16 乱戦! 怪盗ブラック捕獲戦
『リリース。外側は解除しましたが』
意味をなさなくなり、逆にこちらからの攻撃の妨げになるプロテクション・スフィアが瞬時に解かれた。元から想定にあった動きだ。
『アイアンプリズン・ノンマジック』
父の詠唱が続く。通信の魔道具を繋いでいる間は、擬似的な無詠唱の状態になる。避けられやすい檻系の魔法でも不意打ちで捕まえられる可能性があるし、展示品ごと魔法封じで囲めば、避けられたとしても効果は高い。
「キャッチ・アップ」
「スパイダー・ネット」
父の声と同時に、裏魔法協会のラヴァとトールの声がした。詠唱が短いぶん先に発動し、怪盗ブラックに追尾型の縄と蜘蛛の巣型の網が向かう。
「フローティン・エア」
裏魔法協会からの捕縛を避けるために怪盗ブラックが浮遊魔法で浮かんだため、父の魔法封じの鉄の檻は展示品を広めに囲う形になる。
ブラックは捕えられなかったけれど、空間転移でも展示品を持ちだせなくなったはずだ。
追尾の縄が追い、
「ファイア」
ブラックが小さめの炎で燃やす。
(来場者を巻きこむ戦い方はしないのね)
今まで人的被害は出たことがないと聞いている。盗み自体が悪いことではあるが、怒りや嫌悪感がわかないのはそういうところなのだろう。
「エンハンスド・ホールボディ」
最初にストンが結界を解いたのと同時にオスカーは身体強化を唱え、ブラックが浮かんだ瞬間に跳躍する。
「フライオンア・ブルーム」
オスカーの跳躍と同時に自分はホウキで浮かびあがった。
ルーカスの声がする。
『ヒュージ・ボイス。会場がパニックにならないようにアナウンスを入れるから、みんなは思う存分やっちゃって』
ルーカスが話す間に、誰にも聞こえないように小声で呪文を唱える。
「ノーン・インセンテティオ」
無詠唱で魔法が使えるようになるチートの古代魔法だ。詠唱は必要なくなるが、詠唱してはいけないわけではない。聞かせずに使う魔法と、表立って使っているのを見せる魔法を使い分けるためだ。
(スパイダー・スレッド)
続けて無詠唱で魔法を発動させた。ほとんど目に見えない細さの丈夫な糸がブラックへと延び、その体をひと巻きして貼りついた。
認識されにくい追跡用の魔法だ。通常は糸をたどって後を追うのだが、空間転移の場合は一緒に転移できる。
父の魔法封じの檻で展示品が盗まれる可能性は大きく減っているが、念のための保険だ。
習ったことにはなっていない魔法だけど、誰にも気づかれなければ問題ないだろう。
(あとは空間転移されそうになったらなるべく近くに行って、触れたように見せればいいはず)
実際に触れたかどうかではなく、触った可能性があるように見せられれば、ごまかしきれるはずだ。
魔法協会の仲間からさえ離れれば、いくらでも戦い方はある。
ルーカスの声が流れる。
「会場の皆さん、魔法を使ったサプライズ演出はいかがでしょうか? 皆さんの安全は魔法協会が保証します。どうぞ手に汗を握ってお楽しみください」
ざわつき始めていた会場が一瞬にして熱気に変わった。
(すごい……!)
