーカスが笑って手をひらひらさせる。ちょっと申し訳ない気がして話を変えた。



 当日、新年に合うドレスを着せてもらって、セイント・デイのパーティと同じようにパーティ向けの化粧をする。


(パーティは気疲れするからそんなに好きじゃないけど、オスカーの正装は楽しみなのよね)

 セイント・デイのパーティの時もカッコよかった。思いだすだけでもニヤニヤしてしまいそうだ。

 だからといって普段から正装でいてほしいわけではない。普段のオスカーは普段のオスカーで大好きだ。そことのギャップというか、いつもと違うところも正装のよさだと思う。


「どうですか? お父様、お母様」

「正直、連れて行きたくないな」

「そう言ってもう十年以上、私もジュリアも連れて行かなかったものね?」

「オオカミの群れの中にヒツジを連れていく羊飼いはいないだろう?」

「お父様が羊飼いなら、オオカミも怖がって逃げると思います」

「あらあら、ふふ」


 話しながら馬車に乗りこむ。今日はカップルしばりがないから両親と一緒に行って、オスカーとルーカスとは現地合流だ。


「それに、今日はオスカーもルーカスさんも来てくれるから大丈夫です」

「むしろそいつらがオオカミだと思うんだが」

「ふふ。ウォードくんはどちらかというと、ジュリアの番犬というイメージね」

「そうですか? むしろ私の飼い主っていう感じがしますが」


 オスカーが自分にしっぽを振っているイメージは浮かばないけれど、自分はいつもしっぽを振って寄っていっていると思う。ユエルの「ヌシ様大好き」よりもずっと大好きなはずだ。

 それに、オスカーにリードを持っていてもらわないと、今の自分は何をしでかすかわからない自覚もある。


 父がものすごく微妙な顔になっているが、母は楽しげに笑った。

「あらあら、ふふ。大型犬に懐いている小型犬みたいでかわいいわね」

「それはちょっと納得です」

 体格的にもそんな感じだ。


「大型犬に襲われるイメージしか浮かばないんだが」

「お父様は警戒しすぎです。オスカーは私を大事にしてくれる人ですよ」

「キスまででガマンしていることを認められるべきだとか言っていたが?」

「あら、ふふ。若いわね」

(そう言われたのはむしろ嬉しいんだけど)

 これ以上この話をしているとヤブヘビになりそうだから黙っておく。



 領主邸の大ホールに通されると、記憶の奥底で見覚えがあるような気がした。

(本当のこの歳の私ならもう少し覚えていたのかしら?)

 あまりに昔すぎる記憶だ。前に来たのは、まだフィンとも会っていた幼い頃なのだろう。

 セイント・デイのパーティ会場よりも更に高級感がある貴族的な空間だ。ビュッフェ形式の立食だが、座れる場所も多く用意されている。


「クルスさん? 奥方とお嬢さん連れとは珍しい」

 両親と一緒に入ってすぐに声をかけられる。貴族然としていて、商工協会のパーティに参加していた人たちとは毛色が違う気がする。

 父が、知らない名に男爵とつけて呼んだ。

(参加者はホイットマン家と立場が近い貴族家が中心なのかしら)


「ところで、お嬢さんにお相手は? うちの甥っ子がなかなかの美丈夫でして」

「いや、ジュリアは誰にもやるつもりはない」

「お父様?!」

 オスカーとの交際は認めると言っていなかったか。そこは既に相手がいると言うところではないのか。どうして退化しているのか。つっこみどころしかない。


 会場に視線を巡らせてオスカーの姿を探す。寮からルーカスと2人で来ると言っていた。もう着いているだろうか。

 彼は背が高いから見つけやすいはずだけど、自分の視界が狭まってしまっているのもあってか、パッとは見つからない。


 最初に目に入ったのはベッキー・デニスと商工会長だ。デニスは秘書として同行しているのだろう。

 バートとバーバラは座って休憩中のようだ。一瞬バーバラと目が合って、挨拶するように軽く手を振られる。自分が両親とつかまっていて動けないから、また後でというニュアンスだろう。

 それに気づいたバートが振りかえり、パァッと笑顔になって立ちかけ、バーバラに止められたようだった。続けて高速で手を振られたが、軽く手を振りかえすだけにしておく。


 それから、人だかりの中にフィンの姿を確認する。お見合いの頃よりも次期領主らしさがでてきている気がする。

 若い子ががんばっているのは微笑ましい。


(あ、オスカー。と、ルーカスさん)

 やっとその姿を見つけられたのと同時に、全体に対して領主の挨拶が入った。

 集まってくれた友人への謝辞が中心なのだろうけれど、長い。どうやったらあんなに長く話せるのかわからないくらい長い。

(あれも才能よね。フィン様もああなるのかしら)

 その間に飲み物が配られているから意味はあるのかもしれない。9割以上聞き流して、周りに合わせて乾杯のグラスをかかげる。


 やっとオスカーたちのところに行けるかと思ったけれど、次から次に父のところに挨拶が来てなかなか抜けだせない。

(……あ、ちょっと思いだした)


 幼いころ、これが退屈でしかたなかったのだ。何か食べたいとか、遊びたいとかで、内心そわそわしながらいい子にしていた気がする。

 領主様と挨拶ができると、一緒に遊んできていいと言われて、退屈から連れだしてくれる男の子がいた。幼い自分は懐いていたと思う。

(フィくん……)

 記憶がつながったけれど、今更だ。懐かしくはあるものの、もう友だち以上になることはないだろう。


 父の元へは次から次に人がやってくる。こういう場ではそれなりに有名人なのだと改めて認識する。

 父の娘として振る舞わないといけない時間はなかなか辛い。少しでも早く抜けだして、オスカーたちのところに行きたい。


(家族と来たのは失敗だったかしら)

 最初から彼らと待ちあわせて入っていたら、もっと自由だっただろう。内心でため息をつく。

 失礼にならない程度に聞き流して、目でオスカーたちを追う。令嬢たちに話しかけられているようだ。そのくらい普通なはずなのに、なんだかざわざわする。


 しばらくして挨拶の波が止まると、父がひとつ息をついた。

「……やっと落ちついたか。今年はいつも以上に話が長かったな」

「私とジュリアが来るのは久しぶりですからね。あなたを知っている方たちは興味を持って当然でしょう」

「お父様、私はもう自由にしていいですか?」

「いや、領主様への挨拶は一緒に行った方がいいだろう。向こうも多少は落ちついた頃合いだ」

「わかりました」

(貴族ってめんどう……)


 このめんどうくささは、父の立場によるところもあるのだろう。父の実質的な権力は男爵家より上だけど、爵位は準男爵だ。どちらが上かが微妙なラインだからこそ、けっこう気軽に話しかけられるのだろう。あわよくば冠位魔法使いを取りこめたら、というのもあるかもしれない。

 父は父で、利害関係が発生しない限りは相手を立てる人だ。こちらから領主に挨拶に行くのはそういう部分もある。


(冠位ってやっぱり、メリットもデメリットもあるのよね……)

 貴族と交流できることもメリットだと思う人は多いだろう。けれど、自分はめんどくさいと思ってしまう。

 なんだかんだ、自分も根っからの魔法使いなのだろう。


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