23 ツリーハウスという密室で
景色が変わってすぐ、オスカーが深くため息をついた。
「師匠は女性で、いい人……?」
「すみません……」
何ひとつあっていないと言わんばかりにつぶやかれると、全力で謝るしかない。
「前の時は全然、あんなことは言われてなくて。私はもういい年だったのに子どもみたいに面倒見てくれて」
「エルフは精神年齢が百歳を超えてから大人扱いになると言っていたからな。実際、子どもに見えていたんだろう」
「女性には全然興味なさそうだったんです。それもあって、てっきり同性だとばかり」
「アレが言うように精神年齢が百歳を超えないと恋愛対象にならないなら、人間に興味を持つことはないんじゃないか? 寿命はだいたい六、七十くらいだろう?」
「そうですね……。私が魔法も駆使して普通を大きく上回ったというだけで。百歳超えの人に会ったことはないです」
「ダークエルフは存在が伝説に近いから、ダークエルフ同士で出会うことはまずないだろう。その上、ダークエルフはエルフからは嫌われていて普通は相手にされないはずだ。もしドワーフのビジュアルもダメなら、恋愛対象になる女性に出会うこと自体が皆無なんじゃないか?」
「そう言われると確かに……。男性に対して塩対応だったから、男性嫌いの女性で、同性の私と遊んでいる方が楽しいのだろうとばかり思っていました……」
「その時は娘くらいな感覚だったのかもしれないが……」
オスカーが長く息を吐きだし、心底イヤそうに言う。
「正直、二度と会わせたくない」
「うううっ……。そう言われると辛いところなのですが。世界の摂理について以外にも、師匠に聞きたいことがあって」
「なんだ?」
「私の魔力が多いとユエルに指摘されたので。ブロンソンさんが感じたのもそのあたりかもしれないし、ついさっき師匠にも言われたし。それを隠す方法を知りたいなと。
お父様にも聞いたけどわからなさそうで、その後も特にお話がないし。
以前見た本や石碑の中にはその辺のことはなかったと思うので、今頼れるのは師匠くらいなんです……」
「それは確かに必要なことだとは思うが……」
言っていることと表情がまるで合っていない。納得していないというより、感情的にムリという印象だ。
「そんなにイヤですか?」
「堂々とジュリアに手を出そうとする男に寛大になる理由がないのだが?」
(あ、これ、かなり怒ってる)
加えて、理由はわからないけれど、少しすねているような気もする。
せっかくのセイント・デイだ。今回、つきあって初めての。このままにはしておきたくない。
「ウッディケージ・ツリーハウス」
近くの木に触れて呪文を唱える。木の形がみるみる変わり、枝の上に小部屋ができる。
「とりあえず少し休みませんか?」
「……そんな魔法もあるんだな」
「はい。土や岩も家の形にできますよ。私は木の方が好きですが。探索中に便利なんです」
言って、階段のないツリーハウスに入るためにホウキを出す。
「すぐそこですし、乗りますか?」
ちょっとだけ機嫌とりもこめて聞いてみる。顔を見る限り、嬉しさや恥ずかしさの方が勝ってきている気がする。
「……ああ。乗る」
いくらか迷うようにしてからオスカーが少しぶっきらぼうに答えた。断られる可能性の方が大きいと思っていたから驚いたけれど、前の方につめて彼が乗れるスペースをあける。
「どうぞ……」
それだけで、なんだかものすごく恥ずかしい。
▼ [オスカー] ▼
ジュリアからホウキに乗るかと聞かれて、迷ったけれど乗せてもらうことにしたのは、安心したかったのだと思う。
今まで彼女に手を出そうとしてきた相手はみんな、少なくとも戦闘力の面では余裕で対処できた。いざとなれば止めることも排除することも簡単だと思っていた。
「ほんと、勝ち目はないので」
彼女が言ったことは間違いないだろう。相手は彼女の師匠だ。彼女より強いのなら、自分には手も足も出ない。それがすごく不甲斐ないし、悔しい。
