35 ブロンソンの探し人と五年前の事件
※間接的な性暴力表現があります。苦手な方はご注意ください。
馬車に乗って連れられて行ったのは、王宮近くの高級エリアにある一軒だった。
敷地からして、かなり広い。鉄の柵で囲まれた中に前庭があり、門から建物までの距離がクルス邸の何倍もある。
どう見ても王侯貴族の邸宅だ。
(ちょっと待って。いいのかしら……?)
今日の自分たちはそんなところを訪ねられる恰好をしていない。自分とオスカーは街歩き用の軽装だし、ブロンソンに至っては半袖短パンだ。
しかも、アポイントをとっている気がしない。ここに来ることになったのは今朝の話の流れだ。本来、位が上の人物に会うには必須なはずだ。
「えっと……、ブロンソンさん。アポイントは……」
「特に要らないと言われている」
「服とか……」
「気にするなと言われているな」
(それって普通、社交辞令じゃないの?)
ものすごく心配だけど、連れてきたブロンソンが気にしていないなら大丈夫なのだろうか。
ブロンソンが門番と言葉を交わすと、すんなりと門が開けられた。建物の前まで馬車で行き、降りてドアのノッカーで呼ぶ。
若いフットマンが顔を出し、ブロンソンの姿を見るなり奥に飛んでいった。
少しして、老齢の執事がやってくる。
「ギルバート・ブロンソン様。ご無沙汰しております。本日はどのようなご用件でしょうか」
「ジャスティン探しの協力者を連れてきた」
「かしこまりました。どうぞお入りください」
(え、いいの?)
顔パス感がすごい。
豪華な応接室に通される。自分の家やオスカーの家も中・上流に入るが、それよりもずっと装飾的だ。フィンの領主邸よりも手がこんでいる。
なのになんとなく、全体的に空気が重くて息がつまりそうなのは気のせいだろうか。
すすめられたソファに座ると、メイドがお茶を出してくれた。お礼を言って、軽く口に含む。その温かさで少し肩の力が抜けた。
しばらくして、フットマンの手を借りて、介助用の車椅子に座った初老の紳士がやってきた。
「ギルバートか。久しいな」
「ご無沙汰してすいません」
「いや、引退したわしと違って忙しかろう。今日はジャスティン探しの協力者を連れて来たと聞いたが、まだ続けてくれていたか」
「あきらめたらそこまででしょう。投影を見せたいんだが」
「構わんが……、魔法使いか」
こちらを射るような瞳だ。目の奥に暗い炎が揺れている気がする。
今日の自分たちはホットローブ装備だ。魔法使いだという看板を下げているのに等しい。
(魔法使いと何かあったのかしら……?)
自分とオスカーというより、魔法使い全体への怒りや恨みのようなものを感じる。
ブロンソンが諭すように言う。
「ここまできたら、魔法使いの手も借りた方がいいでしょう」
「わしは何も言っておらん」
ブロンソンが苦笑して肩をすくめた。
すぐに使用人が投影の魔道具を持ってきてテーブルに置いた。
写しだされたのは、見目麗しい青年だ。金色のウェーブがかかった長い髪がよく似合っている。貴族の中でも上流の服を身にまとっていて、ただの立ち姿なのに絵になる美しさだ。
「息子のジャスティン・デートンだ。遅くにできた子で、妻ともども可愛がっていた」
「これは五年前、十八の時の投影だから、もう少し顔つきが大人びているかもしれないが。そこは想像で補完してくれ。
オレは駆けだしの頃からこの家の依頼をよく受けててな。
ジャスティンが産まれた時には一緒に喜んだし、甥っ子みたいな感覚で相手してたんだ」
(なるほど……)
そんなに長い付きあいなら、ブロンソンの顔パスも道理だ。ほとんど家族や親戚に近い距離感なのだろう。
ジャスティンは遅くにできた子だと言っていたから、もしかしたら若いころのブロンソンは息子のように思われて、気にかけられていたのかもしれない。
「……あの、聞いていいかわからないのですが」
「なんだ?」
「ジャスティンさんは、どうしていなくなったんですか?」
ブロンソンとジャスティンの父が顔を見合わせる。
「……お前から話してくれ」
「おう。そういうことなら」
ブロンソンがつりあわない上品なサイズのカップから、一口お茶を含んでから話を続ける。
「まず、ここデートン家は王族の流れを組む上流貴族だ。爵位は公爵。王族の次に偉い。
で、五年前……、失踪するまで、ジャスティンはこの国のお姫様の婚約者、次期国王候補だった」
「それは……、凄いですね」
家の感じから上流貴族だろうとは思っていたけれど、想像していた以上の大物だった。
「この国にはいくつか公爵家があるんだが。そのうちのひとつ、クラフティ家の子息ドウェインがジャスティンのひとつ上でな。ライバルというか、目の敵というか……そんなふうに見られていて、事あるごとにつっかかっていたのは知っていたんだが」
「なるほど……」
「立場的にはドウェインも国王候補ではあったが、選択権を持っているキャンディス姫に選ばれたのはジャスティンだったんだ。
この二人は子どもの頃から仲が良くてな。いいパートナーとして平和にこの国を治めていってくれるものと、微笑ましく見守っていた」
(過去形……)
話を聞いているだけでも胸のあたりがザワザワしてくる。
「結婚準備に入って、『キャンディス王女結婚の儀』の公示が出たころに事件が起きてな。
ジャスティンとキャンディス姫が攫われて……、これは後から知ったことなんだが、ジャスティンの命を盾に婚約破棄とその場での関係を求められ、キャンディス姫は拒否できなかったらしい」
言葉が出ない。ザワザワがグツグツグラグラと煮える何かに変わっていく感じがする。
「で、今度は関係をもったことを盾に脅しをかけ、二人を解放した。その直後、キャンディス姫が自殺を計って……、相手側が気を取られた隙にジャスティンは主犯のドウェインを刺して姿を消した。
……というのが、オレが、加担した魔法使いを見つけて締めあげて吐かせた内容だ」
今にも爆発しそうな何かがお腹の底でぐるぐるしていて気持ち悪い。
「キャンディス姫は……」
「助かるには助かったが。ジャスティンを殺人未遂で指名手配しない代わりに、ドウェインを伴侶として、生きてそばにいるように強要されたらしい。
ドウェインの血がついたジャスティンの剣が証拠として残っているからな……。
結婚の儀を行う公示に相手の名は載らないんだ。それを利用して儀式ごと乗っ取られた形だ。
不幸ってのは重なるもんでなァ。ジャスティンの失踪直後に国王陛下と王妃様も事故で亡くなっているんだ。
ドウェインは早々に国王の座に納まって、翌年には王子も生まれている」
「地震か……?」
地面がグラグラ揺れている。それ以上に、心の中がぐちゃぐちゃだ。




