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19 父をごまかしてパーティ会場に戻る


 オスカーが胸ポケットからチーフを取りだす。

「ブラッドが詠唱できないように口を塞ぎ、自分が捕らえておく。ジュリアはミスリルプリズンを解除してクルス氏の元へ。ごまかすぞ」

「っ! わかりました! ありがとうございます」

 オスカーが事情を知ってくれていて、全面的に味方してくれるのが心強い。


「トールと言ったか。空間転移で逃げるならジュリアが解除してすぐに。一歩でもこちらに近づいたり、他の魔法を詠唱しようとしたりするなら相応の対処をする」

「いたし方ありませんな。冠位が来た上に、お嬢さんの能力が未知数だ。ここは引き下がるのが得策でしょうな」

 話しながら、オスカーがブラッドにさるぐつわを噛ませ、捕縛した状態の腕を改めて確保する。


「リリース」

 父が次の呪文を唱える前に急いでミスリルの檻を解除して窓を開けた。

「お父様! 怪盗ブラックを確保しています!」

 声をかけて、すぐにホウキを出して飛びだす。さすがに周りに被害が出るような魔法は使わないと思うが、念のために急いで五体満足な姿を見せた。


「ジュリア! 無事か!」

 窓から出たところですぐに父が合流した。

「はい、お父様。……どうやってこちらへ?」

「通信の魔道具を追ってきた。が、建物の窓に当たったと同時に落下したため、魔法封じがかかっているのではないかと思ったのだが」

(通信の魔道具って……、そんな無茶な)

 自分や魔法卿なら普通に追えるだろうが、父は全速力でギリギリ、厳しいところではないだろうか。

「……私のために無理をしてくれたのですね」

「無理というほどではない。視力強化でなんとか目視は保てたからな」


「オスカーが怪盗ブラックを確保しています。お父様に捕え直してもらえると助かるのですが」

「ああ。行こう」

 父を伴って窓から部屋に戻る。様子は出た時と変わらない。ただトールの姿だけがなくなっている。

「すみません、トールは逃してしまったのですが」

「いや、まずはお前たちが無事でよかった。その上ブルーミスリルが戻り、怪盗ブラックも確保したのだから十分だ」


「魔法協会は俺を怪盗ブラックって呼んでるんだな。当たらずとも遠からずか」

 本人のつぶやきに続ける形で父に報告する。

「トールがブラックをブラッドと呼んでいました。あと、トール自身が先代の魔法卿の足だったそうで、ブラッドは本来なら当代の足になる予定だったと」

「なんだと……? 魔法卿に仕えていた空間転移が使える師弟……。怪盗ブラックの正体は弟子のブラッド。貴重な情報だな。本部に上げておく」


「クルス氏。自分が捕まえたままの状態でも、魔法封じの檻に入れられるだろうか。拘束とさるぐつわだけでは逃走防止に心もとない」

「問題ない。片手は触れたままでいい。アイアンプリズン・ノンマジック」

 鉄格子がうまくオスカーの腕を避ける形で、ブラッドだけを閉じこめる。これで完全に逃げられなくなったはずだ。

 オスカーと共にひとつ息をついた。


「だとすると、魔法封じのミスリルの檻……、最上級魔法を使っていたのはトールという魔法使いか。魔法卿に仕えられるほどの魔法使いならさもありなんだな。

 魔法使いが体を鍛える意味をあまり重視してこなかったが、武闘派のオスカー・ウォードがジュリアと共にいてくれて助かった」

 父が勝手に勘違いしてくれることに対しては何も言わない。そうなるよう誘導できたらとは思っていたけれど、なんとかなったようだ。もう一段、ホッとした。


 ブラッドが何か言いたげにこちらを見ているが、口を動かすそぶりはない。

(どうかこのまま黙っていて……って思うのは都合がよすぎるかしら)

 事情聴取がソラルハムか本部で行われた時にどう言われるかは心配だけど、もし話が回ってきたら、ミスリルプリズン・ノンマジックなんて使えないと言い張るしかない。


 怪盗ブラックは本部から指名手配が出ているため、ソラルハム(ここ)の魔法協会支部に身柄を預けた。移送元がソラルハムでもホワイトヒルでも大差ないからだ。

 父がソラルハム支部の魔道具を借りて、本部に確保の一報を入れた。確保したのは「ホワイトヒル支部のオスカー・ウォード」ということにしてもらった。

 オスカーは連名を主張したが、自分の名前で功績を残したくなくて彼に押しつけた形だ。父からすると見習いの自分が足を引っ張らなかっただけで偉いとのことで、特に疑われはしなかった。


