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34 ブロンソンの故郷、友人の母の店


 ブロンソンに指定されたファビュラス王国の首都は雪景色だった。

 ひと気のなさそうなところに転移した瞬間、脚がずぼっと深い雪に埋もれて、慌ててフローティン・エアで全員を浮かせた。

 除雪されているところ以外は沈んでしまって歩けないくらい積もっている。


(前の時に立ち寄ったのは初夏だったかしら。普通にタイルの地面を歩いていたから、一年中積もってるわけじゃないはずだけど)

 冬は雪が多い場所なのだろう。自国を含めたこれまでのエリアより一段気温が低い。


「ブロンソンさん、その格好だと寒くないですか?」

 自分とオスカーはホットローブだから問題ない。冷えたら少し多めに魔力を流せばすぐに快適になる。

 が、ブロンソンはといえば、真冬の雪の中で半袖に半ズボンなのだ。

「いや? ガキの頃からこの環境、この格好に慣れているから、今更だな」

 子どものうちはそうでも、どこかで長袖長ズボンになるイメージだが、それは言わないでおく。本人がいいと言っているならいいのだろう。


「この環境に慣れてるんですね」

「ああ、ここはオレの故郷だからな。駆けだしの頃はここの冒険者協会に一番世話になったし、依頼がきっかけで貴族や王族とも関わった。

 まあ、積もる話は少しずつな。とりあえず昼メシでもどうだ?」

「そうですね」

 提案にありがたくうなずく。ちょうどお腹がすいてくる時間帯だ。


「食いたいもの、あるいは苦手なものはあるか?」

「私は特には」

「自分も、どちらも浮かばないな」

「なら、この辺りの郷土料理でも食いに行くか」

「あ、いいですね」

「楽しみだ」


 ブロンソンに案内されて、奥まったエリアにある店舗に足を運んだ。暖かい雰囲気があるレンガ造りの店だ。

「よう」

「いらっしゃ……、ギルバートじゃないかい! 久しぶりだねえ」

 大柄で元気がいい老婆が相好を崩す。両親やブロンソンよりひとつ上の世代だと思う。

「親元には顔を出したのかい?」

「いや、今は用事で寄ってるだけだからな。近いうちには行く。おばちゃんは変わらず元気そうで何よりだ」


「親なんてのはいくつになっても、チラッと顔を見れるだけでも嬉しいんだがねえ。うちの息子も全然よりつかなくてねえ……、あ、お客さんかい?」

「おう。この辺りのうまいもんを食わせてやりたい」

「任せなさいな」

 老婆が自分の腕を叩いて請け負ってくれる。


 通された席につく。

「お知りあいですか?」

「ああ。ガキの頃からの友人の実家だ」

「家には顔を出さなくていいのか?」

「出したが最後、引き止められて身動きがとれなくなるからな」

 なんとなくわかる。自分も久しぶりに帰ったらきっと、すぐに出るとは言いにくくなるだろう。


「年始には戻ってくるつもりでいたが。今日の用件が終わったら、そのままこっちに残してもらっても構わないか?」

「それは、もちろんです。私たちのお願いしたいことは済んでいますし」

「ありがたい」


 話していると皿が運ばれてくる。

 大皿に円柱型で層になって乗っている食べ物の、一番上はキレイなピンク色だ。

「え、最初からケーキですか?」

「そう見えるが、前菜だ。魚の酢漬けやこの地方の野菜などが入っている」

「すごい、キレイですね。見たことないです」

「そっちの、ディーヴァ王国じゃ見ないだろうな」

「酸味があるんですね。初めてで不思議な味なのに、おいしいです」


 ごろっとした具がたくさん入った酸味のあるスープや、チキンカツかと思ったらハーブとバターが中から出てきたりと、知らない食べ物ばかりでとても楽しい。パンまで固さや味わいが違う気がする。

