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37 もし事件の二人の立場だったら


 ジャスティンの父、デートン公爵には空間転移についても内密にしてもらって、ホワイトヒルの出発地点として押さえた店の個室に戻った。

 ブロンソンはファビュラス王国に残るということだったから、オスカーと二人だ。公爵邸で思いの外もてなされて、もう夕方になっている。


「ひとつ解決して、またひとつですね……」

 ついため息をついてしまう。セス・チャンドラーの解呪は無事にできたが、ブロンソンの人探しが想定以上にやっかいだ。

 なんでも引き受けているつもりはないし、今回は仕方ないと思うし、引き受けてよかったとも思う。けれど、いつになったら前の時みたいな普通に戻れるのか。まったく見当がつかない。


「……この部屋は夜まで押さえているのだったか」

「そう言っていましたね。戻れる時間がわからなかったので」

「こちらから呼びに行かない限り、店員は来ないのだったな」

「そうですね。ここのお店の個室のいいところですよね」

 なんでそんなことを改めて確認するのだろうと思っていたら、オスカーが壁際のイスにどっかりと腰を下ろす。


「おいで、ジュリア」

 手を広げて招かれた。

(ひゃああああっ……! ちょっと待ってこれなんのご褒美??!)

 オスカーがしてくれるというのなら、甘える以外にない。

 おずおずと近づいて彼の脚の間に座り、こてんと頭を胸に預ける。ゆるりと腹部に腕が回された。すごくドキドキする。

 振り向いて見上げると視線が重なって、嬉しくてつい笑みがこぼれる。


「帰って一人になると、色々と思いだして考えそうだからな。自分も、ジュリアも。二人で話しておいた方がいいだろう?」

(ぁ……)

 オスカーの言うとおりだ。彼にはあまりそういう印象はないから、自分を気にかけてくれている方が強い気がする。

 彼の気遣いを嬉しく思いながら、小さくうなずく。


「平気なフリをしているだけで、ショックは抜けていないのだろう?」

「気づいていたんですね。フリができるくらいには立ち直っているのですが」

「かなり衝撃的な話だったからな」

「はい。……どうにかできるならしたいのですが」


「ジュリアが人の道を踏み外すことには賛成しかねるが」

「それは、はい。落ちついたから、そういう強硬手段にはもう出ないと思います」

 話を聞いた瞬間は、ドウェインの暗殺方法を具体的に考えていた。が、それが正当な手段ではないのはわかっているし、もし実行できたとしても平気でいられるとも思えない。


「けど……、今の国王を追放したり、お姫様……、今はお妃様? を助けだしたりとか、何かできないのかなとは思っています」

「それはジュリアが考えることではないと思うが……、考えてしまうのもジュリアの良いところだと思う」

「そうですか?」

 どちらもよくわからない。自分はただ、許せないとかかわいそうとか、そんな自分の感情をどうにかしようとしているだけな気がする。


「もし私がそのお姫様だったら……、あ、立場的に図々しいとかそういうのは置いておいて、もし、ですよ? それであなたがジャスティンさんの立場だったら。

 二人とも、毎日をどんなに苦しい思いで過ごしているんだろうって、思わずにいられません」

「それは……、……そうかもしれないが。自分がジャスティンの立場だったなら、何を差し置いても彼女を迎えに行くことを優先すると思う」


「あなたの指名手配を避けるためには逃げられないと言われても?」

「証拠の剣さえ処分できればどうとでもなるだろうし、ならなかったとしたら、手配の手が届かないところまで一緒に逃げてほしいと言うだろうな」


「もし、他の人にけがされたから、もうあなたのところに行けないと拒否されたとしても?」

「本意ではなかったのだろう? ならばなるべく早く上書きを重ねられたらと思う」

「上書き……」

 師匠に突然抱きしめられた時を思いだす。完全には消えなくても、確かに彼のおかげで薄れた。傷は消えなくても、大好きな人の腕の中でなら少しずつ塞がっていくのだと思う。


 オスカーが静かに続ける。

「どう彼女をこれから少しでも幸せにするのかではなく、怒りと復讐に飲まれたのなら、それはジャスティン自身の選択だ。少なくともジュリアが背負うことではない」

「……そう、なのかも……しれませんが」

「もし本人と話すことができたとして。復讐ではなく彼女の幸せを望むなら、そのための協力を望むなら、その時は力を貸してもいいと思っている。

 本当に裏魔法協会のジャアがジャスティンなら、余罪は償ってもらう必要があるだろうが」


「……そう、ですね」

 彼の言葉を落としこむ。『もし彼女の幸せを望むなら』--それがきっと、一番大事なことだ。

「あなたの言うとおりだと思います。私もそのスタンスでいますね」

「ん」

 回されていた腕に少し力が入って、そっと抱きしめられる。心臓が跳ねた。


「おすかぁ?」

 意図した以上に甘えたような声になって驚いた。

「……キスしたい」

「ぁ……」

 彼からそう言われるのは初めてだ。嬉しいし、すごくドキドキする。

 半分ほど体の向きを変えて、彼の方を振り返る。

 愛しい瞳と視線を重ねてから、ゆっくりと目を閉じた。


 彼の感触があった。


 離れてから、ゆっくり目を開ける。

 彼の顔が近い。

 今度は自分から唇を重ねる。

 少し離して笑ったら、ぎゅっと抱きしめられた。腕を回して抱きしめ返す。大好きだ。

 オスカーの吐息が熱い気がする。

「……ありがとうございます。もう大丈夫だと思います」

「ん……」





▼  [オスカー] ▼



(これは……、どうすればいいんだ?)

