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31 ブロンソンの鋭さにゾワッとする


 仕事納めの翌日。

 今日はSランク冒険者で解呪師のギルバート・ブロンソンに会う約束だ。

 オスカーが剣の師匠、剣聖アンドレア・ハントを通して約束を取りつけてくれている。


 馬車で迎えに来てくれたオスカーに、父がつっかかった。

「何の用だ?」

「ジュリアさんと約束を」

 つっこむのももういいかと思ってくる。オスカーも慣れたのか、あまり緊張感はなくなっている。

「お待たせしました」

「いや」


 手を引いてエスコートしてもらい、馬車に乗る。ちょっと特別感があって楽しい。

 扉を閉めて見えなくなる前に、父に軽く手を振った。

「行ってきますね、お父様」

「早く帰るんだぞ」

「はいはい」

 適当に流して出発だ。


「すみません、いつも」

「いや。自分が来たいだけだから構わない」

「……あの。馬車に乗っている間にお願いがあって」

「なんだ?」

「ぎゅってしたいです」

 オスカーが目をまたたく。予想外だったのだろう。

「ダメですか……?」

「……いや。……ジュリアがいいようにして構わない」

「嬉しいです」


 許可を得て、隣に座ったままぎゅっと彼に抱きつく。大きくて愛しくて、ドキドキするのに安心する。

 色々ありすぎてオスカー成分が足りないのだ。せっかくのセイント・デイは師匠に半分台無しにされたし、今日もデートというより問題解決だ。今くらいは甘えていたい。

 そっと頭を撫でてもらえて、幸せを感じながらすりすりする。


「……ジュリア」

 大好きな音で呼ばれて心臓が跳ねる。視線を重ねるだけで愛しさがあふれそうだ。

 唇が触れあうかと思ったけれど、代わりに鼻先が触れた。

「オスカー……」

 呼んで、お返しにほほを触れあわせる。

 ちょっと甘えすぎな気もするけれど、甘えても甘えてももっとと思ってしまうのだ。だいぶ欲張りになっていると思う。


 目的地に着いて、馬車が停まってしまう。残念だと思った瞬間、ほんのわずかに唇が触れあった。

(ひゃあああっっ)

 一瞬で幸せが満ちて、足元がふわふわする。優しい視線に笑みを返して、エスコートされて馬車を降りる。

(幸せすぎる……)

 契約が発動しないかという意味でもドキドキして、問題はなさそうでホッとしたところで少し落ち着いた。


 前にブロンソンに会ったのと同じ、あれからすっかり常連になっている店の前だ。同じ部屋に通されると、同じように待っていた。

(真冬でも服は変わらないのね……)

