24 あなただけなので安心してください
いつものオスカーに戻ってくれた気がする。一安心だ。
(前の時はけっこう家でひざまくらをしてたから好きだと思ってたけど、今はそうでもないのかしら)
抱きよせてくれるのも額にキスをくれるのもすごく嬉しいが、彼がひざまくらを選ばなかった理由がわからない。
とりあえず、すりすりしてマーキングしておく。大好きだ。
見上げると視線が絡む。それだけでも嬉しくて、つい頬が緩んでしまう。
「……あの」
「ん?」
「私が子作りしたいのはあなただけなので。そこは安心してくださいね。いくら師匠でも本気で抵抗しますから」
オスカーが顔を隠してうずくまったと思ったら、バサっとホットローブを脱いで横に投げだす。
「え、いくら室内でも寒いですよ。風を防ぐ程度の建物なので。体温調整の魔法をかけますか?」
「いや、頭を冷やしたい」
(もう怒ってなさそうだけど、まだ怒ってる……?)
脱いですぐにまた顔を隠されたから表情が読めない。耳が赤い気がするのは冷えたからだろうか。
体を丸めて小さくなっている彼の頭をよしよしと撫でる。整髪料の感触だ。普段はあまり使う印象がないから、自分がちょっとお化粧を頑張ったみたいに、彼も少し背伸びをしているのかもしれない。もしそうだとしたら、どうにもかわいくてしかたない。
(大好き……)
「……あなたがイヤなら、師匠は一旦保留にしましょうか。ペルペトゥスさんに聞いてみてダメだった時にもう一度考える方向で」
「ペルペトゥスさんは……、どんな『いい人』なんだ?」
話を変えたことで落ちついたのか、オスカーが顔を上げてくれた。
「あ、彼もヒトじゃないです」
「彼……」
「多分、男性かと。エイシェントドラゴンなので、自信はないですけど」
「エイシェントドラゴン……?」
「はい。あ、でも、いいドラゴンですよ。事情を話したら、私のために死んでくれたので」
「まったく状況がわからないのだが……」
「えっと……、時を戻すのには、エイシェントドラゴンの魔核と龍玉が必要で、どちらも倒さないと手に入らないんです。
時が戻ったらどうせ生き返るし、もし戻らなくてもここで寝ているのにも飽きたから、倒していいって、無抵抗で。
他にも色々と話して友人になっていたので、苦しまないように一撃で仕留めました」
「……待ってくれ。エイシェントドラゴンを一撃で……? 最上級魔法でも傷ひとつつかないだろ……?」
「はい。なので、かなりがんばって。魔法を増幅させる古代魔法を重ねがけした上で、めいっぱいの魔力でこう、ズバッと」
ありのままを答えたのに、オスカーがものすごく驚いている気がする。オフェンス王国の国境線を割った時以上かもしれない。
「本人が抵抗しなかったから、ですよ? 戦っていたら勝てなかったと思います」
「抵抗されなくても普通は倒せないのがエイシェントドラゴンという伝説だと思うのだが……」
「ううう……、普通じゃなくてごめんなさい……」
「いや、驚いただけで、だからどうということはないが」
彼がそっと手を取って、指を絡めてくれる。それだけで不思議と安心する。
それからふわりと手の甲にキスが落ちた。
(ひゃあああっ……)
安心を通りこして大好きがあふれる。
「……ジュリア。ひとつ、頼みたいのだが」
「はい……。なんでしょう?」
「自分に魔法を教えてくれないだろうか」
「私が、あなたに、ですか?」
「ああ。……この先、場合によってはエイシェントドラゴンやダークエルフのような伝説と渡り歩かないといけないのだろう?
