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11 誤解なんてどこで生まれるかわからない


(ひゃああああっっっ)

 必要性がない(・・・・・・)のに、オスカーと唇を重ねてしまった。顔が燃えそうだ。心臓が早鐘のように打ったまま落ちつけそうにない。

 父に報告に行くと言って魔法協会の中に逃げたけれど、熱が引かなくて、一人になれる研修室に駆けこんだ。


 気持ちも頭も体もふわふわしてしまって、考えがまとまらない。

 ほんの一瞬だった。けれど、大好きな人の大好きな感触が唇にも心にも残るのには十分だった。

(オスカー……。大好き……)


 愛しさに包まれて、すぐに仕事に戻れる気がしない。なぜもうここに父が映る投影の魔道具がないのか。今の自分にこそ必要だ。

 大きく息を吸って、吐いて、なんとか意識を現実に戻そうとする。


 少しして落ちついてくると、今度はやらかしたという感覚が襲ってきた。

(オスカーはイヤじゃなかったかしら……?)

 抵抗されなかったから大丈夫だろうという思いと、とっさに何が起きたかわからなくて抵抗しなかっただけじゃないかという考えが入り混ざる。

 もし本当はイヤだったとしたら、とんでもないことをしたことになる。ちゃんと謝らないといけない。


 魔がさしたのだ。

 魔法でバートを気絶させなかったら触れられていたかもしれない。恋人同士という意味では今のオスカーともまだしていないのに、だ。それはすごくイヤだと思った。もちろん、した後でもイヤではあるけれど、輪をかけてイヤだ。

 だから事故が起きる前にと思ってしまった。

 が、場所やタイミングは選ぶべきだったと思うし、オスカーの意思を確かめてからにすべきだった。


 反省モードに入ったおかげで熱は引いていく。なんとか仕事には戻れそうだ。オスカーの顔を見たら再燃しそうな気もするけれど、すぐに父や他のメンバーを見ればなんとかなるだろうか。

 気合いを入れて父のデスクに向かう。ルーカスは戻っているけれど、オスカーはまだなようだ。少しさみしいのと同時に、少しホッとした。


「お父様、ただいま戻りました」

「ああ。問題なかったか?」

「はい、特には」

「……何かあったのか?」

「え」

(待って。何か顔に出てた? 何を勘ぐられてるの? どっち??)

 何かあったかといえば、あった。けれど、バートの件は今は内緒だと言われているし、オスカーとキスをしてきましたなんて言えるはずがない。


「あ、ジュリアちゃん。この後、時間ある?」

「……ルーカスさん」

 いいところに。というより、多分、困っているのに気づいて声をかけてくれた気がする。全力で助けてオーラを送る。

「よかったらだけど、パーティの日のためにちょっと、映えるメイク教えようか?」

「ありがとうございます! お願いしたいです」

「クルス氏、ジュリアちゃん借りていい?」

「まあ、いいだろう」

 無事に解放されてホッとする。


 父には聞こえない距離になってからルーカスに声をかける。

「すみません、助かりました」

「いいよ。ジュリアちゃんにお化粧教えたかったのは本当だし」

「仕事を始めてからちょっとはしてるんですが。足りないですか?」

「パーティ用にはね。あと、ベッキー・デニスさん、彼女、顔は化粧で盛ってるから。きみの方が素材がいいの、見せつけてやりたい」

「え……」

 そうなのだろうか。化粧をしているなとは思ったけれど、盛っているかどうかはわからない。


「化粧道具も揃ってるしね。前の時に経費で買わせたやつ」

「経費だったんですか」

「そりゃあ、ぼくがこの格好してるの、趣味じゃなくて仕事だから」

 ルーカスが笑って手をひらひらさせる。

 研修室に戻る形になって、ルーカスがすぐに必要なものを持ってきた。



「……こんな感じかな」

 仕上がりを鏡で見せられた。パッと見てかわいいと感じる。

「え、すごい。前にお見合いでプロにやってもらった時より、私は好きかもしれません」

「そう? 元がいいから、そんなに盛ってないんだけど。目を引くっていう意味だと、けっこう違うでしょ」

「これ、自分でできる自信ないのですが」

「やれたらいいねってくらいで、必要ならパーティの日もぼくが手を入れるよ」

「助かります」


「じゃあ、一緒に化粧を落とそうか」

「普段にしては派手ですかね? そこまでではないと思ったのですが」

 落としてもいいけれど、ちょっとオスカーに見せたい気もする。

「あはは。オスカーとか他にも、見とれて仕事できなくなりそうな人がいるから」

「それはさすがに大げさかと」


「帰りも道を歩いたらあちこちでナンパされて面倒なことになると思うよ。試してみる? 賭けてもいいよ」

「……やめておきます」

 父もオスカーもひいき目がすぎると思っていたけれど、ルーカスまで何を言っているのか。

(冗談、なのかしら……?)

 ルーカスが相手だと、どこまで本気なのかがわからない。


 一緒に化粧を落として、自分はいつもの薄化粧に戻す。すっぴんに戻ったルーカスを見るとやはり同一人物だと思えない。化粧の力は偉大だ。


 仕事に戻ったらオスカーも戻っていた。目が合うと気恥ずかしそうに逸らされる。

(きゃあああっっ! やっぱり完全にやらかしてるわよね??!)

