表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
167/540

29 [ルーカス] 師匠問題の報告とあの二人の正体


 普段、休日は外に出て情報を耳に入れたり、身分証を提示して保証金を払えば入れる公営の図書館に行ったりすることが多い。が、セイント・デイは外出しなかった。

 外に出ればどこもかしこもカップルだらけの日だ。何が悲しくて独り身がそれを眺めないといけないのか。

 それに比べて独身寮は平和でしかなかった。


(セイント・デイの祝日って、大昔にどっかの国で少子化対策として始められたのが広まったんだっけ)

 効果はありそうだけど、縁がない側には縁がない。


 翌日の今日は通常勤務日だ。今年のカレンダーだと明日まで仕事で、そこから年始まで連休になる。

 出勤すると、予想通りオスカーがデスクで潰れていた。

「はよ」

「ああ」

(ん?)

 セイント・デイのノロケを聞かされるつもりだったが、思っていたよりも浮かれ度が低い。


「どうだったの? セイント・デイ」

「……ものすごく疲れた」

「え、そんなにずっといちゃついてたの?」

 違うのはわかりつつ、ついからかいたくなる。

「違うのがわかってて言ってるだろ」

「あはは。オスカーのことだから体力的な話じゃないんでしょ?」

「ああ。ジュリアの師匠が……」

「ジュリアちゃんがいい人って言ってた」

 彼女のいい人評価はどうなんだろうと心配していた件だ。彼女は周りを肯定的にとらえすぎるところがある。それが良さでもあるし、危うさでもある。


「……痴漢だった」

「は?」

 意味がわからない。心配はしていたけれど、方向性が違いすぎる。

「女性なんでしょ?」

「見た目は確かに女性っぽかったが」

「ジュリアちゃん、そこから間違ってたんだ……」

 抜けているにも程がある。頭を抱えたくなるし、オスカーに同情したくなる。


「けど、彼女が言う、前の時は平気だったんでしょ? じゃないとジュリアちゃんがなつくはずないし。なんで今回に限って」

「なんでもエルフ種の恋愛対象は、精神年齢が百を超えてからなんだそうだ」

「あー……、そういう」

 種族的なものならどうしようもない。想定しておくのは無理がある。要は時間を戻して戻ってきた今の彼女という特殊条件の元で起きた事件なのだろう。


「痴漢っていうのは?」

「ジュリアに子作りしようと言ったり、突然抱きついたり」

「……よく相手を消さなかったね」

「勝ち目がない……、と、ジュリアに言われた」

「ああ……、あのジュリアちゃんの魔法の師匠だもんね……」


「ものすごく悔しい……」

「そりゃあ、仕方ないって割りきれないか。で、どうなったの?」

「ジュリアが接近禁止令を出して、一旦保留中だ」

「それを聞いてくれる相手でまだよかったってとこかな」

「ああ……」

 オスカーがため息混じりに頷いた。


「で、それだけ?」

「それだけとは?」

「いつものノロケはいいの?」

「いつもノロケてなんかいないと思うが」

「無自覚か。昨日のジュリアちゃんは?」

「かわいかったな」

「へえ? 珍しく何もやらかさなかったの?」

 そう聞いた瞬間、オスカーが赤くなって爆発した。完全に何かあった反応だ。


「ホウキに乗せられたり……、ほしいと言われたり……、命より大事だと言われたり……」

「待って。最後のはいいとして、前二つはどういうこと? 特に真ん中の。え、ニュアンスの取り違えとかじゃなく、あっちの意味で?」

「例の師匠のせいで取り乱していたんだと思う」


「で、どうしたの?」

「もちろん、……今じゃない、と」

「……よくがんばったね」

「だろう」

 自分だったら間違いなく据え膳を美味しくいただいたと思う。状況や今後のための判断だったのだろうけど、この男のそういうところはある意味尊敬に値する。


「え、後悔とかしてない?」

「あの時に手を出した方が後悔したと思う。が……、色々と忘れられない」

 オスカーがそう言って改めて机につっぷした。


 パラパラと出勤者が増えてくる。誰がどのくらいの時間に来るのかが大体わかってきた。

「おはようございます」

「はよ」

「ああ、おはよう」

 朝来たらとりあえず挨拶に来る彼女の方も、あまり元気そうではない。


「……ジュリアちゃん、何か気にしてる?」

「えっと……、ちょっと、話せないのですが。ものすごくやらかしまして……」

 そう言いつつ耳まで赤い。オスカーの話と総合すると、おそらくオスカーに迫った件で盛大に反省しているのだろう。彼女が気にするような形ではオスカーは気にしていないだろうに。


