33 禁呪の呪いを物理で叩きつぶす
セス・チャンドラーに会ったブロンソンが、解呪の条件を三つと言った。
自分たちに言われたのは二つだった。ブロンソンが解呪師だということをセスも含めて口外しないことと、ブロンソンの人探しに協力すること。
後者は自分たちが受ける話だから、セスには関係ない。実質的には、元々ひとつだったはずだ。
セスが緊張気味に尋ね返す。
「なんだ?」
「まず、オレのことも解呪のことも口外しないこと。家族にもだ」
「問題はない。心配させないために呪いを受けていること自体、話していないからな」
「そいつは上々だ。もしこの条件を破ったら、家族の安全は保証できない。そういうつもりでいてほしい」
「……わかった。絶対に守る」
「二つ目は、二度と呪いの魔法を使わないこと。どんな状況があったとしても、だ。オレは二度目の解呪はしない。自分で責任をとれ」
「元々そのつもりだった。それでいい」
「何よりだ」
ブロンソンの言葉にホッとする。こんな条件なら、むしろ自分も積極的につけたい。呪いの魔法は誰よりもセスとその家族を苦しめるのだから。
「で、三つ目。これはオレからの条件というか、解呪をするにあたってあった方がいい条件だ。
広い場所がほしい。呪いがかなり重いから、ここでやると、この部屋……、へたすると家全部が壊れかねない」
「それは問題だな……」
これも納得だ。ブロンソンへの信頼感が増していく。
「壊れるものがあまりない場所がいいんですか?」
「そうだ。人が来ない平野や岩場などが理想だな」
「なら、いいところがあります。場所は言えませんが。全員私に触れてください」
そう言ったらすかさずオスカーが間に入った。
「いや、自分を間に挟む形で」
「では、それでお願いします」
オスカーと手を繋いで、ブロンソンとセスにはオスカーに触れてもらう。
「テレポーテーション・ビヨンド・ディスクリプション」
転移先に選んだのはドワーフの隠れ里の近くだ。
見事に岩しかない岩山である。
「おう。これは理想的な環境だな」
「それはよかったです」
「お前たちはみんな魔法使いだよな? オレが呪いを引きずりだすから、退治は手伝ってくれ」
「はい?」
返事を待たずに、ブロンソンがセスの胸元に右手を突っこんだ。
「……は?」
セスが驚きの声をあげる。普通に見たら、殺しに来ている絵面だ。
「ひっぺがすから、ちょっと痛いぞ」
そう言われた直後、セスが悲鳴をあげて膝から崩れる。ブロンソンは小さく舌打ちして、その体を左手で軽く支え、右手で何かをつかむ。
「え、ちょっ、ブロンソンさん?!」
心配になって呼びかけたが、無反応だ。手元に集中しているように見える。
ズルリ。
セスの胸元から、黒い点の集合体のような、壊死した肉片の集まりのような、どちらともとれる異様な物体が引きずりだされてくる。
ズル……、ズボッ。
抵抗するかように暴れるそれを一気に引きぬき、ブロンソンは少し遠くに投げ飛ばした。
その塊は人の倍くらいある不定形の壁のようになり、うぞうぞと蠢いてセスの方へと戻ろうとする。
「セイヤッ!」
ブロンソンが走って向かって、グーパンでど真ん中をぶち抜く。明らかにパンチのサイズより広い範囲が消えてなくなるが、周りからそこを埋めるように集まり、わずかに小さくなったように見えるだけだ。
その物体の動きがセスではなくブロンソンに向く。ブロンソンが飲まれないように素早く下がった。
「お前たちも手伝え! 物理が有効だ!」
声を聞いてハッとした。退治を手伝うように言われた理由をやっと飲みこめた。
「アイアン・ハンマー」
オスカーが広さがある物理武器を生成して上から叩きつぶす。周囲に細かく散ったものはあるが、だいぶ減らした印象だ。
「いいな」
ブロンソンが満足げに親指を立てる。
