12 正装がカッコよすぎる&みんなひいきが過ぎる
セイント・デイ前日。ショー商会のパーティの日。
それぞれの準備のために午前中でいったん仕事納めになった。
父と帰宅して家族で昼食をとった後、動きやすくて見栄えもするドレスに着替える。髪を編んでもらい、いつもより装飾品も増やしておく。ルーカスから教わったお化粧をして、両親が待つ玄関に向かった。
「お待たせしました、お父様、お母様」
声をかけると父が固まった。
「……ジュリア。いつもの化粧にしないか?」
「変ですか?」
「いや……、会場のカップルを軒並み別れさせかねないなと」
「お父様ったら、大げさですよ」
つい笑ってしまう。父はやっぱり娘びいきがすぎる。ここまで溺愛されていることを知れたのは、戻った収穫のひとつだと思うけれど。
門の方で馬車の音がする。ペアで一緒に向かうために、オスカーが四人乗りの馬車を依頼して迎えに来る形になっている。
馬車が停まって、オスカーが降りてくる。
正装だ。髪型もいつもよりキッチリしている。
(きゃああああっっっ)
叫びそうになった。
カッコイイ。カッコよすぎる。どういうことなのか。
(いつもカッコイイけど! 正装すごい……)
パァっと好きがあふれる。
オスカーが驚いた顔になっている。顔が赤い気もする。軽く片手で口元を隠しながら呼ばれた。
「ジュリア」
「はい」
「……今、ものすごく、パーティに連れて行きたくないのだが」
「え、なんでですか?」
「かわいすぎて誰にも見せたくない」
「はい?」
オスカーまで何を言っているのか。父も彼もひいきがすぎる。
「それを言うなら、私だって。あなたのそんなカッコイイところ、他の人に見せたくないですよ?」
「オスカー・ウォード。人の家の前で娘とイチャつくとはいい度胸だな」
「あらあら、ふふ。いいじゃないですか。あなたもジュリアからカッコイイって言われたいだけなのでしょう?」
「え、あ……。お父様も似合ってますよ。ナイスミドルな感じがします」
「ミドル……」
何か違ったらしい。母のツボに入ったようで、コロコロ笑っている。
父が苦笑しつつ小さく息をついた。
「行くぞ。これは仕事だからな」
「はいはい」
父が母をエスコートして馬車に乗せる。
オスカーが手を差しだしてくれる。
(これは仕事、これは仕事……)
わかっているはずなのに、普段とは違うシチュエーション、違う姿に、ドキドキが止まらない。
自分の心音を聞きながら、そっと手を重ねる。
エスコートしてもらって馬車に乗ったら、父と母が対面で座っていた。
「……ペアで隣同士に座るんじゃないんですか?」
「レディファーストで女性が正面向きだ」
「ごめんなさいね、ジュリア。この人まだ、あなたたちがきゃっきゃうふふしてるのを見られる心の準備ができてないのよ」
「しませんよ……、仕事ですし」
「なら、この並びで問題なかろう。なんならジュリアが私の方に来るか?」
「意味がわかりません……」
苦笑して母の隣に座る。全員席につくと馬車が走りだした。
オスカーとは向かい合わせだ。隣の方が近くて好きだけど、これはこれでいいかもしれない。大好きな彼をずっと見ていてもいいのだから。
視線が絡まると、嬉しくてふにゃっと笑ってしまう。
(カッコイイ……。大好き。カッコイイ……。大好き)
彼の瞳にも愛しさが見える。幸せすぎて、仕事に行くのだということを忘れてしまいそうだ。
「……チェンジだ、オスカー・ウォード。席を代われ」
「ちょっ、お父様?! 走っている馬車の中では危ないですよ?!」
今回の父はオスカーに対して子どもっぽい気がする。前の時にはこんなことはなかった。
(前と何が違うのかしら……?)
オスカーと会うたびに泣いていたことは、今はもう関係ないはずだ。
(お父様に対して変わったところ……)
前の時は、苦手で距離をとっていた。今回は、生きていてくれていることが嬉しくて、愛情表現をすることにした。そのくらいしか思いつかない。
(それだけで変わるのかしら?)
父心はやっぱりよくわからない。
会場の前で馬車が停まる。
きれいに整備された庭の奥に、装飾が豪華な建物が見える。
中流階級以上の大きなお披露目や結婚式、今日のようなパーティなどで使われる場所だ。高級街の端の方にある。
場所としては知っていたけれど、結婚式はウッズハイムだったから、ここに入るのは初めてだ。
オスカーにエスコートして降ろしてもらって、両親のマネをして腕を組む。
(近い近い近い。これかなりハードル高くない??)
心臓がうるさい。彼といる時には珍しくないけれど、いつも以上に音が大きい。冬の寒さの中で伝わってくる体温がとても愛しい。
(仕事仕事仕事……)
とりあえず父の顔を見て落ちついておく。ちらりとオスカーを見ると、同じように父の方を見ていてちょっとおもしろい。
集合時刻にはまだ早いが、ルーカスとデレク・ストンのペアはもう着いていた。二人は魔法協会の寮から同行だ。
恋人同士に見せる演技なのか、ちゃんと腕を組んでいる。ストンは無表情、女装姿のルーカスはノリノリに見える。
挨拶をすると、ストンが顔をまじまじと見てきて、目を瞬かれた。
(お父様とオスカーはああ言っていたけど、やっぱり変なのかしら?)
ルーカスがニヤッと笑った。
「ジュリアちゃん、上手にできたじゃない。びっくりするくらいかわいい。って、ストンさんも思ってるよ」
「……勝手に代弁しないでほしいのですが」
「ありがとうございます」
みんながあまりに持ちあげるから、話半分に聞くことにして笑顔を返した。いちいち本気にしていたら身がもたない。
バートが一人でやってくる。
「魔法協会のみなさん、お揃いで。今日はよろしく……、お願いします」
目が合った瞬間、バートが一瞬止まった。
この前サンダーボルト・スタンで気絶させたことで恐怖心を抱かせてしまったのかもしれない。それならそれで、あきらめてもらえるならいいと思う。
(けど、なんかちょっと違う気も……? それはさすがに自意識過剰よね)
最終打ち合わせをしてから、一般客に紛れるために一旦会場前を離れることになった。早く着いたから近くで時間をつぶしていました、という体だ。
バートと別れようとしたら、追いかけてこられた。
「ジュリアさん、少しだけお話できませんか?」
「できないな」
オスカーが間に入って代わりに答える。
(フィン様の時みたいにお前には聞いてないパターンかしら?)
「ああ、オスカー・ウォードも一緒に聞いてもらってもいい」
「え」
想定外の言葉に驚く。
オスカーと顔を見合わせて、それならということで、二人で会場脇についていく。
オスカーはかなり警戒しているようだ。空気がピリピリしている。




