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40 [ルーカス] 芋づる式に厄介ごとが増える件


 受付をした同僚がトラヴィスとブラッドに打診すると、自分とオスカーの同席が許された。冠位のクルス氏を避けたのは予想通りだ。

 先にトラヴィスとブラッドが応接室に通され、クルス氏が間に上級の結界を張ってから、出口側のソファにオスカー、ジュリア、自分の順で座る。

 自首してきたというところが汲まれて、いきなり魔法封じの檻に入れることはしなかったが、万が一にもジュリアには指一本触れさせないということだろう。


 出頭してきた二人から指名を受けたジュリアが口を開く。

「えっと……、ご指名ありがとうございます?」

(違う!!!)

 それはどこのクラブだ。ついふきだしそうになったのをぐっとこらえる。

 向こう側ではブラッドも笑いそうになっている。

 トラヴィスが表情を変えずに話を受けた。


「突然、驚かせたようですまないのであるが。ブラッドを説得していたら、お嬢さんの話が出た故」

「私、ですか?」

「ああ。俺が貧民窟の話をした時、アンタは俺の話に肯定的な顔をしていた。だからアンタは話せるんじゃないかと思ったんだが。番犬付きか」

「二人は私が一番信頼している人たちです。私が一人で話を聞いても、二人には絶対に話すので。一緒に聞いてもらった方が早いと思います」

「……わかった。話と言っても、大したことじゃないんだ」

 ブラッドがフッと息をついてから言葉を続ける。


「アンタがほしい」


 瞬間的にオスカーが殺気立つ。

(ジュリアちゃんってこういうことを言われる星の元にでも生まれてるのかな)

