32 解呪の対価を決めて、呪われている魔法使いの元へ
ブロンソンから解呪の対価として「つきあってほしい」と言われた。
「何に、だ?」
間髪入れずにオスカーが尋ねる。詳細の確認は大事だ。
「嬢ちゃんにオレの気が済むまで相手をしてもらいたい」
「……なんのだ?」
オスカーが警戒しているけれど、間違いなく戦闘面だと思う。
(できれば戦うのは避けたいんだけど……)
前にオスカーの師匠から自分の解呪を依頼してもらった時、一日戦闘につきあわせたと言っていた。ブロンソンにとっては一番価値があることなのだろう。
(ドワーフ装備で交渉できないかしら?)
元々それを依頼報酬にするつもりだった。その話を切りだす前に、ブロンソンが続ける。
「と言いたいところだが、それより優先したいことがある」
「優先したいこと?」
「人探しに難儀していてな。もう何年も行く先々で聞きこみをしているんだが、手がかりひとつ掴めていない。
そういうまどろっこしいクエストは受けないんだが、世話になった相手の息子でな。オレも思い入れがあるから、できるならどうにかしてやりたいんだが。
周りにも協力してもらっているし、冒険者協会にも依頼は行っている。相手が魔法使いではないから、魔法協会には依頼されていなかったはずだが。
オレやオレの周りとは違う視点が入った方がいいんだろうと思う。とりあえず探し人の実家にある投影の魔道具で姿を見てもらいたい」
「えっと……、投影を見せてもらって、意識しておく感じでいいのでしょうか。それだけ探して見つかっていないなら、簡単にはいかないと思うので」
ブロンソンの希望が自分たちに叶えられる範囲なら、ドワーフ装備を提案するより希望を飲む方がいいだろう。
「おう。それでいい。目が増えるとありがたい」
「オスカーもそれでいいですか?」
「ああ。問題ない。解呪という特殊技能を考えればむしろ安いだろう」
「助かる。嬢ちゃんがオフェンス王国に絡んでるってことは、空間転移の魔法が使えるんだろ? ホウキで飛ぶには遠いからな。ファビュラス王国の首都には行けるか?」
「えっと……」
空間転移ができることは元から話すつもりだったから、それを知られるのは問題ない。
が、空間転移は行ったことがある場所にしか行けない。今の自分がいつどのタイミングでファビュラス王国に行ったことがあるのかと聞かれたら困るが、空間転移なしで行くには骨が折れる場所だ。余計な時間を使わないために頷いておく。
「……はい。多分」
「それなら、今日の解呪後に時間があれば早速行けるとありがたい」
「私はかまいません。オスカーもいいですか?」
「ああ。別日に予定するより助かる」
「話が早いな。なら早速……、嬢ちゃんは空間転移も人には知られたくないのか?」
「はい、もちろん。元々知られると困る理由に加えて……、へたしたら魔法卿の付き人にされかねなくて。それは全力で遠慮したいので」
トールが担っていた立ち位置は、ブラッドの失踪で空席になっている。しかも、今の魔法卿は離婚の危機になるほど忙しいらしい。空間転移ができる付き人は喉から手が出るほどほしいだろう。が、自分の生活を犠牲にしてまで力になりたいと思うほどお人好しではない。
「なら、今日一日、この部屋を押さえてこよう。対価さえ支払えばそういう融通はきかせてくれる店だ。ここに戻れば安全だろう」
「あ、なら、私が払いますよ。元々は私たちのお願いごとなので」
「大の大人がそんなカッコ悪いことをさせられるか」
そう言って、ブロンソンが一度部屋から出る。
「ブロンソンさんってカッコイイですね」
その背を見送ってそう言ったら、オスカーが目をまたたいて、それから少ししゅんとした。
「ジュリアはああいうのがいいのか? もっと筋肉をつけた方がいいのだろうか」
「はい?」
オスカーは何を言っているのか。
「性格的な話ですし、一番カッコイイのはあなたですよ?」
「……そうか」
とたんに、嬉しそうな照れくさそうな顔になる。カッコイイし、かわいいし、大好きだ。
「待たせたな。出発……は、待った方がいいか? 小一時間ほど抜けてきてもいいが?」
「なんの気を回しているんですか……」