 出勤してくる他のメンバーの表情は大きく分けて三通りか。特に普段と変わらない者、上機嫌な者、沈んでいる者。

 既婚者は前二つが多い中で、クルス氏は落ち込みぎみだ。今日はオスカーをにらんでいかなかったから、ジュリアに釘を刺されたのかもしれない。


 一方、若手を中心にダッジや何人かの機嫌がいい。中でも、ちょっと行き遅れ気味なうちの一人、メリッサ・レイがダントツで幸せそうだ。

(何ひとつ問題がなさそうな感じが逆に怪しいよね)

 少し前にナンパされて彼氏ができたと言っていたか。相手は自分が魔法使いだとは知らなかったはずだから、絶対にお金目当てじゃないと話していたのが聞こえたこともあったが、魔法協会の出入りを見ればわかることだ。

(どのくらいで相手は本性を出すのかな)

 自分が何かを言う関係ではないし、言ったところでのぼせている今は無意味だろう。この件は静観を決めこむ。


 全員揃って始業準備ができたところで、クルス氏から全体に話があった。

「共有事項だ。一昨日、ショー商会のセイント・デイのパーティの会場に、我々魔法協会が怪盗ブラックと呼んで長年追っていた魔法使いの泥棒が現れ、無事に捕らえた。

 まずは直接確保したオスカー・ウォードの功績をたたえる。加えて、デレク・ストン、ルーカス・ブレア、ジュリア・クルスの三名。よくやった」

 送られる拍手を笑顔で受けとっておく。


 クルス氏が続ける。

「オスカー・ウォードとジュリア・クルスが入手した情報も秀逸だった。本部から賛辞が届いている」

 ジュリアが「え」という顔になる。本部に名前を出されたくなかったのだろう。

「その報告から、怪盗ブラックと裏魔法協会のトールの正体が判明したそうだ。トールから話した方がわかりやすいだろう。

 トールの本名はトラヴィス・ルドマン。先代の魔法卿の付き人だった男だ」

 辺りがざわつく。そんな大物が出るとは思っていなかったのだろう。


「本人は冠位ではないが、空間転移が使える魔法使いとして魔法卿の移動をサポートする役割を担っていたそうだ」

(うん、妥当かな)

 戦った印象として、冠位九位のクルス氏ほどは強くなかった。受冠は功績が元とはいえ、ほぼ戦闘力とも比例する。

 トールことトラヴィスの独自性は空間転移だ。忙しい魔法卿の移動を補助する付き人というのは天職だろう。

 能力だけで言えば、だが。能力と本人のしたいことが必ずしも一致するわけではないとは思う。


「そして、怪盗ブラックの本名はブラッド・ドイル。

 トラヴィス・ルドマンの弟子で、役割を継いで当代に仕えさせるために育てられていたが、もう十年以上前、まだ修行中に姿を消していたらしい」

(なるほどね。今の魔法卿がちょうど十年くらいだったかな)


 おそらく、筋書きはこうだ。

 ブラッドがなんらかの理由でトラヴィスの元から姿を消す。トラヴィスはブラッドを探すために、魔法卿の代替わりのタイミングで退職する。

 探す中で空間転移を使う泥棒の情報を得る。裏の仕事をしている弟子の情報を手に入れやすくするために裏魔法協会に所属する。

 当代の魔法卿に仕えていたら自由に人探しはできないだろう。魔法協会を退職したところまではわかりやすい。

 裏魔法協会をよしとしたのは、なんらかの本人の考え方によるのだろう。そこまではわからない。


「それらの経緯があって、今回は、近いうちに魔法卿自らがソラルハムにおもむいて怪盗ブラックを移送するそうだ。

 合わせて、トールことトラヴィス・ルドマンを生かして確保した場合の報奨金が大幅に引きあげられた。各自、留意しておくように」

 クルス氏がそこまで話したところで、長距離通信用の固定魔道具が鳴った。緊急連絡を知らせる音だ。自動的に起動して、連絡内容が魔法紙に写し出されていく。


「なんだと?!」

 確認したクルス氏が声を上げた。

「今の件の続報だ。怪盗ブラックこと、ブラッド・ドイルがソラルハムの収容施設から姿を消したそうだ」

 再度、ざわついた。ジュリアを見ると、オスカーと共に本気で驚いている。彼女がひそかに逃したということはなさそうだ。


「昨日の深夜、もう今日の明け方か。セイント・デイと時間帯の影響で、最低限の警備になっていた隙をつかれたようだ」

(うん、まあ、トールはブラッドを探していて、今なら居場所がわかっているわけだから、そうなる可能性はあったよね)

 裏魔法協会のタグがマルチタイプの毒使いだとしたら、警備を眠らせたりするのも難しくないだろう。

 ジュリアの顔色が悪い。同じようにトールが絡んでいると予想して、捕まえなかった責任を感じているのかもしれない。


「他人事ではないな。ホワイトヒルで預かっていたとしても同じことになった可能性が高い。こちらも気を引き締めていくぞ」

 それぞれから返事があり、セイント・デイの余韻のない通常業務が始まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