 申し訳なさすぎる。どんな顔をして明日のデートに行けばいいのかがわからない。





▼  [オスカー] ▼



 なんとか仕事に意識を戻しても、ジュリアが視界に入るとダメだ。思いだしてしまって、まともに顔を見られない。

 彼女から求められたのが嬉しくて、与えられた感触があまりに愛しくて、少しでも気を抜くとすぐに持っていかれそうになる。

 今回は初めての時(ぜんかい)とは違う。魔力の必要に迫られたわけではないし、関係も変わった。

(恋人同士のキス……、だと、思っていいんだよな……?)

 最大限の愛情をもらった気がする。どうにも、かわいくて愛しくてしかたない。



 翌日。

 デートの約束通り迎えに行ったが、熱は落ちつくどころか増すばかりだ。またできるのかとか自分からしてもいいのかとか、期待もあって心臓がうるさい。


「おはようございます……」

(ん?)

 門のところに出てきた彼女は、どことなくしゅんとしている。

(何かあったか……?)

 今日は用事ではなく、ゆっくりしようという話になっている。その約束をした時はとても嬉しそうだった。


(家で何か……? いや、自分が何かしたか……?)

 つきあうようになってからは会うだけで嬉しそうにしてくれていた。迎えに来た時点で元気がないのは初めてだ。原因がわからない。

 どうかしたかと聞きたいけれど、聞いていいものかも迷いどころだ。

(話したくなったら話してくれる……、か?)

 いつも通りにして様子を見ることにした。一人で浮かれていたことを少し反省する。


 午前中は遠乗りで空中散歩をして、街に戻って昼食をとり、一緒に歩いて店をながめる。彼女はパーティ用にいくつか化粧品を買い足していた。ピカテットを留守番させたのは、店に入る予定があったからなのだろう。

 楽しそうにしてくれるし、笑ってもくれるのだけど、どことなくいつもより元気がない気がする。

(聞くタイミングを逃したな……)

 朝会った時に聞けばよかったと思っても、もう遅い。なんとなく聞けないまま夕食を食べ、彼女の家の前まで送る。


「……また来週」

 そう言って手を離そうとしたら、ぎゅっとにぎりこまれ、ぺこっと彼女の頭が下がった。

「ごめんなさいっ!!!」

(……ん?)

 心底申し訳なさそうに謝られたけれど、なんのことだかまったくわからない。


「なんのことだろうか?」

「えっと……、ごめんなさい。いつ言おうかってずっと考えていたのですが……、なかなか言えなくて」

「それは構わないが。自分は、ジュリアに謝られることが浮かばないのだが」

「イヤじゃなかったですか?」

「何が、だ?」

「昨日……、……一方的に、……キスしちゃったの」


(……は? 何がどうなってそうなったんだ???)

 イヤなはずがないし、むしろものすごく嬉しかったし、自分でもバカかと思うくらい浮かれていたのに、彼女は何を言っているのかだろうか。


「……待ってくれ。どうしてそうなったんだ?」

「ごめんなさい。バートさんに迫られた時に、あなたともしてないのにって思って」

「いや、ジュリアがしてくれた理由ではなく。……なぜ自分がイヤだと?」

「前に……、控えてほしいと言われていたし。そういう話になると困ったような感じになるので。

 なのにあなたの気持ちも確かめないで勝手にとか、なんてことをしちゃったんだろうって」


 頭を抱えたい。ものすごく自分に原因があった。そういえば彼女は誤解していた。前に「あなたはイヤなようなので」と言われた時にちゃんと否定すべきだった。

 そう思うのと同時に、そんなふうに気にしていた彼女がどうにもかわいくてしかたない。


「ジュリア」

「はい」


 かがんで、そっと唇を触れあわせる。


「???!!!」

「……イヤだろうか?」

「いえ……。……すごく、うれしい、です」

 真っ赤になってぷすぷすしつつ、がんばって言葉を返してくれる感じがたまらなくかわいい。

 が、恥ずかしさに負けてつい顔を隠して目を逸らしてしまう。


 ルーカスが言っていたことを思いだす。

「こういうことはちゃんと言っておいた方がいいんだよ。誤解なんてどこで生まれるかわからないんだから」

(本当に、そうだな……)

 気恥ずかしいけれど、ちゃんと伝わるように言葉を探す。


「……自分も、嬉しかった。

 控えてほしいと言ったのは……、まだ触れてはいけない時だったのに、触れたくなってしまうからで。

 その後は……、本当にしてもいいかわからなかったのと、一度手を出すと止まれる気がしなかったからで。

 ジュリアがいいのなら……、自分はいつでも嬉しい」


 彼女がうるんだ瞳で見上げてくる。愛しさに飲まれて、吸いよせられるように顔が近づく。


「送りオオカミになろうとはいい度胸だな? オスカー・ウォード」


 ふいに近くで、ドスがきいた低い声がした。驚いて、二人同時に距離をとった。


「お父様?!」

「クルス氏……」

「害獣退治は魔法協会の職務のひとつだ。安らかに眠れ」

「ちょっ、お父様、何を言ってるんですか?!」


「……ジュリアさん。また月曜日に」

 クルス氏の手前、社会的な呼び方に戻して声をかけ、ホウキを出して浮かびあがる。

「はい! ……はい、ウォード先輩。また職場で」

 そろえて呼び名を戻した彼女の表情は晴れやかだ。軽く手を振って、クルス邸を後にする。


(彼女はキスが嬉しい、というのは……。つまり……、もう、いつしてもいいってことか……? いいのか? 本当に……? どこまで……??)

 ふわふわとした愛しさに包まれて、今夜も彼女以外のことを考えられそうにない。


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