17 未来への影響範囲
夜は盛大な反省会だ。
(やり直したいやり直したいやり直したい……)
この日のことだけじゃなくて、時間を戻ってからの全部を。
布団をかぶってうなる。
前の時、オスカーと気持ちを重ねるまで、彼の一挙手一投足に一喜一憂していた。けれど、こんなにも自分のダメさを突きつけられて落ちこむことはなかった。
(退化してる。絶対に退化してるわ。うまく立ち回るってそもそもどうやるの???)
人と関わらない期間が長すぎて、中々感覚を取り戻せない。
(ああもうっ! ルーカスっ!! ルーカスってあんなだったかしら? 結構あんなだった気もするけど、もうっっっ!!!!!)
バフバフと枕をベッドに叩きつける。
(そもそもなんで変装がバレたのかしら……。恥ずかしすぎる……)
枕に顔をうずめて頭を抱える。
(しかも、最後のってもう、オスカーが好きだって告白したも同然じゃない……)
顔が熱くてしかたない。ベッドでごろんごろん転げ回る。
時を戻って出会い直した彼は、カッコいいし、かわいい。それだけじゃない。前よりもっとカッコよくなっている気がする。見た目だけじゃなくて、行動も発言も。状況が変わったことで引き出されたのだろう部分も好きすぎる。
(好き。大好き。……だから、今度こそ、これでおしまい)
そう思うと胸の奥がズキズキする。
何度も偶然が重なっている方がおかしいのだ。どちらかが会おうとしない限りそう出会わないくらいには街は広いはずだ。
そして、自分から会うことはないし、会いそうな時間や場所はこれまで以上に避けるつもりでいる。
(あんな意味のわからないことを言ってまた拒絶したんだから、きっと呆れたわよね……)
どんなに彼の人がよくても、いいかげん見切りをつけられているはずだ。それでいい。そうでなくちゃいけない。
苦しい。
何度身を切られるような思いをしても、新しい傷は何度でも生々しい。
ぐっと歯を噛みしめて目を閉じる。
眠ってしまおうとしてそうしたのに、まぶたの裏に浮かんだのは鮮烈な赤だ。
叫びそうになって飲みこむ。動悸とともに呼吸が浅くなる。
彼と再会したばかりの頃よりはいくらかマシになったと思っていたけれど、発作に襲われるのには慣れない。
(大丈夫……、大丈夫。オスカーは生きてる……)
自分に言い聞かせる。
孤児院に行った日、ほんの一瞬だったけれど、確かにそのぬくもりを感じたのだ。
(オスカー……、生きて……)
どんなに自分が苦しくても、彼を傷つけたとしても、それだけでいい。
眠りについたのがいつなのかはわからないものの、翌朝には少し頭がスッキリしていた。
事情は言えなくても、本心を伝えてしまったからかもしれない。
それを彼らがどう受け取ったかは別として、一人で抱えていることはひとつ減った。その分、少しだけ軽くなった気がした。
ルーカスの話が頭をめぐる。いくつかの確信を持てたのは収穫だ。
中でも大きいのは、過去に戻ったことへの影響の部分。
(……ほぼ予想通り、たぶん、間違いない)
自分の言動が影響する範囲では、戻る前と同じことが起きるとは限らない。むしろ、大きく変わることも珍しくない。
けれど、そこから遠ければ遠いほど、以前と同じことが起きる。
オスカーに誘拐疑惑がかかったり、自分とオスカーが孤児院のボランティアに行ったりすることは、前はなかった。
多分、自分が魔力開花術式を受けて魔法協会に所属し、彼に関わり始めたことで、違うことが起きていたのだろう。
記憶が古すぎて詳しいところは思いだせないけれど、話をしていて帰りが遅くなったり、何か違う予定が入ったりしていたのだと思う。
一方で、デートのふりをした調査にオスカーは行っている。前回も、今回も。一緒に行く相手が変わっただけだ。調査を行うという、外的な要素が強い部分は変わっていない。
(前に起きた事件は、事件自体は起きる可能性が高いっていうことよね……)
過去に戻った直後は、赤の他人のことなんてどうでもいいと思っていた。正確には、自分一人が魔法協会から欠けても対処できるだろうという程度の認識だった。
(調査くらいは他の人でも問題ないと思うけど。むしろルーカスは私より適任だったかもしれないし。
でも、総出で対応したようなことはちょっと気になる……し、事前にわかっていたら、もしかしたら助けられる人も、いる……?)
難問だ。
もし自分が誰かを助けたとして、おそらくその分だけ、自分が知る世界とズレていくだろう。
それをよしとするのかどうか。
どちらの方がいい未来なのかなんて知りようがない。
例えば、助けた子どもが将来、国家を転覆させるような人になるとしたら? 極端な例だけれど、可能性としてはありえる。
(でも、目の前で誰かが危なかったら、助けないっていう選択肢はないわよね……。その人が誰かにとっての……、私にとってのオスカーや家族のような人かもしれないんだから。
事前に危険がわかっているのに助けないのは、目の前で見殺しにするのと同じじゃないかしら……?)
本来の目的ではないけれど、本来の目的が達成されるのなら、取り組んでもいい問題かもしれない。
自分の気持ちがどうこうで悩んでいたのが小さく思えてくる。
今後の仕事についても考える必要はあるけれど、人命が最優先だ。
「魔法協会に入って間もない頃……、事件としては何があったかしら……?」
目に見えないほど細くなっている記憶の糸を辿っていく。
「うーん……」
考えながら蝋板にメモをしてみたけれど、書けることが少なくて整理がしにくい。
羊皮紙や、植物から魔道具で作られる魔法紙もあるが、それなりの値段がする上に一度書いた文字は消せないから、記憶を整理するという用途には向かない。
「魔道具……、買いに行こうかしら……?」
魔法協会では筆記の魔道具を使っていた。書いたり消したりできるし、内容ごとにファイルを分けられる機能も便利だ。必要なものは保存しておけるし、ファイルごと消すこともできる。他の人が開けないように魔力認証をかけられるのもいい。
入職すると最初に配られるのだけど、今回は魔法協会に入っていないから持っていない。
ほしいと言えば買ってもらえるだろうし、使用人にお使いを頼むこともできるだろうけれど、魔法が使えることを隠した上で買ってもらうのには問題がある。
魔道具には、魔法使いにしか使えないものと、魔法使いではなくても使えるものがあるのだ。前者は魔力を流して起動するタイプで、後者は使い捨ての魔石をはめて起動するタイプになる。
魔石は高価なため、魔法使いは休息で回復する自分の魔力を使う方が燃費がいい。魔石が切れて、すぐに買いに行けなくてしばらく動かなくなるという状況も起きないから、魔法使い用がほしいところだ。
どちらも使えるようにしたハイブリッドタイプもあるけれど、どうしても値段が高くなる。魔法使いと魔法使い以外が一緒に働いているような職場では重宝されるけれど、今の自分がそっちを買ってもらう理由が思いつかない。
頼んで買ってもらったら魔石タイプになるのは間違いないから、自分で買ってきて、カギがかかる引きだしにしまうのが一番だろう。
(外出……)
さすがにそんなに何度も会わないはずだと思うけれど、確率がゼロではない。
会ってはいけないと頭では考えているのに、ほんの少しでも姿を見られないかと心のどこかでは期待している気がする。




