16 [ルーカス] ジュリアに対する考察
ジュリア視点のままいきたい方は飛ばしてOK。
ジュリアの背が見えなくなったとたん、オスカーが机につっぷした。
「ルーカス……。なんてことを言ってくれたんだ……」
「あはは」
彼女がいるうちはせいいっぱいカッコつけていた後輩がおもしろい。
グラスを落とした時のことだろう。
具体的には、ジュリアに「オスカーとつきあっちゃえば?」と言ったことを指しているのだと思う。
「けど、率直に聞いちゃうのが一番早かったでしょ?」
炭酸水を飲んでいると、オスカーがため息とともに起きあがってくる。
「自分はそんなことは……」
「望んでない? 彼女がそれを望んでも?」
「……クルス嬢が望んでくれるのなら喜んでと思うが」
「うん。だろうね。オスカーは自分の希望より彼女の意思を尊重するもんね」
「大事にしたい相手を大事にするのは当然だろう?」
「世の中にはそれができない人の方が多いと思うけどね。オスカーを選んだ彼女は慧眼だと思うよ」
オスカーが片手で口元をおおう。耳まで真っ赤だ。
「……そう見えたか?」
「二人してあれだけ甘ったるい空気を出してて、両思いじゃなかったらなんなのって感じだよね」
「そうか……」
「彼女に会うまではオスカーとクルス氏のフィルターを通した彼女しか知らなかったからね。オスカーが盛大にかんちがいしてる可能性もゼロじゃないと思ってたけど」
「おい」
「あはは。会って安心したかな。確かに投影で見るよりもっとかわいいし、いい子だね」
「全面的に同意するが、他の男の口からは聞きたくない」
「あっはっは! クルス氏みたいなこと言ってる」
彼女に惚れてからのオスカーはおもしろい。独占欲があるタイプだなんて初めて知った。
「安心して。オスカーと同じ意味では言ってないから。
根が素直なんだろうね。表情がわかりやすくて、不思議そうだったり恥ずかしそうだったり申し訳なさそうだったり困ってたりで、何を言っても他罰的な方向にいかないんだなって。
職場でのクルス氏の言動とかあのくらいの歳ならもっと怒りそうなのに、一度も眉をしかめなかったのには驚いたかな」
「彼女を試していたのか?」
「あはは。どうだろうね?」
クルス氏の話から入ったのにはいくつか理由があるけれど、全部話す必要はないだろう。
「ちなみに、オスカーは何か彼女の弱味を握ってたりする?」
「いや、覚えがない」
「そうなんだ? 彼女の方はそう思ってなさそうだけど、なんだろうね」
「自分に弱味を握られていると?」
「っていうか、黙ってることに感謝してる感じ? 魔力開花術式の話のあたりね」
そう言った瞬間、オスカーが合点したようだ。何か隠しているのは確からしい。聞いても言わなさそうだから内容はスルーしておく。
「あの時アイコンタクトしてたけど、オスカーは何考えてたの?」
「……かわいいなぁと」
「あっはっは! やっぱり!」
なんとなく通じているように見えて何も通じてなさそうだと思っていたけれど、その通りだった。
「ジュリアちゃんはたぶん、オスカーはもっと真面目だと思ってるよ」
「不真面目で悪かったな。かわいいものはかわいいんだからしかたないだろう」
「うん、真理だね」
ふてくされたようなこの顔を彼女に見せてみたいが、彼女の前では絶対にしなさそうだ。
「ところで、よくあの格好の彼女を人波の中で見つけられたね?
