15 コレクションの到着と怪盗ブラックの出現
バックミュージックとして演奏されていた曲が一旦やみ、注目を集めるような太鼓の音がした。拡声の魔道具を通してアナウンスの声がする。
「ご来場者の皆様、お待たせいたしました。今年の目玉が到着いたしました」
入り口から、会場中央にある台上までの道があけられ、レッドカーペットが敷かれた。
(とりあえず移送に問題はなかったみたいね)
相手は空間転移を使う魔法使いだ。空間転移で行けるのは、術者が行ったことがあり明確にイメージできる場所に限られる。
移動している途中はタイミングを合わせるのが難しいため、もし現れるなら会場内の方が可能性が高い。
とはいえ、待ち伏せもありえるから念のためにと、移送にはアマリアとファーマーの二人の部長が同行した。
まだ魔法協会は開いている時間で、ヘイグは留守番を任されている。臨時依頼部門が一番、日常的な対応が多いという理由での割り振りだ。
「人魚のミイラとホワイトドラゴンの牙。そして、特大のブルーミスリルがあしらわれたロッドです」
警備服のごつい男たちによって三点が運びこまれてくる。アマリアとファーマーは入り口の外で待機のようだ。
ブルーミスリルのロッドが中央、他二つがその両側のケースに収められ、カギがかけられた。
展示中は台上に人が上がらないよう、豪華に見える金色のロープが張られる。
ストンとルーカスのペアが目立たないようにしつつ台の近くに寄った。このタイミングで防御魔法をかけておくのだろう。
(台全体をおおう形のプロテクション・スフィアと、展示品を台座ごと包む形でのプロテクト・ウォールかしら)
どちらも相手が一般人だったり、普通の魔法使いだったらかなり有効だ。けれど、空間転移対策としては弱いと思う。
(うーん……、防御魔法には魔法封じを付与できないのよね……)
檻と違って、敵ではなく自分や味方を入れる前提だから当然だが。
もし事前に立ち台の位置や展示位置を知っていれば、プロテクション・スフィアの中に転移できてしまう。
プロテクト・ウォールがかかっていても、台座ごと空間転移で持ちだして時間で魔法が切れるのを待てば、中身を取り出せてしまう。
ケースには物理的なカギもついているが、魔法使い相手ではほとんど意味がない。
展示品を守る上での理想は、魔法封じの檻で立ち台ごとおおってしまうことだ。魔法封じの中には空間転移もできないし、もしできたとしても魔法が使えなければ、なす術がない。
けれど、会場の展示品を檻の中に入れるわけにはいかないのだろう。半透明のミスリル・プリズンであっても、ほぼ透明で気にならない防御魔法よりはずっと鑑賞の邪魔になる。
この状況でできる最善が、今の形なのだろう。
(あとはどこに現れるかと、現れた時の初動ね)
鑑賞と歓談の時間が取られ、来場者が思い思いに話しながらコレクションを眺める。
会場にとけこむために一応鑑賞しておく。
(人魚……?)
子どもくらいの大きさのミイラだ。あまりヒトっぽくはなく、サルと魚を足したように見える。
人魚自体は実在すると言われているけれど、自分も会ったことはない。海の底から上がってくることはなく、ほとんど目撃例がない。
「珍しいものばかりですね」
「お祖父様の趣味なのよ」
近くにいるショー兄弟に投げかけたら、バーバラにバートが続いた。
「人魚のミイラは眉唾で、騙されていると思います。あるいは、騙されたふりをしているのかもしれませんが」
「お祖父様、ロマンがある珍品が特に好きなのよね。以前はユニコーンのツノを買っていたわ」
「ああ、海のイッカクのツノだったやつな」
ユニコーンも実在している。人魚よりは目撃例があるけれど、本物のツノは希少素材だ。装備や魔法薬の材料にされ、鑑賞用としては残らないイメージがある。
「けど、ホワイトドラゴンの牙とブルー・ミスリルは間違いなく本物です。そのあたりは信頼できる鑑定士がいるので」
ホワイトドラゴンの牙は大きさも形もそれらしい、しっかりしたものだ。
ブルーミスリルはキラキラと存在を主張している。ブルーダイヤモンドより色が薄く、光の加減によっては七色に光る。独特な存在感だ。
気を張って様子を見るけれど、特に異常は起きない。最後まで何もなく、ただの取り越し苦労ならそれに越したことはないと思う。
しばらくして、また会場の音楽が変わった。ダンスの時間になったようだ。
「ジュリアさん、一曲お相手願えませんか」
「それは僕もお願いしたいな」
バートにフィンが続いた。
「すみません、今日は仕事で来ているので」
「なら、来年は仕事ではなく本当に友人として招待させてもらいましょう」
バートがにこやかに言った。なんだかうまく嵌められた気がする。バートのこういうところは苦手だ。
「フィンくん、踊りましょう? ジュリアも。あまり難しい顔をしていると浮きますわよ。ウォードさんと踊っていらしたら?」
バーバラがそう言ってウインクを投げてくれる。援護射撃なのだろう。
ダンスエリアに出たバーバラとフィンはステップに迷いがない。さすがだと思う。
(ダンスなんて久しぶりすぎるのだけど、踊れるかしら……?)
自分も習ってはいる。十代前半の教養として。前の時ならいざ知らず、今からするとはるか昔だ。
どうしたものかと思ってオスカーを見る。オスカーが会場を見回してから、手を差しだしてくる。
「最愛の、ジュリア嬢。自分と一曲、踊ってもらっても?」
(ひゃああああっっ)
仕事モードで居続けるつもりだったのにムリそうだ。正装のオスカーの破壊力がすごい。
「……はい」
答えて手を重ね、もう片方の手を彼の肩にそえる。彼の腕が腰に回された。
(あ……)
すっかり忘れていた。ダンスをするというのは、至近距離で抱き合うスレスレになるのだったか。他の人たちを見てもなんとも思わなかったけれど、いざ自分が彼とこうして向き合うと、ものすごくドキドキする。
「あの、すみません、うまく踊れるか……」
「問題ない」
リードしてもらえると、体が自然に動いた。思っていたより体が覚えていたのもあるだろうし、彼が動きやすいようにしてくれているのもあると思う。
「上手なんですね」
「人並みには習わされたからな」
「ふふ。あなたは体幹がいいからダンスも向いているのでしょうか」
前の時にはこんな機会はなくて知らなかった。そんな部分も愛しく思いながら、安心して身を委ねる。
会場にもいくらか意識を残さないととは思ってがんばるけれど、どうにも心臓が落ちつかない。
(オスカー、カッコイイ……。……大好き)
出合い直してからもう一度恋をしている気がする。いつでもこの上なく大好きなのに、もっと好きになっていくから不思議だ。
ふわふわとこの時間に酔いしれてしまう。
と、ふいに連絡が入って現実に引き戻される。
『来たよ。考えてたシナリオの中でも最悪だね。立ち台の上、防御魔法の内側に直接だ』
ルーカスの声で瞬時に台上に意識を向ける。
話に聞いていたとおりの黒い軍服の男が、ブルーミスリルのロッドから数歩離れたところに現れている。
同色の軍帽を目深に被っていて、顔は見えない。




