22 古代遺跡の酔いどれダークエルフ
セイント・デイ。
恋人の日に大好きな人に会えるのに、浮かれるなというのはムリだ。
いつもよりオシャレをして、彼に買ってもらったホットローブをまとう。化粧も少し気合いを入れて、パーティの時よりは少し控えめくらいで整える。
師匠に会いに行くことは、楽しみ半分、不安半分だ。自分を知っている師匠ならぜひまた会いたいけれど、今日は改めて「はじめまして」をしないといけない。いい人なのはわかっていても、どう反応されるか読みきれない。
楽しみなのは、その後にオスカーとディナーの予定を入れている方が大きい。虫退治の素材を売ったお金を使い切るくらいの、結構いいお店を予約してもらっている。ここ最近色々とありすぎて疲れているから、一緒にゆっくりできるのがありがたい。
(新年には観劇の約束もあるし)
本音を言うなら、いつでもそんな普通のデートをして過ごしたいのだ。手に余るような事件には巻きこまれたくないし、世界の摂理の問題もさっさと解決したい。それが中々ままならないだけだ。
「ユエル、最近お留守番が多くてすみません。年末にいっぱい遊ぶので、今日は家でいい子にしていてくださいね」
「がってんですよヌシ様。しっかり一発決めてきてください!」
「何をですか……」
「それはもちろんこう……」
来客を知らせるベルが鳴る。オスカーが迎えに来てくれたのだろう。
「それでは、行ってきますね」
よしよしと撫でてから部屋を出る。
門に向かうと、半正装にホットローブ姿のオスカーの前に、父が立ち塞がっていた。
「なんの用だ?」
「ジュリアさんと約束を」
「お父様!!」
駆けよって父を押しのける。今日も事前に言ってあるのに、オスカーにつっかかるのはやめてほしい。
「すみません、お待たせしました」
「いや、問題ない」
「ジュリア、本当に行くのか? そんなかわいくして……。セイント・デイにデートをする男なんてみんなオオカミなんだぞ?」
「大丈夫ですよ、お父様。私は子羊ではないんですから」
そもそもオスカーはオオカミではないと思うけれど、それは言っても入らないだろう。
ホウキを出して横座りで乗る。オスカーも隣でホウキを出して浮かびあがった。
「行ってきますね、お父様」
「早く帰るんだぞ」
「恥ずかしいから子ども扱いはやめてください……」
今回の父は過保護がすぎる。
(過保護っていう意味だと、前もそうだったかしら?)
そういうところには反発して口をきかなかった気がする。無視していたら言われなくなったのだったか。
今は親の気持ちもわかる。苦笑しつつ振りかえる。
「お父様ー! 心配してくれてありがとうございます。大好きです」
父が驚いた顔になる。その先は見ないで出発したけれど、多分、機嫌は悪くないはずだ。
「……すみません、お見苦しいところを」
「いや。クルス氏が心配する気持ちはわからなくはない」
「そうですか?」
「ああ。ジュリアはかわいいからな。今日も一段と」
「……嬉しい、です」
顔が熱い。彼のためにかわいくしたのだ。彼がかわいいと言ってくれる以上のご褒美はない。
「オスカーも。とてもステキで……、すごくドキドキしてます」
「……そうか」
恥ずかしそうに受けとる彼も好きすぎる。
気持ちとしてはこのままずっと二人でいたいけれど、師匠に会うのを一年先延ばしにするわけにはいかない。
(なんでよりにもよってセイント・デイなのかしら……)
その理由は知っているけれど、そう思わずにはいられない。前の時にはこの日を一緒に過ごしたい人がもういなかったから、まったく気にしていなかったけれど。
酒屋で、師匠が好きな種類の中でも上等なお酒を一本買ってもらって、いつも空間転移の出発点にしている街の外に移動した。
「じゃあ、行きましょうか」
「ああ」
差しだした手をしっかりと握られて、空間転移で師匠がいる場所へと向かう。
古代遺跡『名もなき者の墓』。
ホワイトヒルがあるディーヴァ王国から少し離れた国にある。深い森を抜けた先、崖になっている場所の少し手前。何も知らなければ、巨大な岩が不思議なバランスで立っているだけに見える場所だ。観光に来たら確実にがっかりしそうな遺跡である。
師匠の古い友人の墓なのだという。その人が亡くなったのがセイント・デイなため、師匠は毎年この日には必ず墓参りに来て、朝から晩までここで飲み明かす。普段は世界中を流れている師匠に唯一確実に会える場所だ。
遅くなるとへべれけになっていてマトモに話ができなくなるというのもあって、朝イチで来た。
赤紫色の長い髪の背中が見える。面倒ごとを減らすために、エルフの特徴である長い耳をキャスケット帽で隠しているのも変わらない。
周りに大量の酒瓶が並んでいるのもデフォルトだ。それなりに度数が高い酒ばかりで、すでに数本の空き瓶が転がっている。
「スピラ・イニティウムさん」
数歩離れた後ろで足を止めて、彼女の本名で呼びかける。
振り返ったダークエルフが、驚きに目を見開いた。
(ん?)
