17 [ルーカス] 事件後のパーティ会場
会場の中央に飾られていたブルーミスリルのロッドが、めまぐるしい魔法戦の末に台座ごと姿を消した。
(やられたね。魔法封じの檻を解除できる魔道具があるのはさすがに想定外)
事前にこれまでの魔法協会の対応も聞いていたけれど、怪盗ブラックが解除の魔道具を使ったという話はなかった。
そもそも一般的な魔道具ではないし、聞いたこともない。闇ルートだろう。存在が知られていれば魔法協会に注意喚起が流れるレベルのものだから、おそらく出回り始めたのは最近だ。
(召喚士っていう情報もなかったしね)
今まで対応してきた魔法協会の支部は、キャットバットを召喚しないと立ちいかなくなるほど追いつめたことがなかったのだろう。
怪盗ブラックは予告しないため、現れるかは定かではない。何パーセントかもわからない可能性に対処するために、近隣や中央にヘルプを頼むのは難しい。冠位がいるホワイトヒル支部は戦力に恵まれている方だ。
怪盗ブラックがこれまで余力を残していたのか、あるいは冠位がいるのを知っていて対策してきたのか。
いずれにしろ、相手の方が上手だったということだ。
(うーん……、悔しいなあ)
こういう場面で読みきれなかったのは初めてだ。
想定するにしても情報が足りなすぎたと言えばそれまでだが、どちらも可能性としてゼロではない範囲のことだ。織り込めなかったのが悔しい。
が、まだ完全にしてやられたと言うには早い。
ジュリアとオスカーがブラックと一緒に消えている。
(キャットバットを無視してつっこんでいくなんて、あいかわらずジュリアちゃんは無茶するよね)
他の全員がどうこの場でブラックを捕らえるか、盗まれないようにするかを考えていた中で、ジュリアだけはブラックが空間転移で逃げた後に捕らえることを考えていたように思う。
(クルス氏がいないところの方が自由に動けるもんね)
ジュリアの足枷にならず、全面的に協力できるオスカーを連れて行けたのも僥倖だ。
裏魔法協会のトールの姿もないのは懸念されるけれど、あとは二人を信じて任せるしかない。
残された自分は、こちらでできる範囲でジュリアが動きやすくなるようにするのが最善だろう。
クルス氏が会場の上の方に強風を起こし、残りのキャットバットを巻きこんで次々に気絶させて捕らえ、魔法封じの鉄の檻に入れた。魔法封じの中にいる限りは再召喚されず召喚者の元には戻れない。
安全が確保できたのを確認できたタイミングで、ストンが全体にかけていた防御魔法を解除する。
わずかな間があってから、わっと拍手が湧きあがった。
「ブラボー!」
「凄いぞ、魔法協会!」
「見事!」
「こんなに間近で魔法を見たのは初めてですよ」
「ワイバーンの襲撃から街を守ってくれた時も凄かったけど、遠くからしか見えませんでしたものね」
「魔獣まで出してくるなんて本当にすごいな」
思い思いの賛辞が聞こえてくる。興奮した熱気が全体を包んでいる。
(うん、アナウンスは正解だったね)
一般人のパニックほど危険なものはない。戦闘の邪魔になるだけでなく、あわてて逃げようとすることで折り重なる事故が起きて死亡することすらありえる。パフォーマンスだと思ってくれたおかげで、誰ひとり怖れなかったのは本当によかった。
『デレク・ストン、ルーカス・ブレア。打ち合わせのために会場裏へ』
通信を入れてきたクルス氏の声は切羽つまって聞こえる。後についてストンと共に移動する。
バート・ショーと彼の祖父も慌てた様子で追ってくる。祖父の方は年齢のせいか脂肪のせいか、走っていても遅い。
バートたちに聞こえないように通信の魔道具で連絡を入れる。
『クルス氏。裏魔法協会のラヴァが出口から出ようとしてるけど、今日は見逃すってことでいいのかな?』
『ああ、そちらは後回しだ。指名手配は回っているから、他の魔法協会支部でも追っているはずだしな』
会場を出たところでバートの祖父、商工会長が、汗を拭きながらまくしたててくる。
「ブルーミスリルが盗まれたが、どうするんだ?!」
「こちらの魔法使いが二人、ブラックとともに転移している。まだ逃したわけではない」
「ジュリアさんとオスカー・ウォードですね」