すぐに力になれるほどにはなれなくても、足手まといにはなりたくないし、自分も底上げしておいた方が戦略が広がるはずだ」
「うーん……、そう、ですね。魔法によっては、私と同じように内緒にしてもらう必要があったりもするでしょうが」
「もちろんだ。状況は見る」
「あなたは私の師匠の一人なので、気恥ずかしくもあるのですが。
魔力消費が多いものも多いので、安全のために最初は魔力を増やすことから始めていいなら」
「魔力量は本人の素質をベースに、年齢と共に上がるのではないのか?」
「一般的にはそう認識されていますね。精神年齢に伴って器が大きくなるのですが、その器を意識的に広げる方法があって……」
「それもあのダークエルフに教わったのか?」
「あ、いえ。これは大量の文献や石碑にあたっていた時期にヒントを見つけて。
中々伝説に行き当たらない中で読み漁っているだけなのも停滞している感じでイヤだったので、色々試したらできた、という感じです。
なので、師匠……、素材としてのダークエルフの髪を探す前ですね。多分、私しか知らないと思います」
「そうか」
「まだまだあなたから身のこなしを教わりたいですし。これからは教えあいっこですね」
そう言って笑みを向けたら、オスカーが驚いた顔になる。何か変なことを言っただろうか。
「……ジュリアは、時々普通じゃないことを気にすることはあるが。ジュリアより自分の方が弱いことは気にしないのか?」
「え、明らかに今の私がおかしいだけで、あなたは強いですよね? 同年代では群を抜いているし、前の時は追いつけたことがなくて、隣に立つために必死だったし。
負荷が大きくなったから、前の時のこの時期のあなたより今の方が強くなっているでしょうし。
あなたが弱いと思ったことは一度もなくて、いつも頼りにしていて……、いつも、カッコイイと思ってますし。
そもそも私はあなたが強いから好きなんじゃなくて、あなたのあり方が好きなので、気にする理由がありませ……」
ふいに、包みこむように抱きしめられた。自分の心臓がうるさい。彼の心音も聞こえる気がする。
「ジュリア……」
呼んでくれる声の甘さに溶かされそうだ。
彼の大きな手が優しく髪をすくように撫でてくれる。すごく幸せなはずなのに、何かが引っかかる。
(……あれ?)
普段は自分よりも体温が高くて暖かく感じるのに、全体的にひんやりしている。そう思って、彼がホットローブを脱いだままなことに気づいた。
「オスカー、ダメですよ」
「……あ、ああ……」
驚いたように解放されたが、そうじゃない。
「ホットローブ、もう着てください。冷えてますよね。それとも体温調節の魔法をかけますか?」
「……。……着る」
「ふふ。じゃあ特別に」
彼のローブを拾って、そっと彼にかける。家族になってから見送る時のようで、なんとも幸せだ。
「……あの。蒸し返すようですみません」
「なんだ?」
「師匠のことなのですが。一旦戻って相談すると言った手前、完全に放置するのも気が引けるというか」
「……気にすることか?」
「戻らないなら戻らないで、知らせないと悪くないですか?」
「放置でいいと思うが。ジュリアが会わなくて済む方法があるなら、知らせてもいいとは思う」
「はい。木のメッセージプレートをつけて、お土産のお酒を送りましょう」
「あの場所にか?」
「はい。空間転移の応用で、物質転送ができるので。あ、私のオリジナルで、本当にただ送りつけるだけなんですけど。目的地は空間転移と同じ定め方なので、行ったことがある場所限定ですが」
「……それくらいなら。文面は自分が決めても?」
「はい。お願いします」
ツリーハウスから少し素材をもらって、魔法でメッセージプレートを作る。オスカーに言われた通りに掘りこんで、今日一日師匠がいる辺りに送った。
『スピラ・イニティウム様
先程はお騒がせしました。どうぞこちらをお納めください。
再度お伺いすることはいたしません。ご安心ください。
今後一層のご活躍をお祈りしております。
オスカー・ウォード
ジュリア・クルス』
ビジネスライクな仕上がりになったけれど、さっきの師匠の様子からすると、このくらいでちょうどいいのかもしれない。




