39 [ルーカス] 日常が戻った途端の非日常
年明け始業日。ウキウキと出勤した。
年末年始は実家に帰ったけれど、ただ気疲れして戻ってきた。今日は久しぶりのバカップルウォッチングだ。人生の潤いだ。
ジュリアに好きだと言われた衝撃はだいぶ抜けてきて、通常運転に戻りつつある。
(うん、あれはただの気の迷い)
ちょっと驚いただけだということにする。やっぱり二人揃っているのが好きなのだ。
(あれ?)
あいかわらず机でつっぷしているかと思ったら、オスカーがちゃんと座っている。目を閉じて真剣な顔で何か考えているようだ。
(考えてる……、っていうより、集中してる、かな?)
修行中という言葉が合いそうだ。
邪魔しちゃ悪いかと思っておとなしくデスクに向かう。
「……ルーカス。あけましておめでとう」
「うん、おめでとう」
オスカーの方から声をかけられて足を止めた。
「何してたの?」
「……精神統一、か?」
「いや聞き返されても」
詳しくは言えないけれどそんなようなもの、というふうに受けとっておく。そこには別に興味はない。
「年末年始はどうだった?」
「厄介ごとが増えたな」
「増えたんだ……。今度は何系?」
「解呪師の知り合いの探し人だ。とりあえず、それが裏魔法協会のジャアと同一人物なのかを確かめたい」
「うわぁ……、それはやっかいだね」
「ああ。ジュリアが激怒していた」
「え、ジュリアちゃんが? それどういう状況?」
滅多なことでは怒らない子だ。師匠からのセクハラ相談の時でさえ、困ってはいても怒りは感じなかった。
「探し人の過去の話を聞いたんだが。それが……、言うのもはばかられるような事件だったから」
「ああ、そういう」
彼女は他人の身に降りかかった災難を自分のこと以上に怒る人だ。それが良さでもあって危うさでもある。
(職場では聞かない方がよさそうだね)
「じゃあ、用事だけで終わったんだ?」
「いや、一日はデートができたんだが……」
オスカーが顔を半分隠して言いよどむ。聞いて楽しい方に違いない。わくわくしつつ問いを重ねる。
「今度は何があったのさ?」
「……恋愛系の劇っていうのは、みんな、ああなのか?」
「というと?」
オスカーの顔から大体の想像はつくけれど、おもしろそうだから聞いておく。
「煽動的というか……」
「えっちしたくなった?」
あまりに婉曲な表現をするからストレートに聞いたら、オスカーが真っ赤になって撃沈した。楽しい。
「で、どこまでしたの?」
「してない」
「いつも通りだね」
「……いつも通り、か」
「恋愛系の劇って、家族向けじゃなくてカップル向けのでしょ? ああいうのは気分を盛りあげて、その後、事に及びやすくするのも趣旨のひとつだからね。結構きわどい表現もあるって聞いてるけど。知らないで見に行ったの?」
「知らないで見に行った……」
「それは……、きみたちにはまだ早かったかもね」
「だいぶガマンしたんだが。別れ際に抑えられなくて口づけを……」
「まあ、そのくらいなら全然いいんじゃない?」
「クルス氏に目撃された……」
「あー……」
「……顔が笑ってるぞ」
「いやごめん、だって、ちょっとおもしろすぎて。シェリーさんなら見なかったことにして流してくれそうだけど、クルス氏だもんね」
「出禁にはされなかったが、結構気まずい……」
「キスくらいで目くじら立てなくてもって思うけどね。むしろそれ以上をいつもガマンしてるんだぞって感じだよね」
「……つい、それを言ってしまったんだが」
「え、ちょっ、マジで?」
ダメだ。笑いが止まらない。
「笑うな……」
「いやごめんって。けど、ムリだわ」
「おはようございます。なんの話ですか?」
笑い転げていたらもう一人の当事者がやってきた。頭の上にピカテットが乗っている。
ちらりと父親の方を確認すると、明らかに不機嫌だ。オスカーへの警戒オーラが出ている。
(相手がオスカーだからキスまででガマンできてるのにね)
ダメだ。クルス氏の顔を見ても笑ってしまいそうだ。
とりあえずジュリアの問いに答えておく。
「んー? 君たちといると楽しいなって話。ほんと癒される」
「お休みは楽しくなかったんですか?」
「ぜんっぜん。早く仕事に来たかったよ」
「じゃあ、今日からは楽しいですね」
(……うん、かわいい)
くったくなく笑う彼女はやっぱりかわいい。直視するのはやめた方が精神衛生上よさそうだ。
魔法協会の受付が開いた瞬間、支部全体が驚きにゆれた。
何食わぬ顔で入ってきたのは、裏魔法協会のトールことトラヴィス・ルドマンと、怪盗ブラックことブラッド・ドイル。
受付をしていた魔法使いが話を聞いて、慌ててクルス氏の元に飛んでくる。
「クルスさん! 二人が、魔法協会に出頭したいと!」
「本当か?!」
「ただし、クルスさんのお嬢さんと話をさせてほしいと言っています」
「は? ジュリアと……?」
研修が始まるまでの時間で朝の雑用を手伝っていたジュリアを呼びとめる。
「ジュリアちゃん、ご指名だって」
「はい?」
何が起きたのかわからない顔で足を止めたジュリアがクルス氏に呼ばれていく。
「ジュリア、こちらへ」
「はい」
「聞こえたかもしれないが。トラヴィス・ルドマンとブラッド・ドイルが出頭してきて、お前と話したいと言っているそうだ。どうする?」
「それはお父様が決められることかと」
「魔法協会の支部代表としては、確保が最優先だと思っている。が、お前の親としては許可できない」
「それはもう前者をとるしかないですよね。ここ、職場なんですから」
(うん、ジュリアちゃんの方が冷静だね)
娘がかわいすぎるクルス氏もおもしろい。ジュリアの正論に、困ったように眉を下げている。
「しかしだな……」
「条件をつけます。私以外に、ウォード先輩とルーカスさんを同席させること。ウォード先輩は護衛で、ルーカスさんはブレーンです」
「護衛なら私が入った方が確実じゃないか?」
「……なら、お父様かウォード先輩か、向こうに決めさせてください」
(へえ? ジュリアちゃん、ちょっと交渉うまくなった?)
相手に委ねれば、間違いなくオスカーが選ばれるだろう。普通、冠位よりはあしらいやすいと考えるはずだ。相手が決めたなら、確実に確保するためにもクルス氏は口を挟めない。
(ブレーン、ね)
彼女にそう認識されているのはうれしい。ついニヤけそうになるのはぐっと飲みこむ。