祖父よりもバートの方が冷静に見える。展示品への思い入れが違うだけかもしれないが。
「ブルーミスリルよりもジュリアさんが心配なのですが」
「ストンさん、一応建前でブルーミスリルとオスカーも心配してあげてね。とりあえず連絡を入れてみようか。対応距離が短いから届かないと思うけど」
提案とほぼ同時にクルス氏が通信の魔道具を起動する。
『ジュリア・クルス、オスカー・ウォード、現状報告を』
まったく反応がない。近距離の通信の魔道具の効果範囲から出てしまっているのは間違いなさそうだ。
「インフォーム・ウィスパー。ジュリア・クルス、オスカー・ウォード、可能なら現状報告を」
クルス氏がすぐに連絡魔法も試す。
が、それも空に飛んでいって見えなくなった。見える範囲で降りてはいないから、この街にはいなさそうだ。
近隣の街は連絡魔法が届く距離にない。返事がくる可能性は低いだろう。
「うーん……、とりあえず二人に任せるっていうのは?」
「あの二人でブラックとトールの相手は荷が重いだろう。オスカー・ウォードはまだしも、ジュリアはまだ見習いだ」
そのジュリアが実はクルス氏よりもずっと強い。彼女が自由に魔法を使える状況なら何も心配はいらないだろう。むしろヘタにこちらが関わって彼女の動きを制限する方が心配だ。
と思うけれど、それは言えない。神妙にクルス氏の言葉に頷いておく。
「ルカ・ブレア。前にジュリアたちが、同じように空間転移に巻きこまれて行方不明になった時に見つけたのはお前だったな」
「うん、そうだね」
そういうことになっているけれど、正確にはジュリアが空間転移でオスカーを連れて姿を消した時だ。この事実もクルス氏は知らない。
「報告では、連絡用の魔道具を追ったのだったか」
(いいところに目をつけたね。ぼくにとってはイヤなところだけど)
そう思うが、一度報告してしまっている。正直に話すしかない。
「ぼくのスピードじゃ追いきれないけど、方向くらいはわかるかと思って。で、思ってたより近くまでオスカーが戻ってきてて返信を飛ばしてくれたから、すぐに見つけられた感じ」
「同じ方法で、私なら追えるかもしれない。距離にもよるが、視力強化もかければいくらかはいけるはずだ」
「けど、向こうって戦闘中かもしれないから、連絡用の魔道具が飛びこんだら邪魔にならないかな」
なるべくなら放っておく方に話をもっていきたい。
「ジュリアたちを見つけたら、魔道具が到着する前に回収するのがいいかもしれないな。……魔道具を飛ばして私が追う。この場はお前たちに任せる。引き続き会場の安全確保を」
「りょーかい」
「かしこまりましたが」
クルス氏がホウキを出して、最速で魔法協会に魔道具を取りに行く。
(ごめんね、ジュリアちゃん。お父さんは心配症で、止めきれなかったよ)
行かせない方がジュリアにとっていいのは分かっているが、自分と違ってクルス氏には安心できる材料がない。娘を溺愛しているクルス氏があの反応をするのは仕方ないだろう。
(遠くまで転移してるといいんだけど)
ホウキでの移動に時間がかかることを祈るばかりだ。
「……ルカさん、地声はけっこうハスキーなんですね。交渉を担当していたルーカスさんの声に似ている気がするのですが、ご兄弟ですか?」
クルス氏が見えなくなったところで、バートに驚いたように言われた。
「いや? 本人だよ。ルカは偽名ね」
さらりと暴露すると、鳩が豆鉄砲を食ったようになる。まったく気づいていなかったのだろう。ちょっとおもしろい。
「一応言っておくと、趣味じゃなくて仕事だから。魔法使いのお姉様方よりぼくの方が適任だったっていうだけの話」
そこまで言ってデレクと腕を組み直し、女性の演技に戻る。
「じゃあ、わたしたちは指示通り、会場に戻りましょうか」
「ハァ。心底オスカー・ウォードがうらやましいのですが」
「そりゃあみんな、組むならジュリアちゃんがいいわよね。かわいいもの」
「あなたもそう思っているというのは意外ですが」
「そう?」
ストンの言葉を笑って流す。
彼女から好きだと言われた余韻は抜けていないけれど、誰にも気づかれていない自信はある。