「いや、気がかりがなくなってからの方がいい」
「オスカー?!」
彼が言うとどこまでが冗談なのかがわからない。
オスカーと手をつないで、オスカーにブロンソンの服をつかんでもらう。
「行きます」
「ああ」
「おう」
「テレポーテーション・ビヨンド・ディスクリプション」
ドワーフの長に対して禁呪を使うことを強制され、解除した呪いが返った魔法使い、セス・チャンドラーの書斎に空間転移する。前に通してもらった時と様子は変わらない。
セスは書斎にいなかった。少しだけカーテンをめくってわずかに窓を開け、ドア周りの様子を伺う。
「家の周りに人はいなさそうですね。私だけドアの前に転移して、ご本人を訪ねてここに連れて来ます。二人はご家族に見つからないように隠れていてください」
「わかった」
「おう」
大柄な二人がどこに隠れられるかはわからないが、隠れようとしないよりはいいだろう。
念のため近所に顔を見られないようにフードを被って、ドアの前に転移した。
ノッカーを鳴らすと、キレイな目をした爽やかな空気の青年が出てきた。
(誰? 家を間違え……るはずは、ないわよね)
空間転移は行ったことがある場所にしか行けない。必然、ここが別の人の家だということはありえない。本人たちが引っ越してさえいなければ。
(え、引っ越した……? ら、もう探せないわよね……?)
解呪師を連れてくる約束をしていたから、そう簡単には引っ越さないと思うが、何かあってそうせざるを得なかった可能性はゼロではない。
おそるおそる聞いてみる。
「えっと……、セス・チャンドラーさんのお宅でしょうか」
「本人だが?」
「はい?」
声は確かにそうだし、短くなった髪も色は同じだけれど、印象が違いすぎる。
(え、髪を切ってセットしただけでこんなに変わるの?)
びっくりだ。
「……君は、……クルスさんか」
「はい。お待たせしました、チャンドラーさん。ジュリア・クルスです。調子はいかがですか?」
小声で話していたのを、さらにひそめる。
「解呪師を連れてきました。人に見られたくないので、書斎で待機してもらっています」
「わかった。上がってくれ」
セスに中へと通される。
「早かったな。おかげで、まだそれほど負担にはなっていない。日に一度のヒールでなんとかごまかせている」
「何よりです」
セスがリビングの妻子に声をかけてから、連れ立って書斎に向かう。
扉を開けると、机の椅子が外に出されていて、そのスペースにオスカーが収まっていた。ちょっとかわいい。
ブロンソンは開けた扉の裏にいるのが、はみだして見える。
やはりこの二人が隠れるのはムリがあった。
「失礼します」
あえて自分の声を聞かせるために声を出す。もし家族に聞こえても大丈夫な言葉を選んだ。
二人がもそもそと出てくる。扉を閉めてから、小さめの声で紹介した。
「セス・チャンドラーさんです」
「おう。訳あってこっちの自己紹介は割愛させてくれ」
「それで構わない。……が、解呪師、なのか……?」
セスがブロンソンの外見にものすごく不安そうだ。
(どう見ても肉体派だものね)
「普段はそう名乗ってはいないが、一応な。どれ、見てみよう」
ブロンソンがセスの方へと目を凝らす。
「……ネクロタイズ系か?」
「よくわかったな。今は見えるところには症状がないのに」
「見ているのは外側じゃないからな。呪い系統の魔法は禁呪だろう? どこで知った」
「俺が使って、返ってきたところまで聞いているのか?」
「ああ。依頼を受けるかを判断するために事情は聞いた」
「そうか」
セスが本棚にロール状に納められていた古い羊皮紙を出して見せてくれる。
現代魔法言語の始まりのころのものだろうか。書かれている言い回しがかなり古い。
「俺は元々、研究寄りの魔法使いなんだ。実際に使えるかは別として、知識はそれなりに持っている。
もちろん、禁呪を使ったのは今回が初めてだ。家族の命がかかっていたから必死だった」
「なるほどな。使えたのは才能なんだろうが、あってよかったのかは微妙だな」
ブロンソンがひとつ息をついた。
「オレが解呪するのには三つ条件がある」
(あれ、増えてる?)