ぼくはぜんぜん気づかなかったし、オスカーが『急用ができたから先に戻っていてくれ』って言って彼女の方に向かっても、ジュリアちゃんだってわかるのには少しかかったよ?」
「そうか? どう見ても彼女だと思ったが……。あんなにかわいい男がいるはずがないしな」
「好きな子だから見つけられちゃうのかな」
「やめてくれ。恥ずかしい」
「あはは」
「それに……、先に自分を見つけたのは彼女だ。視界に入ったのと同時に目が合ったからな」
「そうなんだ? それは言い訳しに行くしかなかったね。女装のぼくと腕を組んで歩いていたんだから」
「だろう? タイミングが悪すぎて死ぬかと思った……。……そのあたりを説明してもらえたのは助かった。感謝してる」
「どういたしまして」
オスカーが炭酸水を飲んで、思案するようにしてから、おずおずと尋ねてくる。
「……それで、クルス嬢の失恋の相手は誰だと思う?」
「あっはっは! それ聞く?」
おもしろすぎる。笑いが止まらない。
そういえばさっき本人の前で言うまで、オスカーにも「彼女が伏せっているのは失恋なんじゃないか」と言ったことはなかった。気づきそうなものなのに、オスカーもクルス氏もこのあたりには鈍いようだ。
オスカーが初めて彼女のお見舞いに行った翌日、「事情があってオスカーに会えないから調子を崩しているんじゃない?」とまでは言って背中を押した覚えはあるが。
(「失恋」っていう言葉に引きずられたかな)
「自分たちが知っている相手だろうか」
「オスカーに決まってるじゃん」
「?????」
キツネにつままれたような顔になる。おもしろい。
「むしろオスカーはどんな想定をしてたの?」
「……昔、自分に似た男と何かあったのかと」
「うーん……、そこまでは否定しきれないけど。あの日に初めて会ったにしては、ちょっとオスカーのことが好きすぎる気はするからね」
「好きすぎる……」
「過去がどうかは置いておいて、今の彼女はオスカーのことが好きだけど、何か事情があって幸せになれないんでしょ? 好きっていうかもう大好きっていうオーラが出まくってたよね?」
「そうか……」
オスカーがぷすぷすと音を立てながら顔から湯気でも出しそうだ。おもしろい。
「あれで気づかれないようにしてるつもりなのがかわいいよね。全力でからかいたくなる」
「頼むからやめてくれ」
「あはは。二人ともまじめだよね。きみたちはほんと、気が合うんじゃないかな。
最後の言葉にウソはなかったよ。あれがお姫様の本音。真実で間違いないと思う」
「……自分に幸せに生きてほしいと願っている。そのために、もう会わない決意をしている、か」
「うん。少なくとも彼女はそれしかないって思ってるね。まるで一緒にいたらオスカーを殺しちゃう、みたいな」
「自分はそんなにヤワに見えるか?」
「業とか呪いとか言ってたから、強さとはあんまり関係ないんじゃないかな」
「呪い、か……」
「話しても信じてもらえないような、ね」
魔法が当たり前のこの世界には、当たり前のように呪いもある。それなのに信じてもらえないような業とは何なのか、さすがに想像がつかない。
「で、ナイトはどうするの? お姫様が抱えているのは何か大きなもの……、ぼくらには想像もつかないようなもの、かもしれない。いさぎよく手を引いた方がいいくらいの」
「それで引き下がれるならとっくに引き下がっている。何度……、手を伸ばしてはすり抜けられてきたと思う?
嫌われてのことでないなら、いつか彼女の信頼を得られたらと思う」
「って、言うよね、オスカーは」
「わかっているなら言わせるな」
「あはは。自分で言葉にするのが大事なんじゃない。
言葉は言霊だよ。音にして誰かに伝えるだけで力を持つこともあるからね」
炭酸水のグラスを傾ける。
「いつかお姫様がナイトの手を取ってくれることを願って」
「……その表現はやめてくれ」
そう言いつつもカップを合わせてくれる、オスカーはいいヤツだ。
「なんだろうね。素直ないい子なのに、不思議な感じもするんだよね」
「不思議?」
「うん。ちょっと興味あるかな」
オスカーが思いっきり眉をしかめる。
「あはは。オスカーと同じ意味じゃないから警戒しなくていいよ。ぼくには人を好きっていう気持ちはよくわからないから」
「わからない……?」
「ジュリアちゃんに出会う前のオスカーみたいな感じね。知識としてはあるし人のことならわかるけど、そういう気持ちになる気はしないってこと」
「そうか」
「うん。だからそういうのじゃなくて……、なんでかな、実年齢と中の年齢がだいぶ違う気がするんだよね。年下なのに、ぼくらよりずっと年上みたいな」
「ああ……、しっかりした人だと思う」
「うーん……、ちょっと違うかな。なんだろう……、もっと長く生きてこの時間に戻ってきた、みたいな」
「そんなわけがないだろう」
「あはは。だよね。そんな魔法はないもんね」
少なくとも自分たちが知る範囲では不可能だ。
過去に彼女がオスカーを好きになって失っていたとしたら、いろいろなつじつまが合う気はしている。
常識的に考えればありえない話だけれど。
(もしかしたら遠い昔に失われた古代魔法なんかにはあるかもしれないけど、研究者はいても使える魔法使いなんていないしね)
もしいたとしたら、現代の魔法使いを軽く凌駕した存在だということになる。魔法協会が知ったら大騒ぎになるだろう。