 前回は十月で、あれからもっと寒くなっているけれど、ブロンソンは変わらず半袖短パンだ。隆々とした筋肉が存在を主張している。


「よう、アンドレアの弟子と、嬢ちゃん」

「ブロンソンさん、年末の忙しい時にお時間を作っていただき、ありがとうございます」

「いや、むしろこの時期の方が都合がいい。パーティメンバーみんな里帰りで、クエストを受けないからな。で、オレに相談っていうのは?」

「知り合いの魔法使いが呪いを受けまして。解呪をお願いしたいなと」


 ブロンソンが吟味するように一度目を閉じて、声を落として聞いてくる。

「そいつは嬢ちゃんたちの大事な人なのか?」

「関係が近いわけではないのですが。どうにかしてあげたい人です」

「詳しい事情を聞いても?」

「はい。ご内密にお願いできるなら」

「それはもちろんだ」

「実は……」

 オフェンス王国であったことの中から、助けた魔法使いセス・チャンドラーのことを中心に、話しても問題がない部分だけを話す。

 家族を盾に軍部に脅されていた魔法使いがいて、呪いの魔法を使わされ、相手が死んだ時も解呪する時も本人に返るものだった、という部分が中心だ。


「……なるほど?」

 ブロンソンが腕を組んで考えながら言った。

「最近、軍部が解体された国があったな。オフェンス王国だったか」

 ギクリ。あえてその名を出さなかったのに、ブロンソンから出てきたことに驚いた。が、バクバク言う心臓をなだめながら、できるだけ落ちついて答える。

「そうですね」


「軍部の魔法使いなんてのは機密の塊だ。嬢ちゃんたちが絡めるってことはその軍部自体がなくなった可能性が高いと思ったんだが。オフェンス王国の魔法使いか?」

「……はい」

 聞かれたのにウソをつくわけにはいかない。緊張しつつうなずく。

「ってことは、一連の騒動……、国境が割れただなんだは、嬢ちゃんの仕業か」

 ゾワッとした。瞬時にオスカーが警戒態勢に入る。


 ブロンソンが豪快に笑った。

「警戒しなくていい。守秘は依頼を受けて仕事をする者の基本だ。嬢ちゃんたちもそうだろう? ただオレが、気づいたことを確かめたかっただけだ。他に言ったりはしない。

 それに、地面に塞がらない亀裂を作ったり、建物のひとつやふたつぶっ壊したりするのは、規模は違えどオレもやらかしてるから他人ひとのことは言えん」

 ブロンソンの言葉に、少し肩の力が抜ける。前の時も自分の魔法について見抜かれたけれど、魔法協会から何か言われたりしていない。黙っていてくれる人なのだろう。


「……なぜ、私の仕業だと思ったのですか?」

「推理とも呼べないだろ。目の前に底の知れない魔法使いがいて、これまで聞いたことのないような事件が起きていて、その魔法使いがその事件の関係者と繋がっていた。なら、その魔法使いが事件に関与していると考えるのは自然じゃないか?」

「普通は……、魔法使いにはあんなことはできない、と考えるみたいですが」

「オレには魔法使いの普通はわからんが。嬢ちゃんから感じる底知れなさっていう自分の直感を信じるなら、ありえるって思うわけだ」


「なるほど……」

 ブロンソンとしては至極当然な結論だったことはよくわかった。

「魔力を抑えて感じられなくする方法を早急に見つける必要性を強く感じました……」

「そんなのがあるのか? 聞いたことがないが」

「え」


「だってそうだろう? 敵に対して自分を強く見せる必要こそあれど、あえて弱く見せる必要がどこにある?

 隠れて近づくってことなら多少必要なのかもしれないが、相手が感じとれるならむしろ圧倒的な魔力差を示して大人しくさせた方が効率的だし、感じとれないならそもそも問題ない。

 普通を大きく上回る魔力量を持って初めて必要になる方法、かつ、そんな魔法使いは魔力を隠す必要がない。

 なら、そんな方法が開発されているとは思えないんだが」


「確かに……」

 そう言われるとその通りだ。この問題はけっこう切実だから、早急になんとかしたいのだが。

「自分で編みだすしかないんですかね……」

 そうは言ってもヒントすらない。そう簡単にはいかないだろう。やはり師匠スピラが一番答えに近い気がする。


 少し間を置いて、静かに聞いていたオスカーが口を開く。

「本題に戻ってもいいだろうか」

「あ、すみません」

「そうだったな。で、二人としては、脅されて利用された魔法使いを助けたい。そういうことでいいか?」

「はい」

「ああ」


「条件がある」

「なんでしょう?」

「ひとつは、オレが解呪師であることをその本人以外には決して知られないこと。口外しないことを守れる相手なのかどうか」

「それは……、おそらく」

「もし言ったら家族の命はないとでも脅したら確実だろうな」

「ブロンソンさん?!」

 まさかのブロンソンが物騒だ。

「そう言われれば禁呪を使う魔法使いなんだろう? こちらの安全のためには必要な措置だ」

「……わかりました」


「もうひとつは……、今回の依頼報酬だと思ってくれていいんだが。つきあってほしい」


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