想定と違う反応な気がするけれど、とりあえず予定通りに話してみる。
「はじめまして。ジュリア・クルスと申します。少しお話をさせていただきたくて。お土産を持ってきました」
「え、待って。あなた、人間? なんでそんなに美味しそうなの?」
「はい?」
(美味しそう……?)
外見も声も、間違いなく師匠だ。なのに前の時と反応が違いすぎて、何を言っているのかがわからない。
オスカーが何かに気づいた顔になり、守ろうとするかのように間に入った。
「……ジュリア。師匠は女性だと言っていなかったか?」
「え、スピラさん、女性ですよね?」
「それどこ情報なの? 私は男だけど?」
「……はい?」
十年近く一緒に旅をしていたのに、完全に女性だと思っていた。会った印象でそう信じて疑っていなかったから、改めて性別を聞いたことはなかったが。
「まあ、よく間違えられるけどね。いつも男からナンパされるし」
軽い調子でケラケラと笑うと、前に一緒にいた頃と同じに見える。
当時、自分は五、六十代だったか。一緒にいても師匠が男性からナンパされていたのを思いだす。
(……うん、師匠が男性だって気づかなかったの、私のせいじゃない気がするわ……)
「で、私に何か用なの? 師匠っていうのは何かな。私は弟子をとったことはないはずだけど」
「えっと……、お話しして信じてもらえるかわからないのですが」
軽く話を聞くだけのつもりだったけど、そこを聞かれるなら話さないわけにはいかないだろう。
自分が時間を巻き戻してここにいること、前の時に髪を切って譲ってもらったこと、代償としてしばらく一緒にいて、その時に色々教えてもらったことをかいつまんで伝える。
スピラが納得したように口角を上げた。
「なるほどね。だからあなたはそんなに美味しそうな、いい匂いがするんだ」
「すみません、まったく意味がわからないのですが。私の話を信じてもらったっていうことでいいのでしょうか」
「それはもちろん。だってあなた、中身は百歳超えてるでしょう?」
今度は自分が驚いた。どのくらい経ってから時間を戻せたのかは話していない。
「……わかるんですか?」
「そりゃあね。エルフは精神年齢が百歳を超えてからが恋愛対象だから。
あなたはまだ熟れて間もない……、ヒトの年齢に直すと十六、七くらいかな。瑞々しくてすごく美味しそう。
しかも魔力量も多い……、へたしたら私以上じゃない? 最高だね。
体の年齢は魔法で自由にできるけど、このあたりはどうにもならないから。
うん、これは前の私からのプレゼントに違いない」
スピラが嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、両手を前に差しだしてくる。
「あなたがほしい。今すぐ私と子作りしよう」
「サンダー」
「トニトルス」
オスカーの本気の攻撃魔法を同じ雷で相殺される。呪文は古代魔法のものだ。
「坊やは誰? 子どもが大人の話に口を挟むものじゃないと思うのだけど」
「すみません、紹介が遅れました。彼は私の最愛の人で、オスカーです。時間を戻す理由になった……」
オスカーの冷えきった声がする。
「謝る必要も紹介する必要もない。この色ボケは消した方がいい」
「ちょっ、オスカー、落ちついて」
彼と師匠の間に体を滑りこませ、彼を止める。
「魔法で勝負をつければいいの? いいよ。私、強いから」
「知ってます……。オスカー、ほんと、勝ち目はないので。落ちついてください」
「……わかった。帰るぞ」
「え、でも、まだ何も聞けてないですよ?」
「他の方法を探せばいい。コレに教えてもらう必要はない」
「えっと……、すみません。一回帰って話しあってきますね。テレポーテーション・ビヨンド・ディスクリプション」
あわてて空間転移でオスカーと出発地点に戻る。
(どうしてこうなったのかしら……)
師匠とオスカーが対立するなんて想定外にもほどがある。