 ブルーミスリルのロッドは台座ごとフローティン・エアをかけ、父がホウキと繋いで運ぶことになった。こればかりは持ち帰らないといけない。

 父が飛んで運ぶ後ろをオスカーと二人で見守りながら飛んで帰る。


「オスカー、助かりました。ありがとうございました」

 なんのこととは言わずにそれだけ伝える。彼にはきっとわかって、父に聞こえたとしても問題ない言葉だろう。

「ああ。ジュリアに何事もなくてよかった」

 彼から返ってくるのも同じような表現だ。父に知られずに、勘繰られなくて本当によかった。そんな意味だろう。

「はい。みんなあなたのおかげです」

 今ここにいられるのは本当に彼のおかげだ。さっきのことだけではなくて、もっとずっと前から守ってもらっている。

 ありがとうと大好きがあふれて止まらない。



 会場に戻ったのは閉会予定時刻の少し前だった。父がホウキとロープを解除して、フローティン・エアで台座ごと運び、元の場所に戻すと拍手喝采が起きる。

(全部演出だと思われてる……?)

 とっさにルーカスが入れたアナウンスの功績だろう。本気の攻防をただのエンターテイメントだと認識させて、会場のパニックを抑えたルーカスの功績は大きい。


 会場内にルーカスとストンの姿を見つけた。とりあえず通信を入れておく。母も安心するだろう。

『ジュリア・クルスとオスカー・ウォード、ただいま帰還しました』

『うん、おかえり』

『おかえりなさい、ジュリアさん。お怪我はありませんか』

『ありがとうございます、ストンさん。私もウォード先輩も無傷です。怪盗ブラックは父がソラルハムの魔法協会に任せてきました』

『空間転移が使える魔法使いをよく捕まえられましたね』

『はい。色々偶然が重なって』

 ということにしておく。


 話していると、バートがパートナーのベッキー・デニスを置いて駆けよってくる。

「ジュリアさん、無事でよかった」

 抱きつこうとするかのように腕を広げたと認識したのと同時に、オスカーの背中でバートが見えなくなる。

「近づくな、変態」

「いやいや、これは仕事上の確認だ」

「それなら自分が受けても問題ないだろう」

 バチッと火花が散った気がする。


 バーバラとフィンもやってきて、フィンが声をひそめる。

「リアちゃん、さっきの、演出じゃなかったよね。裏魔法協会の二人がいたし」

「はい。すみません、フィン様。裏魔法協会、また取り逃してしまいました」

「いや、もう僕は狙われていないから、それは大丈夫。君が敵と一緒に姿を消したから心配していたんだけど、無事でよかった」

「ありがとうございます」


「ジュリア、かっこよかったわよ。本当、お兄様なんて足元にも及ばないわ」

「ああ、足元っていうのもいいね。ジュリアさんになら踏まれたい」

「……お兄様、一度お医者様に診てもらうといいですわよ」

 まったくもって同感だ。サンダーボルト・スタンは気絶だけの安全な魔法だと思っていたけれど、精神に影響を及ぼした可能性を考えてしまう。

(できるだけ使うのやめよう……)


「いや、必要ないね。なぜなら俺は今、未だかつてないくらいの高揚感があるから」

「セイント・デイのパーティでパートナーを置いて他の女性のところに来る時点で、理性がお留守だと思いましてよ。女の嫉妬は怖いのだから、ちゃんとパートナー役の方のケアもなさいませ」

「向こうは仕事で組んでて、お互いに全く気がないのに?」

「それとこれとは別ですわ。あの方、容姿にプライドがありそうですもの。殿方がみんな自分よりもジュリアを構うの、すごく不満だと思いますわ」

(……あ、なるほど)

 バーバラの言葉がすとんと腑に落ちる。ベッキー・デニスに何もした覚えがないのに、なんとなく敵意を感じたのはそういうことだったのか。わかったところで、自分にどうにかできることではないが。


 バートがぽんと手を打った。

「ああ、なるほど。それはよろしくないな。俺のせいでジュリアさんが悪く思われるのはよろしくない。ちゃんとしつけておかないと」

(ん?)

 なんだか言葉が物騒だ。

「それでは、ジュリアさん。またパーティの終わりに」

「来るな」

「いやいや、終了時の顔合わせは仕事ですから」

 よそ行き用の顔になって、バートがデニスの方へと戻っていく。


「フィンくんも。今日はちゃんとわたしのパートナー役をしてくださいませね?」

「はいはい。お嬢様のお望みのままに」

 フィンが軽く肩をすくめて、バーバラに連れられていく。兄に言った言葉がフィンにも聞かせるものだったなら、バーバラもバーバラで策士なのかもしれない。敵対したままにならなくて本当によかった。


「ジュリア、疲れただろう。少しゆっくり、飲み物でもどうだろうか」

「はい。ありがとうございます」

 オスカーの声も言葉も、とても安心する。ほんの一言で、色々あった疲労感が溶けていく。

 腕を組み直して、たくましい彼の腕にそっと頭を擦りよせる。

(大好き)

 彼がここにいることが、とても幸せだ。


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