「二人とも下がってください。……ギガント・プレス」
オスカーとブロンソンに声をかけると、二人とも素早く下がってくれた。さすが、戦い慣れた動きだ。
二人の位置を確認してから、巨大な円形の圧迫魔法を落とした。
「キレイに消えましたね!」
ドヤァと二人を見ると、ブロンソンが目を点にしている。
「おかげで楽だったが。嬢ちゃん、そりゃちょっとオーバースペックだ……」
「見事に一帯が平らだな……」
「うう……」
一気に終わらせた方が楽だと思ったのだけど、呆れられるといたたまれない。
「あ、チャンドラーさんは? 無事なのでしょうか」
「痛みで気を失っただけだろ」
駆けよって様子を見ると、ブロンソンの言う通りのようだ。傷ひとつないし、呼吸は正常だ。ホッと息をつく。
「解呪ってこんな感じなんですね。もっと魔法的なのかと思っていました」
「他のヤツがどうかは知らんが。オレができるのはこんな感じだ」
オスカーが眉をしかめる。
「……もしジュリアの解呪が可能だった場合もこうなったのか?」
「いや?」
ブロンソンがニヤリと笑う。
「もし世界の摂理がらみの呪いが見えて解呪できるとしたら、もっとずっとヤバいのが出たと思うぞ。呪いの大きさがそのまま出るからな」
「ジュリアにも痛みが伴うのだろう?」
「それは仕方ないだろうな。呪いが強いほど、はがすのも大変なんだ」
「……できなくてよかった気がしてきた」
「私が痛いくらいであなたを守れるなら喜んで受け入れますよ?」
「自分が見ていられないと思う」
「えっと、ありがとうございます……」
嬉しいような恥ずかしいような嬉しいような感じで、やっぱり恥ずかしい。大事にしてくれる彼が大好きだ。だからこそ、もし本当にそれができるのなら迷わないだろう。
「とりあえずチャンドラーさんを起こしてみましょうか。気を失ったまま書斎に放置したら、ご家族に私が何かしたと思われそうなので」
「ああ、それは困るな」
呼びかけてみるけれど、なかなか起きない。
「一発殴ってみるか?」
「ブロンソンさんに殴られたら二度と目覚めない気がするのですが」
「それはちゃんと手加減するさ」
「魔法で水でもかけてみるか? その後、魔法で乾かせば問題ないだろう」
「あ、そうですね。殴るよりはその方がいいかと」
「ウォーター」
オスカーがセスの顔面にザバッと水を落とす。
「っ……」
「気づいたか」
「乾かしますね。ドライ・アップ」
さっと乾かしたら元通りだ。髪型だけは戻せなくて、くりんくりんになってしまったけれど大目に見てほしい。この方が自分の中のセスのイメージに近い。
「……終わったのか?」
「おう。もうなんともないだろ?」
「……ありがたい。支払いはどうすればいい?」
「それはもうこの二人と交渉済だ。まあ、こいつらになんかあったら手伝ってやってくれ」
「わかった。必ず」
「あ、ひとつ、聞きたいことがあるのですが、いいですか?」
「なんだ?」
「チャンドラーさん、魔法に詳しいと言っていたので。魔力を隠す方法って聞いたことありますか?」
「魔力を隠す? なんのために?」
「えっと……、私の魔力が多めなようで。わかる人にはわかることで、そこそこ困っていて」
「ああ、なるほどな。残念だが、今まで読んだ中にも聞いた中にもないな。そもそもそんなものを必要とする状況が限定的すぎるだろ」
「やっぱりそうですよね……」
ちょっと期待したけれど、ブロンソンと同意見なようだ。
「留意しておく。もし何かわかったら通信の魔道具を飛ばせばいいか?」
「はい。ありがとうございます」
セスの書斎に戻って、一人だけ家族に挨拶をして外に出てから、オスカーとブロンソンを迎えに戻って、次の目的地に向かう。
「テレポーテーション・ビヨンド・ディスクリプション」




