41 新年早々ちょっと濃すぎる
トラヴィスとブラッドを父に引き渡す。一応、魔法封じの拘束具はつけられたが、まったく抵抗の意思はなさそうだった。
二人のことで忙しくなり、今日の父の魔法の研修はなしになる。
「ウォード先輩、ルーカスさん。ありがとうございました」
「どういたしまして。呼んでくれてありがとね」
「自分は何も」
「そばにいてもらえると心強いので。私の功労者ですよ?」
「……軽く体を動かしておくか?」
「はい!」
想定外の対応が入ったけれど、オスカーとの訓練時間は確保できるのが嬉しい。久しぶりだ。
「休みの間、何か運動は?」
「すみません、何もしてませんでした……」
「わかった。今日は慣らし直すくらいがいいな」
そう言っていたのに、けっこうキツかったのは気のせいだろうか。なんとかこなせるギリギリだった。
確かに少し量を減らされてはいたから、そこを見極めて加減されていたのだろうけれど。
(スパルタ……)
彼自身はきっと、魔法の訓練も体の鍛錬も続けていたのだろう。尊敬しかない。
「今日のお昼、ルーカスさんも誘っていいですか? さみしかったみたいですし」
「もちろんだ。話すこともあるしな」
オスカーから声をかけると、ふたつ返事で「行く」とのことだった。ぶんぶん振られる犬のしっぽの幻覚が見えそうだ。
ユエルも入れるいつもの店で三人でランチをする。
「ブラッドの件は、ジュリアちゃんの希望通りになってよかったね」
「はい! ありがとうございます」
「努力で希望を勝ち取っていくのもきみの良さだけど、たまには『果報は寝て待て』でもいいのかもね」
「やれることをやっているだけで、努力しているつもりはないのですが。今回は、そうですね。何もしなくてもいい方にいったのにはびっくりです」
「引きよせの法則っていうのがあるらしくて。こうしたい、こうなりたいって強く思ってると、向こうからやってくるらしいよ。
実際は、無意識にそうなるように動いてる部分もあるのかもしれないけど。
ジュリアちゃんがブラッドに会った時に関心を向けてなかったら、きっとこの結果はなかっただろうしね。
そう考えると、やっぱりきみが勝ち取った結果なのかもしれないね」
「どうなんでしょう? わからないけど、トラヴィスさんとブラッドさんが家族に戻れてよかったです」
「家族……?」
オスカーが不思議そうにする。
「はい。家族、ですよね? 引き取ったって言っていたので。ただの魔法の師弟じゃなくて、トラヴィスさんは父親みたいな気持ちでブラッドさんといたのかなって」
「今までの経緯を総合すると、そんな気はするね。家出した息子を見つけだして真っ当な道に戻すために、裏魔法協会にいた感じかな。
トラヴィスさん本人もちょっと偏った思想がありそうだったけど」
「ボンクラは百害あって一理なしって言っていましたものね……」
「大勢の利益のためなら個人は尊重しなくてもいい、っていったところなのかな。
ホワイトヒルにワイバーンをけしかけたのも、それで死ぬ人が出てもただの本人の能力不足で、淘汰されただけとか思ってそう。
先代の魔法卿が戦いの中で、ブラッドがいた貧民窟を壊滅させたこともなんとも思っていなさそうだったし」
「ああ。前のブラッドとのやりとりでも、貧民窟は個人の問題だと言っていたからな」
「ブラッドさんは社会の問題だと言っていましたね」
「まあ、どっちもあるよね。どっちか片方が百パーセントなんてことはないんだから」
「そうですね……」
ルーカスが言っていることは、きっと正しい。
「フィン様は、心理的な快適さを街の中で保証できるなら、なんとかなるかもしれないと言っていました。
ブラッドさんは、人への安心感が最初に必要だと言っていました。そこまでに数年以上かかるかも、とも。
同じ結論なんじゃないかなって思います。
社会からでも彼らからでも、先に変わるのはどっちでもよくて。
社会が彼らを受け入れようとするのでも、彼らが社会を受け入れようとするのでも。どっちかが変われば、もう一方も少しずつ変わっていくんじゃないでしょうか」
「うん。そうだね。人は変わりたがらないから、どっちも難しいんだけど」
「そうなんですよね……。社会の中から彼らにとって安全で安心な人だけを集めるというブラッドさんの発想はおもしろいと思いました」
「そうだな。いつになるかわからないが、ブラッドがキレイになって出てきたら、みんなで考えられるといいな」
「はい。ありがとうございます」
みんなで。オスカーのその言葉がとても心強い。
「あと、増えた件だが。無事にセス・チャンドラー氏の解呪はできた。その報酬として、解呪師から人探しへの協力を依頼された」