 苦笑しつつ、助け船を出しておく。


「それって、ジュリアちゃんに協力してほしいってこと?」

「そうだ。そこのカタブツが、一緒にちゃんと罪を償うなら俺の理想に協力してくれると言った。

 が、このオイボレだけじゃ心元こころもとない。どのくらいで出られるのかはわからないが。戻ってきたら、アンタの協力もほしい」


 ブラッドの説明を聞いて、ジュリアが吟味するようにしながら答える。

「そうですね……、社会的に問題ない状態でならいいと思います。私にできる範囲にはなりますが」

「ジュリアちゃん、安うけあいしすぎ……」

 今朝もオスカーから用事が増えたと聞いたばかりだ。彼女自身のことを進める時間がなくなるのではないかと心配になる。


「あの後ルーカスさんにも話した通り、元々私も貧民窟をどうにかしたくて、フィン様に相談していたので。

 行政でどれだけのことをしているのかとか、どこが難しいかとか色々言われて、どうしようもないのかなって嫌々あきらめていたから」

「フィン・ホイットマンであるか」

 裏魔法協会のトール(トラヴィス)が少し驚いたように言った。

「はい」


「ボンクラと聞いておったが、そんな知識が?」

「えっと、はい。私が聞いたら、担当の方に色々と聞いておいてくれたみたいで。他にも、ちゃんと領主になるために最近がんばっているみたいです」

「ふむ。人は変わる、か。吾輩たちが依頼を受けた時には、消した方がこの領地のためかと思っておったが」

「え……。フィン様を狙っていたのはお金のためじゃないんですか?」


「依頼を受けることに賛成した理由はそれぞれであろうが。吾輩は金額以外でも仕事を選んでおる。

 ときに、いい領主と悪い領主の差はなんであると?」

「いいことをするか悪いことをするか、ですか?」

「否。領地を治める能力があるかどうかであると吾輩は思っておる。どんなに人がよくても能力が足りぬボンクラなら百害あって一利なし。ならばすげ替えた方がよかろう」


「命をとってでもですか?」

「ボンクラ領主の元で領地が荒れると、多くの領民の命が脅かされよう。フィン・ホイットマンの命はそれより重いと?」

「……その天秤は、わかりません。けど、手段には反対です。あなたたちの依頼人は、まずちゃんとフィン様と話すべきだったかと」

「ふむ。今となっては、そうであったのかもしれぬ」


「話を戻しますね。そんなわけで、私も、ブラッドさんとは話したかったんです。ソラルハムの拘置所に忍びこむのは、ルーカスさんに止められましたけど」

「ハハ。そんなことを考えていたのか。お嬢さんの発想は、やっぱり俺たち寄りだな」

「そうなんでしょうか? ブラッドさんはお金があれば貧民窟をなんとかできるというようなことを言っていましたが。お金で、どうするつもりだったんですか?」


「あいつらの存在をありのまま認められる安全な人間だけで、あいつらが安心してそれぞれの能力を金に変えられる場所を作るんだ。

 最初に必要なのは、人への安心感だと思う。そこに行きつくまでに下手すると数年以上かかるかもしれない。

 そのためには、関わる側の生活の保証が必要だろう? 場所も必要だ。とにかくたくさんの金がいる」

「人への安心感……」


「行政はダメだ。ハコしか作らない。むしろ強制したり見下したりして恐怖を与えている。そんなヤツらの金で生かされるなんざまっぴらだって、普通思うだろ?」

「色々用意しても街の外に逃げてしまうのだと言われました。その辺りの問題なのでしょうか」

「人にもよるだろうが、な。あとは、周囲の目がキツかったり、ムリな生活を強要されたり、とかな」


「ムリな生活、ですか?」

「毎日体をキレイにしろだとか、朝は起きろだとか、したこともないような仕事をしろだとか」

「それが、ムリなこと……」

「イヤなヤツだっているだろ。あいつらはそういうイヤを無視され続けて、もうイヤなんだろ」


「なるほど……。ありがとうございます。勉強になりました」

 ブラッド・ドイルがキツネにつままれたような顔になる。

(まあ、こんな反応をするのはジュリアちゃんくらいだよね)

 相手は法を犯している。なのに、そんなことを全く気にせずに素直に話を聞いて、当たり前のようにお礼を返せる人がどのくらいいるだろうか。


「やっぱりアンタはおもしろいな。アンタなら、あいつらともうまくやっていけるだろう」

「ブラッドさんは、なんでそんなに貧民窟に詳しいんですか?」

「いたことがあるからな」

「え」

「まだガキの頃だ」

 トラヴィスが話を引きとる。

「先代の魔法卿と、反旗をひるがえした魔法使いを追って貧民窟に行ったのであるが。戦闘のあおりで大部分が壊滅して、生き残ったブラッドを吾輩が拾ったのである」

「そうだったんですね」


「初めは日に三度くらい逃げだそうとしてたか?」

「それは一ヶ月くらい経った頃であるな。最初は数えきれなかったのである」

「まあ、そういうワケだ。釈放されたらよろしく頼む」

「はい」


「ちょっと待って。ジュリアちゃんを協力させるには条件がある」

 そう言ったらジュリアがきょとんとした。

「え、ちゃんと方法を選ぶ、以外にですか?」


「なんできみが驚くの……。当然でしょ?

 ぼくからの条件は、必ずぼくらも同伴させること。ジュリアちゃん一人の貸し出しは不可。それが最低条件だと思ってる。オスカーはそれでいい?」

「ああ。ジュリアが行く時には必ず自分も」

「ぼくもね」


「……それは別に構わないが。嬢ちゃんは護衛が必要なタマか?」

 おそらくブラッドは彼女に捕まったから、そういう印象なのだろう。

 ジュリアは目を離したら何をしでかすかわからない。そっちが大きいものの、自分の危険をちゃんと考えないところがあるから、護衛というのも正解だ。

 オスカーと声が重なる。

「必要だな」

「必要だね」

「すみません……」


 ジュリアが小さくなって、それから、思いだしたように補足する。

「あ、あと。ここで話したことと、私がブラッドさんを捕獲する時にノンマジックの魔法を使ったことは内密にお願いしたいのですが」

「ふむ? その歳で使えるのが異常だからであろうか」

「気づいていたんですね」

「異常な男についておった故。まあよい。吾輩がブラッドを制圧しようとしたところを、お嬢さんたちにかすめとられたことにすればよかろうか」

「それでお願いできると助かります」


「吾輩からももうひとつ伝えることがあったのであるが」

「なんですか?」

「吾輩が抜けたことで、ラヴァはお嬢さんに執着するやもしれぬ。気をつけるがよい」

(あー……、パーティメンバーが一人欠けるもんね)

 なんだかまた厄介ごとが降ってきた気がする。

 ジュリアとオスカーが顔を見合わせて、ため息をついた。


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