ルーカスのこういうところは、他のメンバーにはマネできない。
『プロテクト・シールド。来場者の安全は私が請け負いますが』
アナウンスの声に被る形でストンが言った。参加者の頭上をほぼ透明な防御魔法が覆う。会場全体で、なかなかの規模だ。
シールドの内側から外には出られるし、攻撃魔法も撃てるが、逆は弾く。これだけでもイニシアチブが取れるだろう。
仲間といると自分は動きにくくなるけれど、代わりに、自分ではすぐに思いつかないような最善の手をみんなが打ってくれる。それはすごいことだと思う。
この間に、ブラックを捕まえようと、父とオスカー、裏魔法協会のトールとラヴァが入り乱れての乱戦になっている。
トールとラヴァも捕獲前提の戦い方で、以前自分たちと戦った時のような大技は出ない。そのぶん、とてもやりにくそうだ。
戦いにくそうなのは父も同じで、ストンが来場者の上に結界を張っているとはいえ、なるべく会場も壊さない方がいいため、得意な大技が使えない。
一番ブラックを翻弄しているのは身体強化をした上で鉄の剣で斬りこむオスカーだ。乱戦になっているぶんいつもよりやりにくそうだし、ブラックも部分強化でなんとか反応しているが、どんどん追いつめているように見える。
(カッコイイ! って、今はそうじゃない)
「エンハンスド・ホールボディ。キャッチ・アップ」
自分にも身体強化をかけて周りの動きを見やすくしつつ、捕獲用の縄魔法を投げる。
ルーカスからもブラックの方へと縄が飛んだ。
「クッ、今回は随分と大所帯だな。冠位じゃあきたらず師匠までひっぱり出してくるとはな」
いろいろな方向からの捕縛がブラックを捕らえたかと思った瞬間、
「サモン・ファミリア!」
ブラックを中心に、小型の黒い魔物が大量に飛びだし、口から火を吹いて網や縄を燃やした。
「キャットバット?!」
「召喚士か?!」
使い魔を自分の元に呼びだす魔法を使う魔法使いを召喚士と呼ぶことがある。魔物と使い魔の契約ができる魔法使い自体そう多くない上に、喚ぶための魔法も特殊なため、あまり見ない。
自分もやろうと思えば契約して喚べるが、そうしたいと思わなかった。ユエルやリンセ、クロノハック山の他の魔物やワイバーンたちと、魔法での使い魔契約は結んでいない。
キャットバットはコウモリの翼を持った黒猫だ。小型魔獣の中では凶暴な部類に入る。特筆すべきはそのすばやさで、強化魔法なしには目で追うのも厳しい。
救いがあるとすれば、サイズが小さいおかげで殺傷力は高くないことか。するどいツメは深くは入らず、吐きだす炎もファイア程度だ。
が、翻弄されて、集中して魔法を唱えられなくなるのが一番やっかいだ。魔法使いには相性が悪い魔獣だと言える。
(プロテクション)
炎でスパイダー・スレッドが燃やされないように防御魔法をかけておく。
捕獲魔法を処理したキャットバットたちが襲いかかってくる。
「ウインド! アイアン・プリズン」
風魔法でキャットバットが向かってくるスピードを落とし、少し広めの鉄の檻に閉じこめる。一、二羽はつかまえられるが、数が多くて焼石に水だ。
魔法協会も裏魔法協会もその対処に追われ、数匹が連携してオスカーの動きも封じられる。相手が魔獣とはいえ来場者の真上で一刀両断にして会場を血まみれにできないというのも動きにくい理由だ。
ストンが結界を重ねがけする。来場者には傷ひとつつけない意思が感じられる。
木の檻しか作れないルーカスは、それを燃やせるキャットバットを捕まえられない。その視線は常にブラックを見定めつつも、風魔法で応戦するのが精いっぱいなようで、かなり部が悪い。
ひととき自由になった怪盗ブラックが、ブルーミスリルのロッドを囲んでいる魔法封じの鉄の檻に降りたった。
胸ポケットから何かを取りだす動きが目に入り、イヤな予感がする。
「プロテクション!」
自分に防御魔法をかけて、高速でホウキを飛ばし、キャットバットたちを無視して弾き飛ばしながらブラックの元へと向かう。
ブラックが小型の魔道具のようなものを鉄の檻の上に置き、魔力を流して起動する。
バチッ。
一瞬、光が檻を包み、魔法封じの檻がそこから消える。
(檻魔法を消せる魔道具?! そんなものがある?!)
魔法封じは魔道具の起動も阻害するけれど、外側であれば影響されない。魔法封じの檻で展示品を囲まれる可能性を見据えて準備した怪盗ブラックがすごいと思うべきか。
「テレポーテーション・ビヨンド・ディスクリプション」
ブラックがブルーミスリルが入った台座に降り立って詠唱を始めたのと同時に、
「オスカー!」
キャットバットをさばいてブラックに向かってきたオスカーに手を差しだす。
合わせて、可能な限りブラックへと反対の手を伸ばした。実際に触れられるかどうかより、自分たちが一緒に転移したのは術者に触れていたからだと周りに思わせることが大事だ。触れられなくても、保険が一緒に転移させてくれる。
オスカーと指先が触れた刹那、ブラックの転移に伴って景色が変わった。




