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30 [ルーカス] 好きな子から師匠のセクハラ相談を受ける


 昼休み前にバカップルから声をかけられ、お昼に誘われた。

(昨日のことの相談だろうね)

 職場ではあえて言わないで、二つ返事でオーケーする。頼られるのは嬉しい。

 三人たすユエル(ペット)で、使い魔が入れる個室がある、いつもの店に入る。

 食事が出揃ったところでジュリアが本題に入った。


「ちらっと話していた、私の魔法の師匠に会ってきたのですが」

「うん。朝、オスカーからも軽く聞いたんだけど、大変だったんだって?」

「はい……。まさか師匠が男性で、恋愛対象にされるとは夢にも思っていなくて」

 完全に想定外だったという感じだ。相手を女性だと思いこんでいたなら仕方ないのかもしれない。


「接近禁止にして保留にしてるらしいけど」

「はい。協力を得られるなら心強い人ではあるんです。昔のことにも古代魔法にも詳しいし。今困っていることにも、世界の摂理のことにもヒントになる可能性があって」

 オスカーがため息混じりに言葉を挟む。

「人物に難がありすぎる。ジュリアが言っていた通り女性だったならまだしも」

「それは……、本当にすみません」

(女性同士だったら子作り発言はないだろうし、抱きつかれても多少はスキンシップで済むもんね)


「詳しい経緯を聞いてもいい?」

「はい。重なる部分も多いかもしれませんが」

 食べ進めながらジュリアの話を聞く。

 オスカーはやっぱり言葉足らずだ。仕事の報告はちゃんとできるから、話す時の意識が違うのだろう。だんだんと様相が見えてくる。

「つまり……、朝会いに行ったら初対面でいきなり『おいしそう』『子作りしよう』って言われて、一度帰って。もう会わないっていう連絡を入れたら、夜にホワイトヒルに現れて、いきなり抱きつかれたと。しかも逃げたのに家の前で待ち伏せされた、っていうことだよね」

「はい」

「うわぁ……、ドン引きなんだけど」

「だろう?」


「色々な意味でヤバい人だね。普通に怖い。二度と関わらないの一択じゃない?」

「まあ、そこだけだとそうとしか言えないですよね……。けど、前の時はほんと、よくしてもらったんです……」

「立場とか状況とかが違ったら、同じ人が全然違って見えるっていうのはよくあることだよね。それにしても言動がひどいけど」

「言われたことしかわからないみたいなことを言っていて。本人が魔法封じに入ってもいいって言った時は無抵抗で入ってくれたし、ちゃんと話したらわかってくれたし、接近禁止を伝えた後は檻を解除しても何もされてないので。悪い人ではないと思います」


 オスカーがため息まじりに頭を抱える。

「……ジュリアが悪い人だと思う基準を知りたいのだが」

「え、例えば、自分の目的のためにドワーフのおさに呪いをかけるとか。あの人は悪い人だと思います。

 師匠に悪意も害意もなかったのはもうわかったので。驚きはしましたが」

「たとえ悪意や害意がなくても、ジュリアにイヤな思いをさせたり泣かせたりした時点で許せないし、ジュリアを性的な対象として見ている時点で遠ざけたいのだが」

 内心でギクリとした。気をつけていても、彼女が女性として見えてしまう時があるのは自分も例外ではない。

(やっぱり墓場まで持っていかなきゃね)


「それは……、ありがとうございます。前半は、私はもう気にしてないのですが」

 オスカーの言葉を受けるジュリアは、板挟みで困っている感じがする。

「ジュリアちゃんの話し方だと、許したいし、関わりたいのかな?」


「最初は許せないと思ったけど、そこはもういいかなって。関わるかは……、迷っています。

 オスカーはすごくイヤだと思うから、距離を保った方がいいのかなっていうのと。

 私の中には恩人だという記憶もあって。あと、やっぱり師匠に聞きたいことを聞けたらいいなっていうのもあるので」

「あー……、つまり、オスカーがよければジュリアちゃんは話したいんだね」

「……そう、ですね。これ以上イヤなことをされないなら」

 この子はやっぱり人がよすぎて心配だ。

(普通、もっとひきずったり嫌がったりしそうだけど。前の時の恩人としての記憶が大きいのかな)


「まぁ、一人の男としては、オスカーの言い分に賛成だけどね。自分の彼女を狙ってる相手に会わせたい男はいないよね。それがセクハラ発言も身体接触もしてくるような相手なら尚更」