ホウキのあけてもらったスペースに跨って、後ろから彼女を抱きしめ、首筋に顔を埋めた。
「ひゃっ……」
かわいい声が耳に届く。柔らかくて暖かい。心をくすぐる愛しい香りがする。このまま食べてしまいたい。
(美味しそう……? そんなこと、言われるまでもない)
どれだけ欲して、どれだけ耐えてきているのか。何も知らないくせに「坊や」と外野扱いされたのも許せない。長命のエルフ種からすれば、ヒトの十九はまだ赤子も同然なのかもしれないけれど。
彼女のホウキが浮かびあがる。耳まで赤くしてどこか緊張しているのが、自分の影響だと思うと嬉しくなる。
今はホウキのコントロールに集中させた方がいいとわかっているのに、どうにも制御が効かなくて、柔らかな首元にそっと口づけた。
「ぁ……」
熱を伴ったかわいい声が返る。
(女性の魔法使いが男をホウキに乗せるのは、『あなたには何をされてもかまわない』だったか……)
この位置は確かに、そう思わせるものだ。自分のホウキに乗せた時と座り方は同じでも、自分がホウキをコントロールしているのとしていないのとではまるで違う。
抱きしめていられるし、しようと思えば、好きなだけ彼女の体に触れられるのだから。
すぐにツリーハウスのデッキに着いて、ホウキが消された。飛距離が短いのは助かったというべきなのだろうけれど、本心では残念だ。
「……えっと、……とりあえず、どうぞ?」
ホットローブがあるとはいえ、真冬に外で座っているのもどうかと思ってこの小屋を作ってくれたのだろう。
が、密室に二人きりで入っても問題ないと、彼女は本気で思っているのだろうか。
もう手を出してしまっても不可抗力だと思う。けれど、多分、彼女はそこまで意識が回っていない気がする。
開けられた扉の中は簡素な作りになっている。奥の半分くらいが三、四十センチほど高くなっていて、ベンチともベッドともとれる以外には、特に何もない。
ジュリアがその端の方に座って、おずおずと見上げてくる。
「オスカー……、どうぞ……?」
(ちょっと待ってくれ。これは……、何を「どうぞ」されているんだ??)
聞き返す? 押し倒す? 隣に座る? 押し倒す? どれが正解なのかがわからない。
ひとつ息を呑んだ。
「……ジュリア。……それは、いいと捉えていいのか……?」
「はい……」
恥ずかしそうに頷かれる。
(ああああああっ……)
クルス氏や奥方には悪い気もするけれど、これはもう責任をとる以外にはないだろう。必死に平静を装って彼女の方へと足を進める。
見上げて重ねてくれる瞳が、思いをくれている気がする。
「……好きですよね? ひざまくら」
「ひざまくら……?」
「はい。どうぞ……」
恥ずかしげにしたまま、改めてぽんぽんとスカートの上を示される。
(ひざまくら……)
「あれ、イヤでしたか?」
「いや、そんなことはない」
嬉しいかどうかなら、もちろん嬉しい。ただ、暴走していた思いのやり場がないだけだ。
「これで機嫌を直してもらえませんか……?」
そう言われて初めて、彼女に気を遣わせていたことに気づいた。
「……すまない」
彼女の隣に座って軽く肩を抱きよせ、額にキスをする。
「あ……」
「だいぶ、余裕がなかった」
「いえ。師匠のことは私も驚いていますし」
「ジュリアが悪いとは思っていないが。自分は真実を話してもらえるまであんなに苦労したのに、あんなにあっさり話すんだなとは思った」
「それは……、すみません。あなたを巻きこみたくなかったから……」
「わかってる。わかってはいるんだが、色々と処理が追いついていないんだと思う」
「はい。今は少しゆっくりしましょう」
そう言って、甘えるように胸元に擦りよられる。
(これは……、手を出していいのか、いけないのか、どっちなんだ……?)
ひざまくらをしてもらったり唇を触れあわせてしまったりすると、止まれる自信がないのもあって隣に座ったのだが、まだ試され続けている気がする。