 前の時に来たことがあると言っても、食べ物を楽しむ余裕はなくて、知らない食べものに挑戦しようという気にもならなかったのだ。オスカーを失ってからの時間は、生きていても生きていなかったのだと思う。


「お嬢さんたちはギルバートの新しい冒険者仲間かい? 恰好を見る限り魔法使いみたいだが」

 ひととおり食べ終えたところで尋ねられた。

「あ、いえ。そういうわけでは」

「元パーティ仲間の弟子とその彼女だな。ちいっと縁があって、持ちつ持たれつってとこだ」

「そうかい。二人とも、歳の離れた姉さんとか、あるいはこのくらいの歳の知りあいで、未婚の女性と親しかったりしないかい?」


「待て。なんの話だ?」

「あんたもうちのもいつまでも独り身でフラフラしてるって話だよ」

「この歳になるとなぁ。もう好いた惚れたとか面倒でな」

「すみません、私も彼も一人っ子なんです」

「知人も、親しい中だと思いあたらないな。既婚になってしまう」


「あ、魔法協会のお姉様方の中には未婚の方もいましたよね? ブロンソンさんよりはいくらか年下だと思いますが」

「嬢ちゃんは違うが、魔法使いの女性は気が強いのが多い気がしてなぁ。いや、魔法使い同士ならそうでもないのかもしれないが、魔法使い以外を一段低く見てることが多いというか。結婚するなら冠位がいいとかも聞くしなぁ」

「そのあたりは人によるとしか」

 ホワイトヒルの仲間からそれを感じたことはないけれど、そんな人もいなくはないのだろう。大事なのはブロンソンが女性魔法使いを恋愛対象にしていないところだと思う。本人が乗り気でないのに紹介する意味はない。


「話が逸れたな。忘れてくれ。もう用事の方に行ってもいいか?」

「あ、はい。もちろんです」

「おばちゃん、ごちそーさん」

 ブロンソンがチャリっと金貨を置く。

(え、ここってそんなに高いの?!)

「いつも言ってるけど、金貨でおつりはすぐには出ないよ?」

「いつも言ってるが、とっといてくれ。おばちゃんたちももう楽していい歳だろ?」


「ほんといつも、年寄り扱いしないでおくれよ」

「つりは好きなことに使ってくれ。また来る」

「まったく、あんたといいあの子といい。どうもあたしの周りは自由に過ぎるね。たまに顔を出して気にかけてくれるだけ、あんたの方がずっとマシだけどさ」

「そう言ってやるな。あいつも色々あるんだろ」

 ひらひらと手を振って、ブロンソンが店を出る。


「おいしかったです。ごちそうさまでした」

 声をかけてからその背を追った。オスカーが会釈をしてからついてくる。

「いいお店ですね」

「だろ?」

「お友だちも、少し帰ってあげたらいいのに」

「あー……、もう三十年以上前になるんだがなぁ。一緒に駆けだしの冒険者をしていた頃に亡くなってる」

「え……」


「遺体は回収できなくてな、遺品は持ち帰ったんだが。あの快活な人が随分気落ちして見る影もなくなって……、つい、はぐれただけだからそのうちひょっこり帰るかも、なんてウソをついちまった。

 それ以来、あの人の中では生きてることになってるみたいでな。どうも少し記憶が書き変わってる節もある。

 だからオレがよくここに来るのは、贖罪しょくざいみたいなもんだな。今日連れてきたのは単純に、うまいものを食べさせるためだったが。

 ……って、なんで嬢ちゃんが泣いてるんだ?」


 言われて気づいた。涙が止まらない。

 クレアと重ねたわけではないはずなのに、重なっているのかもしれない。

「ジュリア」

 オスカーがそっと抱きよせてくれる。

「……大丈夫、です」

 どうしようもないほど泣きたいわけじゃない。ただ少し、止まらないだけだ。ハンカチで目頭を押さえてぐっと涙を抑えこむ。


「……ブロンソンさんは、長生きしないと、ですね」

「おう……。そうだな」


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