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36 なんでのうのうと生きているんですか?


 地面がぐらぐら揺れている。

「ジュリア! 落ちつくんだ。おそらく、魔力が暴走してる」

 パリンパリンパリンッ。ガラスが割れる音がした。

 オスカーが上からそっと抱きしめてくれる。

(オスカーの匂い……)

 ぎゅっと抱きついて、彼で気持ちを埋めていく。ぐちゃぐちゃなものがなくなりはしないけれど、少しだけ意識は浮上した。


「……とりあえず、誰にも気づかれないようにこの国の国王を消してくればいいですか?」

「いや、嬢ちゃん、落ちついてくれ。そりゃあオレだって何度殴り飛ばしてやろうと思ったかは知れないが。それをしちゃいけないのが人の世だ」

「だって! そのくらい……、殺すくらい、むしろそれ以上に、ひどいことしてるのに。なんでのうのうと生きているんですか? なんでなんの制裁も受けてないんですか? この国の法律は何をしているんですか?」


「証拠がない。ジャスティンが相手を刺したことには、ジャスティンの剣という動かない証拠が残っていると聞いた。一方で向こうは証拠を残していないんだ」

「うむ。姫はジャスティンを追わないことを盾に口を封じられたまま。魔法使いの証言も、ギルバートから脅されてウソを言ったとひっくり返された。ジャスティン本人は行方不明。当時色々と手を回したが、クラフティ家に押し負けたんだ。わしの力不足よ」


「ひどい……」

 怒りが通り抜けると、今度は涙が止まらない。

 そんなことがあっていいのだろうか。思いあっていた二人を引き裂いて、心を粉々にして、権力を手に入れるなんて。

 そこから逃れられないキャンディスは今どんな気持ちなのか。姿を消したジャスティンはどんな思いでどう過ごしているのか。それを思うとやるせない。


 ブロンソンがため息をついた。

「見つかったところで、もう何がどうなるもんでもないんだが。……ジャスティンの母親は元々体が弱くてな。事件の後伏せって、亡くなっているんだ。で、今この家には爺さん独り。

 どこか別の国で一緒に余生を過ごさせてやれたらベストだし、それができなくても、生きていることは確認したい」

「……必ず、見つけます」

「わしはその気持ちだけで十分よ。息子のことで怒ってくれる魔法使いがいるとは思わなかった。少し見え方が変わったわい」


 オスカーがそっと背中を撫でてくれる。彼の真剣な声が続く。

「外見以外に特徴は?」

「特徴……、どうだろうな。剣はめっぽう強かったな。ガキの頃からよくオレと遊んでいたから、その辺の傭兵や冒険者じゃ相手にならなかった。だから魔法使いを雇ったんだろう。個人契約で大金をはたいたらしい」

「魔道具を作るのは好きだったな。魔法使いになれるほどの魔力はなかったが、魔道具作りの才能はあった。誰も思いつかないような機構を考えては形にして遊んでいて、国王になったらこの国の魔道具技術を上げて、もっと豊かにするとよく言っていた」


「……誰も思いつかないような魔道具を作る魔道具師で、剣の腕がいい、のか……?」

「オスカー……?」

 どこか驚いたようにつぶやく彼を見上げる。彼が冷静に必要なことを聞いてくれたおかげで、少し落ちついてきた気がする。


「ジャア……? いや、まさかな……」

(裏魔法協会!)

 続いた名前でパッとイメージが浮かぶ。全身鎧におおわれていたから、顔はわからない。

 見たこともない魔道具に魔法使いの先輩たちが翻弄されて、物理で戦ったオスカーが強いと言っていた相手だ。

 彼が思い至ったように、『剣がめっぽう強い魔道具師』という条件には当てはまりそうだ。


「まさか心当たりがあるのか?!」

 ブロンソンがぐわっと食いつく。

「……どうだろうか。まったくの別人だという可能性が高いかもしれないが」

「それでいい! 真偽は確かめれば済むことだ。教えてくれ!」


「裏魔法協会に、ジャアと呼ばれる者がいるのだが。魔法を吸いこむ魔道具の剣を使っていて、魔法なしでは……、自分よりも強かった」

「アンドレアの弟子より、か」

「ここ数年は魔法ばかりで、剣の鍛錬をしていなかったというのもあるだろうが」

「裏魔法協会……。魔法使いも恨んでいるだろうあいつが魔法使いと行動を共にしている可能性は盲点だった」

「魔法を吸いこむ剣、か。魔法使いを倒すために作りだしたのだろうと考えると、かなり可能性があろう」


「顔は見ていないのか?」

「ああ。全身鎧姿で、頭まで鎧に覆われていたからな。

 魔法協会で拘束していた時に顔を見た同僚がいるはずだから、投影の魔道具を借りれば確認はできるかもしれない。

 ただ、もし本人だった場合は魔法協会の指名手配で本名が流れてしまうだろう」

「それは困るな……」

「ふむ。ドウェインを刺したことで指名手配されていると思って、正体を隠している可能性はあろうな」


「……もしまた会えたら、鎧兜を外せるようにがんばります。状況によってどこまでできるかわかりませんが」

「助かる。オレも改めてその線を当たってみよう。もしドウェインに報復した以上の罪を犯していたら、償って戻ってもらいたいものだが」


「知る限りだと、フィン・ホイットマンの暗殺未遂事件での公務執行妨害か?」

「そうですね……。裏魔法協会がワイバーンをけしかけてきた時は捕まっていたので、直接の関与は問われないでしょうし。魔法協会と戦っていることが最大の問題かと。これまでにも色々やっている可能性はありますが」

「その辺りは、もし本人なら、余罪が少ないことを願うばかりだな」


 話しているうちに、だいぶ通常運転になってきた気がする。

「……すみません、窓を割ってしまって」

「いや、誰もケガはないし問題なかろう」

「ガラスは高級品ですし、あの大きさを作り直してもらうのには時間がかかって大変かと思うので。すぐに戻しますね」


「戻す……?」

 オスカーが不思議そうにする。

「はい。あ、全員、口外無用をお願いしてもいいですか?」

「それはオレが請け負う」

「ありがとうございます」

 ブロンソンがそう言うなら安心だ。


 壊れた窓の方を見て、物体の時間を戻す古代魔法をかける。

「マーテリア・イウェルスム」

 無機物にしか効果はないけれど、修復するのには便利な魔法だ。前のドレスの時と違って、元の物質がそのまま残っているぶん楽だし、壊れてすぐだから必要になる魔力も多くない。

 魔法をかけたのと同時に、砕け散っていた窓ガラスが浮かびあがった。するすると元の位置に収まって、一瞬見えたヒビもキレイに消える。


「……そういえば、破れた服が戻っていたことがあったな」

 オスカーが頭を抱える。

 ブロンソンが豪快に笑った。

「この反応を見る限り普通じゃない魔法なんだろうが。嬢ちゃんがすることには驚かんことにするわ」

「はい。ありがとうございます」


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