「それはそうですよね……」

 ジュリアが肩を落とし、オスカーがうなずいて言葉を受ける。

「それもそうだし、心配しているのもある。戦闘力では勝てないからな。守りきれる自信がない」

「はい。そこは、ありがとうございます」


「けど、利用価値は無視できないよね」

 そう続けたら、二人同時に目をまたたいた。

「ダークエルフは生きた伝説だ。ジュリアちゃんが聞きたいことは大事なことなんでしょ?」

「そうですね。聞けたらいいなと思うし……、ちょっとだけ、情もあります。前の時のように友人でいられたらいいなというのは、なくはないのかなと」

 この子はこの期に及んで何を言っているのだろうか。ものすごくオスカーに同情したい。


「ジュリアちゃんは、男女の友情は成立する派なんだね」

「え、そうですよね? ルーカスさんとも友だちですし」

「それ、どっちかが恋愛感情を持ったら終わりじゃない?」

「その恋愛感情がなければ……、師匠が友人でいいなら、問題ないのでは?」

 眉をしかめたくなるけれど、否定ができない。

(僕自身がそういうふりしてるもんね……)

 気持ちというものはなんともやっかいだ。彼女に落ちる前に戻れた方が楽だと思うのに、コントロールが効かない。できるのは、ないものとして表面をとりつくろうことだけだ。


「そういうふりして、あわよくばっていう下心を持ってないとは限らないじゃない」

「ルーカスさんはやっぱり反対ですか?」

「……ごめん、話がれたね」

 彼女の問いかけでハッとした。感情が刺激されたせいで冷静じゃなかったことを反省する。


「もう一度話して、聞きたいことを聞くくらいならいいんじゃない?」

「ルーカス!」

 オスカーが驚いたような声をあげる。

「落ちつけって。ただし、条件が二つ。魔法封じに入ってもらうことと、ぼくも一緒に会うこと。その上でなら、オスカーも多少は安心でしょ?」

 オスカーが一度眉をしかめてから吟味するような間を持った。

「……妥協できなくはない」

 オスカーに対するクルス氏と同じような顔になっているのがおもしろい。


「まあ、もし他の方法でジュリアちゃんの問題を解決できそうなら、そっちから模索してみてもいいだうね。それがダメだったら連絡してみれば?」

「そうですね……、ちょっとずるい気もしますけど」

「それ以上のことをされてるから、気にする必要はないと思うよ。そもそも向こうがセクハラしないで普通に友好的だったら何も問題なかったでしょ? オスカーは男なら全員排除するわけじゃないし」

「確かにそうですね」


「向こうは身から出たさびなんだから、きみからどう扱われても仕方ないんじゃない? むしろきみは寛大すぎると思うよ」

「そうなのでしょうか……」

 ここまで言っても彼女はピンときていない感じがする。オスカーがものすごく困った顔になっている。

(うん、気持ちはわかる)

 一緒に頭を抱えたい。


「ちなみに、他の方法がある前提で言ったけど、あるの?」

「えっと……、インビジブルフェアリーたちかペルペトゥスさんなら知っている可能性があるかなと。

 ただ、インビジブルフェアリーを見るのに必要な魔道具を作ってもらうのに、かなりの腕の魔道具師が必要で、制作期間もかかるので。それから世界中を探すのにも時間がかかるから、それよりは先に師匠かなと」

 決して目に見(インビジブル)えない妖精(フェアリー)の存在も伝説だ。前の時には会ったのだろう口ぶりに頭が痛くなりそうだけど、今は黙って話の続きを聞く。


「現状だと、ペルペトゥスさんのところに空間転移で行くのがいいかと思います。ダンジョン攻略は二度としたくないのですが、直接空間転移で行けるならアリかなと。

 ペルペトゥスさんとも友人でしたが、師匠の方が関係が近かったから、師匠に会って知らなかったら行ってみようと思っていました」


「ペルペトゥス……、エイシェントドラゴンと言っていたか」

「は? エイシェントドラゴン?」

 彼女が規格外なのはわかっているつもりだったけれど、伝説の中の伝説(エイシェントドラゴン)の知り合いがいるのは聞いてない。


「はい。いい人? ……いいドラゴンですよ」

「うん。ジュリアちゃんの人物評は信じない方がいいの、よくわかったばかりだから」

「うう……」

 ジュリアがものすごく小さくなった。


 この日の仕事上がりの時間ももらって、戦闘になった場合の逃げきり方を一緒に何通りかシミュレーションした。

 行く時は二人に任せることにする。自分の戦闘力では足手まといにしかならず、逃げられる確率が下がるからだ。

 年末年始はジュリアがあまり家を抜けられないらしく、新年の仕事が始まってから、次の休みにでも行くという。時間がある時に今日の話を元にシミュレーションを重ねておくように言っておいた。


(ダークエルフに、インビジブルフェアリーに、エイシェントドラゴン?)

 まるで伝説の時代の話を聞いているかのようなラインナップだ。存在が伝説の魔法を発動させるのに必要だったのだろうけれど、聞いた時点であきらめるのが普通だろう。

 実際に探し出したのと同じくらい、それを成そうとする意思を持つのは難しい。年齢が上がっていたなら尚更だ。


 魔法で驚かされてきたけれど、何より普通じゃないのは彼女のオスカーへの思いの強さなのかもしれない。

(そこに誰かが入る余地がないのは最初からわかってるんだよね)

 本当になんでまたこんな面倒な思いを抱えてしまったのか。自分でもわからなくて、小さく息を吐き出した。


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