20 かわいいと言ってくれたのはあなただけでしたよ
商工会長から閉会の挨拶があり、無事に散会になった。出がけに改めて挨拶をしてくる人達を最後まで見送る。
バーバラとフィンは一般客の扱いのため、「またね」と言ってひと足先に会場を出る。バーバラがフィンから離れ難そうだ。
招待客がはけてから、コレクションの持ち主の商工会長と、魔法使いの警備手配の担当だったバートと顔を合わせる。
商工会長が満面の笑みで頭を下げてきた。
「今日は本当にありがとうございました。一時はどうなるかと思いましたが、皆様のおかげですべて無事でした」
「こちらとしても収穫だった。怪盗ブラックは捕らえたが、コレクションが無事に保管場所に戻るまでは気を抜かずに対応させてもらう」
父が答え、外で待機していた二人の部長が引き取っていく。自分たちの仕事はこれで終わりだ。
「僕からもお礼申し上げます。さすがホワイトヒルの魔法協会の皆様でした」
バートが仕事の顔で挨拶をしてくる。
(おじいさんがいるところだと、さすがにトンデモ発言はないのかしら)
ちょっと安心して、こちらも仕事の顔で挨拶を済ませた。
そのまま帰るのだと思って出口に向かおうとしたら、バートに声をかけられた。
「ジュリアさん、この後お時間があるようなら打ち上げはどうですか?」
「ないな」
父とオスカーの答えが重なる。バートが肩をすくめた。
「それは残念。お父様がそうおっしゃるならしかたないですね。では、またの機会を心待ちにして、それまでは放置プレイを楽しんでおきますね」
頭を抱えたくなったけれど、聞かなかったことにしておく。
「一生放置でいいんじゃないか?」
オスカーがぽつりと言ったことも聞き流すしかない。バートがどうであれ、ピカテットの会の約束はある。
打ち上げを断られたバートが、祖父と、フィンを見送って待っていたバーバラと一緒に馬車で帰路についた。
ちょっとホッとする。
残っているのは魔法協会のメンバー五人と母だけだ。
「今日はご苦労だった。明日の休日をはさんで、また明後日」
父がそう告げて別れようとしたところで、ルーカスが声を上げる。
「クルス氏。この後は家族団らん予定なところ悪いんだけど、ジュリアちゃん借りてもいいかな?」
「いいと言うと思うのか? わかって聞いているのだろう?」
「うん。けど、ぼくの一生に関わる重大なことなんだ」
「お前の一生に関わる重大なこと?」
「明日のセイント・デイにぼくの好きな子に会えるかどうかっていうところで、ジュリアちゃんに相談したいんだよね」
(ルーカスさん、好きな人ができたのね)
人を好きになれないみたいなことを言っていたから、喜ばしいと思う。自分で力になれるかはわからないが、全力で応援したい。
「相談させてもらえなかったら一生クルス氏を恨むかも」
「なんでそうなるんだ……」
父が思いっきり眉をしかめる。隣の母がころころと笑った。
「いいではありませんか。あなたも部下には幸せでいてもらいたいでしょう?」
「……わかった。が、条件がある」
「あ、ぼくと二人きりにはならないし、オスカーと一緒に家まで送るよ。三人一緒ならいいでしょ?」
「……話が早いな。あまり遅くなるなよ」
「了解」
ルーカスが満足げに答えてからこちらに向いた。
「ジュリアちゃんとオスカーはいい?」
「ああ。自分は構わない」
「はい、喜んで」
いつもルーカスには力になってもらっている。そのルーカスの相談に乗れるのは嬉しい。
「ストンさんも一緒に来る?」
「あなたの色恋にはスズメの涙ほども興味がないのですが」
「あはは。そうだよね。じゃあ、また明後日」
ルーカスが笑顔でひらひらと手を振ってストンを見送る。
「じゃあ、行こうか。個室があるところがいいんだけど」
「なら、いつもの店だな」
ユエルは連れていないけれど、使い魔が入れることを除いても使い勝手がいい。すっかり常連だ。
食事が運ばれてきて店員が来ることがなくなったタイミングで、ルーカスが雑談を切りあげた。
「さて、と。じゃあ、本題に入ろうか」
「はい」
「ジュリアちゃん、今度は何を考えてるの?」
「え」
完全に想定外の質問だ。
「待ってください。ルーカスさんの好きな人についての相談じゃないんですか?」
「うん。ああ言っておくのが一番簡単かなって思っただけだよ。打ち上げはバートが断られた二の舞になるだろうし、許可がおりてもストンさんがついてくる可能性が出ちゃうし。今夜三人だけになる理由としては最適でしょ?」
ルーカスの言葉を思いだす。明日のセイント・デイに関わるという部分で、今日じゃないといけない切羽つまった感じがした。
好きな人ということで、女性のことを女性の同僚に相談したいという名目が立つ。