 今日の彼女の様子は放っておいてはいけないと思った。それでここで話すことにしたが、彼女が落ちついて心配がなくなると、もうただただかわいい。

 無防備に身を預けてくれるのもかわいいし、素直に話を受け入れてくれたのもかわいいし、腕の中にいるといい匂いがするし、つい本音をこぼしてしまったら嬉しそうに許されて、もうとにかくかわいい。


(今、離すべきなのだろうが)

 離したくない。

 自分もあの話の影響を受けている自覚はある。今この時はこうして彼女を感じていられても、この先ずっと変わらないとは限らない。世界の摂理の問題が本当に解決できるかは未知数だし、あのダークエルフに対しても十分な対策があるわけではない。

 彼女に手を出す以外で、落ちつける方法がほしい。そう思って、ふと思いついた。


「……ジュリア」

「はい」

「ジュリアに撫でられたい」

「え……」

 想定外の頼みだったのだろう。彼女が少し驚いてからパァっと嬉しそうに笑って、座っていたところから一旦降りる。


 前に立ったと思ったら頭を抱きよせられた。

「?!」

 顔が豊満な胸に埋もれる。柔らかい。いい香りが強くなった。

 彼女がよしよしと頭を撫でてくれる。

(そうだけど、そうじゃない……)

 この体勢は想定外だ。ものすごく嬉しいけれど、困る。


「一緒にいてくれて、いつも私のわがままにつきあってくれて、ありがとうございます。大好きです」

「……ん」

 理性とかもうどうでもいい気がしてくる。彼女に腕を回して抱きしめ、柔らかくて愛しい温もりを堪能する。

 抑えが効かなくなる前に離さないといけないのはわかっている。けれど、今はもう少し、この優しさに甘えていたい。





▼  [ジュリア] ▼



(オスカー、大好き)

 ものすごくかわいいお願いをされた。これはもう全力で甘やかすしかない。ぎゅっとして、たっぷりよしよしする。

「……そのくらいで」

「もういいんですか?」

 いくらでもそうしているつもりだったけれど、思っていたより短かった。ちょっと残念に思いながら彼を解放する。


「もしよければ、今から魔力量の増やし方のお話をしますか? 年末年始で会えない間に練習できるかなって」

「ああ。そうだな。頼む」

「呼吸とイメージで世界と繋がって、自然の中の魔力を受けとるのですが……」

 感覚的にできた部分も大きくて、人に教えたことはないから、伝え方が難しいなと思いながらひとつひとつ教えていく。

「……という感じです。初めは自然が多いところの方がやりやすいかもしれません」


「なんとなく、わかった気もするが……」

「すみません、人に教えたことはなくて。魔法と違って一緒に実践するのも難しいので。

 あ、私の魔力を少し渡すと、外から魔力を受けとってベースのキャパシティを広げるイメージが持ちやすいかもしれません。前は減っていたところに入れたので、フルな今の状態だと感覚が違うかと」

「渡すというのは……」

「手を繋ぎますね。メウス・トゥーム」


 今日、オスカーは魔法を使っていない。器にいっぱいな状態なはずだ。そこに追加の魔力を入れて器を広げるから、多すぎると危ない。慎重に少しだけ彼に渡す。

「……っ」

 彼がわずかに顔をしかめた。すぐに手を離す。

「大丈夫ですか?」

「……ああ。いや……、なんかこう、ぐわっとして……、なんというか、不思議な気持ちよさに驚いた」

「そうなんですね?」

 自分でやっていた時にはそんな感じはなかったからピンとこない。


「苦しくはないですか?」

「ああ、問題ない」

「少し広がっても一度や二度だと戻るので、繰り返して徐々に広げた大きさに慣らしていく感じです。

 それが固定されたら、また同じことを繰り返すイメージです。七十年以上ほとんど毎日やってたらこんな感じになりました」

「七十年以上ほとんど毎日……」


「集中するから、余計なことを考えなくなるのがよくて。どっちかっていうとそっちが目的でした。

 戻れてからすっかり忘れていたけど、今日みたいな日は再開してもいいかもしれません」

「これ以上増やす気なのか……?」

 オスカーに苦笑気味に言われると肩身が狭い。増やしすぎて困っている部分もあるのだ。


「自重します……」

「いや、悪いことではないのだろうが」

「まさかそれが原因で師匠に見つかるとは思いませんでした……」

「アレはアレで規格外だからな……」

「はい。とりあえず、あれからは何も起きてないので。約束を守ってくれてよかったです」

「……そうか」

 オスカーはどこか複雑そうだ。心配してくれているのだと思う。


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