13 バートが変態になっていた件
会場横の少し死角になっているエリアに入った。ぎゅっとオスカーの腕を抱える。
先導していたバートが立ち止まって振り返った。
「ジュリアさん」
「はい、なんでしょう」
「先週末……、俺が告白したのは覚えていますか」
「はい、一応」
「その後の記憶があまりハッキリしないのですが」
(きゃああああ……! ごめんなさいっっっ)
魔法で気絶させた負い目があって、申し訳なさで頭が下がる。バーバラにもルーカスにも正当防衛だと言われたけれど、過剰防衛ではないだろうか。
「カミナリに撃たれたような衝撃があって」
(ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。気絶させる魔法です……)
「これが本当の恋なのかと」
「……はい?」
「全身が痺れるような刺激的な感覚。思いだしてもゾクゾクします。あんな感じは初めてだ」
恍惚と言われても困る。魔法で痺れさせただけだ。
「えっと、それは……」
「今日、もう一度あなたを見て確信しました。俺の女神はあなたしかいない。もう、好きではないですよねなんて言わせない」
ちらりとバートを見ると、確かに先週までとは目の色が違う気がする。けれど、それは盛大な勘違いだ。どうにかして解かないといけない。
「あの……」
「オスカー・ウォードと二股で構わないから俺とつき……」
「サンダーボルト・ス」
「オスカー、ストップ!」
慌てて手で彼の口を塞いで詠唱を止める。
「気持ちはわかるけど、ダメですよ。今バートさんを気絶させたら大問題です」
言って、様子を見ながら手を離す。
「こいつの言い分なら、自分が気絶させれば自分に惚れるわけだろう?」
「たぶん違うと思います……」
オスカーがご乱心だ。バートも乱心しているとしか思えない。
「バートさんも、違うんです。すみません、この前は魔法で気絶させてしまって。とっさとはいえ、申し訳なかったです」
「魔法? 魔法か。魔法は素晴らしいね。俺は君に恋の魔法にかけられたみたいだ」
「いや、だから違うんですって……」
「お試しでいいから。ね? 俺上手いから」
「サン……」
「ちょっ、待っ……」
慌てて再びオスカーの口を塞ぐ。詠唱の感じからして気絶だけのスタンではない気がする。
「オスカー普通にサンダーを撃とうとしてませんでした?!」
「そのくらいは必要だろう?」
「……アイアンプリズン・ノンマジック」
とりあえずオスカーを魔法封じの檻に入れる。習っていないはずの魔法だけど緊急事態だ。
「このシチュエーションはかなり萌えるな……。ジュリアさん、つまりは彼氏に見せながら俺と……」
「アイアンプリズン」
バートは普通の檻に入れる。
「二人とも、いったん頭を冷やしてください」
「最高だ! なんてご褒美なんだ……! まるでジュリアさんの中にいるみたいだ」
檻の中でバートが恍惚としている。
(大丈夫かしら、この人……)
「お兄様ー? どこですのー? そろそろ開場ですわよー?」
少し遠くから、バートを探すバーバラの声がする。早く解放しないといけないだろう。
「バートさん、すみません。魔法を使った件は本当に申し訳ないのですが。私はオスカー以外とつきあう気はないし、当然、二股とか浮気とかはしませんので。あきらめてもらいたいのですが」
「君が断るのは君の自由だ。けど、俺が君を好きだと言うのは俺の自由だ。
今まで、気になった子はどんな手を使ってでも別れさせてきたけど、そうやって手に入れても興味が長くは続かなかった。
なら、つきあったままの方が背徳的でいいのかもしれないことにも気づいたんだ。
だからもう君たちのことにちょっかいは出さないから、俺とアバンチュールを楽しもう」
(なにかしら、この、何を言ってもダメそうな感じ……)
魔法封じの檻の中からオスカーが声をかけてくる。
「……ジュリア。もうバートに攻撃魔法は使わないから、出してもらえないだろうか」
「えっと、はい。そういうことなら。リリース」
解除してオスカーを解放する。と、次の瞬間にはぎゅっと抱きしめられていた。
(え、ちょっ、えっ?)
突然、彼のぬくもりと香りに包まれて、心臓が破裂しそうだ。正装効果が拍車をかけている気がする。
「ジュリア」
「……はい」
「愛してる」
耳元に落とされた声が甘い。完全に想定外な不意打ちに思考がついていけない。嬉しいやら恥ずかしいやら嬉しいやら愛しいやら嬉しいやら嬉しいやら、ごちゃ混ぜだ。
「えっと……、はい。私も……」
おずおずと答えると彼が少しかがんで、耳の下あたりの首筋にキスが落とされた。
「ぁっ……」
ゾクッとした熱さが体を駆けて、つい小さく声がこぼれた。こんな場所、こんな時なのに、彼の色に染められてしまいそうだ。
オスカーがゆっくりと身体を離す。それが正しいとわかっていても名残惜しい。
「……バート。お前がしようとしているのはこういうことだ。好きな子が他の男に触れられるのはイヤだろう?」
(あ、そういうこと……)
バートの前で敢えて見せることで教育的指導をしたのだろうと理解した。理解しても、中々心臓も熱も収まってはくれないが。
檻の中でバートがぷるぷると震えている。
(さすがに懲りたかしら……?)
「……すっ……っごい、興奮した……」
「はい?」
「ちょっとクセになりそうなんだけど。三人でっていうのも俺は全然ウェルカムっぽい」
「……真性の変態だな」
「お前に言われても嬉しくないから、ジュリアさんに言われたい」
「言いませんよ……。けど、わかりました」
「つきあってくれますか?」
「そうじゃないです。誤解を解くとかそういう次元の話ではないのはわかりました」
盛大に頭を抱えたい案件だけど、今は横に置く必要がある。
「バートさん、とりあえずお仕事の時間です」
「なら、続きはパーティが終わってからですね」
檻を解除するとバートが近づいてくる。
サッとオスカーがガードに入った。オスカーを見上げてバートがニヤッと笑う。
「末永くよろしく」
「二度と会わさない」
「あ、お兄様。こんなところに。お父様が会場入りの前に最終確認をしたいと探していましてよ」
「わかった」
バーバラが来て、バートが仕事モードの顔になって去っていく。
ホッとした。
背中を見送ってオスカーがため息をついた。まったくもって同感だ。
バーバラがニコニコと話しかけてくる。
「ジュリア。今日は一段とかわいいのではなくて?」
「バーバラさんもステキですよ」
「そうかしら?」
バーバラがくるりと回って見せてくれる。珍しく髪を降ろしていて、いつもの髪型より少し大人びて見える。
「お兄様、先週金曜日の午後に目を覚ましてから様子がおかしかったのだけど。何か変なこと言われてないかしら?」
(すごく変でした……)
とはさすがに言えない。
「ちょっと様子が心配だなとは思います。色々な意味で」
「そうよね……。ほんとにおかしいと思うわ。でもあんなふうに生き生きとしているお兄様は初めて見るのよ。
何かしら、今まではもっとネチッとした感じで生き生きしていたのが、今はカラッとしてるっていうか」
「どっちも困るのですが、より困った感じがします……」
「そうよね。あんまりジュリアを困らせないでとは言っておくわ」
そう言いつつ、バーバラがそわそわしているように見える。
「バーバラさん、そろそろフィン様が来るんじゃないですか?」
「入り口の方で待ってもいいかしら? うちへのお迎えはできないから現地でって言われているのだけど」
「もちろんです。私たちもお父様たちと合流しましょうか」
「ああ」
改めてオスカーと腕を組み直す。
やっぱりこの距離はすごくドキドキする。