加えて、ストンを誘って断らせることができて、仲間はずれにしたのではなく本人が断ったという形になった。
確かに、こうして三人で話せる場を作るのには最善なような気がする。
「じゃあ、好きな人がいるというのは……」
「いるけど、明日会えないのはわかってるからね」
「……そうなんですね」
(人を好きになることはできたけど、難しい相手っていうことかしら)
ルーカスが誰かを好きになれたのだとしたらステキなことだけど、セイント・デイに誘えないような相手というのは心配だ。
「そんなわけだから、ぼくが言ったことはただの口実で。こうやってきみたちと話すのが目的ってこと。
明後日まで待たない方がいい問題を抱えている気がしたからそうしたんだけど。どう?」
「問題……」
そう言われると、確かに問題はあった。明後日まで待てないほどではないけれど。
「実はパーティが始まる前に……」
あの場にいなかったルーカスに、バートが変態になっていた件の一部始終を伝える。
「ちょっ、何それ、おもしろすぎるんだけど」
お腹を抱えて笑われた。
「確かにそんな感じの片鱗はさっきも垣間見えてたもんね」
「あの、一応、困ってるんですが……」
「うん。まあ、一応だね。聞いてる感じだと前より害がなさそうだから、放っておけば?」
「害、ないんでしょうか……」
「自分はものすごく不快なのだが」
「オスカーが不快なことを害だとすればそうなんだろうけど、実害はないでしょ? 別に二人がつきあっててもいいっていうんだし。
ジュリアちゃんに色々されたいみたいだから、無理矢理っていうのももうないだろうし」
「まあ確かに、先週のような怖さは感じなかったですが」
「一回燃やすか凍らせるか雷を落とすかはしたいのだが」
オスカーが言うと本気なのか冗談なのかわからない。ルーカスが軽く受け流す。
「あはは。どうどう。何かできるとしたら、ジュリアちゃんが命令することかな。ジュリアちゃんがステイって言えば、喜んでステイすると思う」
「それはむしろ喜ばせるだけなんじゃないか?」
「それで味方になるなら安いんじゃない? 新しい使い魔が増えたくらいな感じで接すれば十分だと思うよ」
「あんな使い魔はいりません……」
「ハァ……」
オスカーが深くため息をついて、少しお酒を含んだ。
「ジュリアは前の時もこんな感じだったのか?」
「こんな感じとは?」
なんのことかわからなくて小首をかしげる。
オスカーが少し言いよどんで、言いにくそうにしつつも言葉を変えてくれる。
「こんなふうにフィンやバートに言い寄られていたのか?」
(あ、なるほど。そういう意味ね)
「いえ。フィン様は暗殺されて亡くなっていましたし、バートさんとはまったく接点がなかったので。
私を好きだとかかわいいとか言ってくれたのはあなただけでしたよ」
「……前の自分が羨ましい」
「あはは。だいぶ苦労が増えたね。がんばれ」
「他人事だと思って……」
「ご苦労をおかけしてすみません……」
それは本当にそうなのだ。フィンとバートのことだけじゃない。再会したころに傷つけたのもそうだし、なかなか普通のデートができないし、問題を解決する努力はしても本当にできるかは未知数だ。
それなのにこんなによくしてくれて、つきあってくれる今の彼には頭が下がる。前の時も感謝していたけれど、いっそう、感謝が尽きない。
深々と謝ったけれど、オスカーは首を横に振った。
「いや、ジュリアの問題ではないからな」
本当にそう思っている感じの彼が好きすぎる。
「それはそうと、ぼくが今聞きたいのはバートのことじゃないんだよね」
「え、違うんですか?」
「問題っていう聞き方が悪かったかな。怪盗ブラックと一緒に姿を消す前と帰ってきてからだと、ジュリアちゃんの顔が違うから。
捕まえられました、よかったね、っていう感じじゃないって言うのかな。何を考えてるの?」
そう尋ねてくるルーカスは笑顔なのに、目が笑っていない。
「自分も気になっていた。ブラッドとトールのやりとりを聞いてから、だな。明日にでも聞こうと思っていたが」
「オスカーは明日もジュリアちゃんに会えるもんね。ぼくは今日を逃したら明後日になっちゃうし……、なんなら今夜にでも、きみは動いちゃう気がしたから」
ドキッとした。家に帰ってからゆっくり考えようと思っていたけれど、ルーカスが言う可能性はゼロではない。
(オスカーにも気づかれてたんだ)
そんなに顔に出ていたのかと思うが、二人とも心配してくれているのはわかる。
オスカーが静かに問いかけてくる。
「考えを共有してもらえるだろうか?」
「はい。あなたとはそうする約束ですし、ルーカスさんも一緒に考えてもらえるなら心強いです」
そう答えると、二人の表情が少しゆるんだ。