「最初は話を聞いて意識しておくだけというつもりだったのですが。オスカーが裏魔法協会のジャアの可能性に気づいたんです」
「五年前に失踪したそうだ。そこの経緯については、夜、飲みながら共有する」
「オーケー」
この場でジャスティンの事件について話さないのは、自分に気を遣ってだと思う。彼の気遣いに甘えさせてもらう。
「問題はどうやって裏魔法協会のジャアの正体を確かめるかだが」
「昔の投影を、こっちで顔を見たメンバーに見てもらうのはダメだもんね。指名手配されると困るんでしょ?」
「ああ、その通りだ。話が早いな」
「これも『果報は寝て待て』ばいいんじゃないかな」
「え。向こうから来てくれるっていうことですか?」
「トラヴィスが、ラヴァがジュリアちゃんに執着するかもって言ってたでしょ? そのうち接触してくると思うよ」
「うう……、ありがたいような気が重いような」
「安全面は自分も最大限留意しておくが。一筋縄で行く気がしない」
「うん。いきなり攻撃を受けることはないだろうけど、一筋縄じゃいかないだろうね。いつでもぼくを呼んでくれていいから」
「ありがとうございます。心強いです」
師匠とのことも話して、方針を再確認した。とりあえずペルペトゥスのところに行ってみてからだ。
翌日のお昼休みも、オスカーとルーカスとランチに行くことになった。オスカーと二人でいるのも好きだけど、ルーカスが一緒なのも楽しい。
そんな感じで三人で魔法協会を出ると、ふいに周りを囲まれた。
「ジュリア! あけましておめでとう。この時間が休憩って聞いて待っていたのよ」
「リアちゃん、あけましておめでとう。中に入ると迷惑かなと思って、出待ちにしたんだ」
「ジュリアさん、今年もよろしくお願いします。いつでも二股かけてください」
バーバラ、フィン、バートの3人だ。
「えっと……、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「うち一名はよろしくしなくていいと思うが」
オスカーがムッとしている。
それには構わず、バーバラがニコニコと腕を絡めてくる。
「今日はね、領主邸の新年会の招待に来たのよ? 本当は昨日来たかったのだけど、フィンくんが抜けられなくて今日になったの」
「僕が招待すると言ったら、バーバラとバートも自分の友人枠でリアちゃんを招待したいって言うから」
「ジュリアさんが誰の招待を受けるのか、みんなで聞きに行こうということになったんです」
「……招待を受ける前提なんですね」
領主邸の新年会については知っているけれど、気に留めていなかった。確か、今週末。父も招待されていて顔を出す予定だったはずだ。
「受ける必要はないのでは?」
オスカーが眉をしかめると、バーバラが絡めた腕にぎゅっと抱きついてくる。
「ダメよ! ジュリアが来ないとさみしいもの。フィンくんはきっと色々な人に囲まれて忙しいでしょう?」
「僕の両親からも、もしよければぜひ久しぶりに来てもらいたいと」
領主夫妻にそう言われていると、少し断りづらい。フィンとお見合いをしたのに振った負い目はある。
「うーん……、オスカーとルーカスさんは興味ありますか?」
「自分は、もしジュリアが行くなら同行したい」
「ぼくも二人が行くなら、かな。きみたちと違って完全な庶民だから、雲の上の世界に興味がなくはないし」
「じゃあ、三人で、私たち三人を招待してもらうというのはどうですか? もし招待枠が三つあるなら、ですが」
「僕は構わないよ」
フィンがすぐに答えて、バーバラが続く。
「それでジュリアが来てくれるなら、いいのではなくて?」
「バーバラに同じですね」
「ありがとうございます」
「けど、ジュリアはわたしの招待状を使ってね?」
「いや、俺のを」
「二人の友人枠の招待者もぜんぶ僕名義だから、招待状の中身は同じだよね?」
フィンが苦笑しつつ、高級そうな紙封筒を両手で差しだしてくる。
「ジュリア・クルスさん。ご都合がつきましたら、どうぞ領主邸の新年会へお越しください」
「ありがとうございます」
「フィンくん、抜けがけずるいですわ。はい、ジュリア」
「ジュリアさん、どうぞこちらを」
「えっと、ありがとうございます」
フィン、バーバラ、バートからそれぞれ渡されて、手元に三通の封筒が残る。
「それじゃあ、僕はこれで。ちょっとムリに抜けてきてるから」
「わたしたちも急いで食べて仕事に戻らないと。また新年会でお会いしましょうね」
「それ以外でもいつでも連絡してください。駆けつけますので」
そう言って、フィンとバート兄妹がそれぞれ馬車で帰っていく。
「……嵐のようでしたね」
「ああ」
「今年もにぎやかになりそうだね」
「新年早々、ちょっと濃すぎます……」




