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10 バート対策と〝はじめてのチュウ〟


「バーバラさん、ごめんなさい」

 どうしようと思って視線を動かした先にバーバラがいた。すっかり忘れていたけれど、ずっといたのだ。双子の兄を気絶させて申し訳ないと思う。


 バーバラはきょとんとして、それから、大きな声で笑いだした。

「ちょっと、ジュリア! あなた、やっぱり最高よ!」

「え? え??」

「今日あなたを呼んだのは、お兄様が色々とひどい計画を聞かせてきたからなの。やめてって頼んだけど聞いてくれなくて。

 だから、少しでも早くあなたに忠告したかったのだけど。むしろそれがお兄様の罠だとは知らなかったの。ごめんなさい」

「いえ、バーバラさんは私のことを考えてくれたのだから、謝らないでください」


「魔法使いって本当に強いのね。お兄様が何をしようとしても平気な気がしてきたわ」

「うーん、どうでしょう。……バートさんは何がしたいんでしょう」

「お兄様は人のものを欲しがってるだけなのよ。昔からそう。二人でそれぞれ誕生日プレゼントを選んで買ってもらっても、いつも後からわたしのを欲しがるの」

「ああ、なるほど。なんとなく、好きっていう言葉とのちぐはぐな感じの理由がわかりました」


「略奪愛の方が燃えるって明言されているから。簡単にはあきはめないと思うわ」

「それは……、ちょっと参謀と相談してみたいです」

「参謀?」

「はい。それより今は、これ……、どうすればいいと思いますか?」

 ぷかぷか浮かせたままの気絶しているバートを示す。


「ああ、その辺に放りだしておいていいわよ。お兄様はお灸を据えられるくらいがちょうどいいわ」

「いいのでしょうか……」

「あなたに気絶させられたとは誰にも言えないと思うわ。その経緯を話せないし、プライドも許さないだろうし。

 それにもし何か言いだしたら、わたしがお兄様の所業を……、ジュリアを襲おうとしたことを証言するから。安心してもらっていいわ」


「襲われるというほどのことではなかったのですが」

「いいのいいの。そのくらい言った方がいいと思うわ」

「わかりました。じゃあ、親友のバーバラさんに任せますね」

「親友?! 任されたわ!! 大船に乗ったつもりでいてちょうだい!」

 この扱いやすさの差はなんだろうか。バートとバーバラが本当に双子なのかが疑わしくなるくらいだ。


 その辺に放っていいと言われたけれど、本当に放りだすのは気が引けるため、フローティン・エアをかけたままイスに降ろした。

 サンダーボルト・スタンにそれほど魔力をこめなかったから、そう経たずに目が覚めるはずだ。


「じゃあ、バーバラさん。またパーティ会場で」

「ええ、ジュリア。またね」

「バートさんにもよろしくお伝えください」

「……ジュリア。あんなことがあったんだから、よろしくお伝えしなくていいと思うわ」

「そうですか?」

「あなたちょっと、人がよすぎて心配よ……」

「そんなことはないと思いますが」

 実質的には何も被害を受けていない、というかむしろ加害者だと思っているから、人がいいと言われてもよくわからない。

 バーバラともう一度別れの挨拶をして部屋を出る。オスカーとルーカスを待たせているから、小走りで外に向かった。





▼  [ルーカス] ▼



 オスカーと話しながら待っていると、ジュリアが急ぎ足で戻ってきた。

「お待たせしました」

「ジュリアちゃん、おかえり。何もなかった?」

「えっと、魔法協会に向かいながら相談できたらと」

 そう言いつつ歩きだす彼女の横にオスカーが並ぶ。オスカーを挟んでジュリアと反対側を歩く。女装のままだから、はたからはオスカーが両手に花に見えるだろう。


「何かあったのか?」

「バーバラさんとお話しするつもりが、バートさんが部屋にいて」

「ちょっ、オスカー、落ちついて。殺気がヤバいから。とりあえず最後まで話を聞こうか」

 今すぐ商会に戻ってバートを消してきそうなオーラが出ている。

「好きだとか、別れてつきあってほしいとか言われて」

「ちょっ、ちょっ、オスカー、どうどう」

 今にも火山が噴火しそうだ。こんなに怒っているオスカーは珍しい。


「でも私のこと好きじゃないですよねって言ったら、何がわかるんだって怒って、むりやりキスされそうになって」

「わーっ! オスカー、ダメだからね! 一般人に魔法で制裁加えたら始末書案件だから! 魔法を使わない物理でも屯所案件だから!」

 これは止めきれないかもしれない。番犬がガチギレしてる。


「気絶させてきました」

「……は?」

「こう、サンダーボルト・スタンで、バチッと」

 オスカーが一瞬固まって殺気が収まり、次の瞬間、

「あっはっは!!!」

「オスカー?!」

 聞いたことがない笑い声をあげた。前に長年夫婦をしていたという、ジュリアですら驚いたようだ。


「そうか。バチッと気絶させてきたのか」

「はい。まずいかなと思ったのですが。バーバラさんが大丈夫だと、お灸を据えるくらいがちょうどいいから放っておいていいと言ってくれたので、イスに置いて出てきました」

「あー、まあ、正当防衛だしね。そんな状況だったら、バートもジュリアちゃんに魔法で気絶させられたことを訴えてきたりしないだろうし」


「バーバラさんもそう言っていました。で、ここからがルーカスさんに相談なのですが」

「ぼく?」

「バーバラさんが言うには、バートさんは人のものを欲しがるのだそうです。略奪愛に燃えるのだとか」

「あー、そういうタイプね」

「どうすればいいですかね?」

「どうもしなくていいんじゃない?」

「え」

「だって、バートが今までカップルを別れさせてきた手法、きみたちにはまったく通じてないもん」


「私にせまったことですか?」

「いや、その前。オスカーへのハニートラップに、本人がまったくピンときてないから」

「ハニートラップ……?」

「ジュリアちゃん、きみもか……」

 オスカーがピンとこないのはいいことだけど、ジュリアはもう少し警戒心を持ってもいいと思う。


「バートはベッキー・デニスに、オスカーの籠絡ろうらくを命じてただろうって話」

「え」

「で、きみがいない時、こいつ大まじめになんて言ったと思う? 特にかわいくはなかったってさ。一方のジュリアちゃんは天使のかわいさだって」

「え……」

「言うな」

 二人揃って赤くなる。見事なバカップルっぷりだ。


「こういうことはちゃんと言っておいた方がいいんだよ。誤解なんてどこで生まれるかわからないんだから」

「……それは、そうですね。聞けてよかったです」

「だからまあ、警戒はする必要あると思うけど、基本はスルーがいいと思うよ。反応されるより、何をしても無反応な方がこたえるし。

 もしまた物理的な強硬手段に出られたら、正当防衛だから。気が済むようにお灸を据える方向で」

「わかりました」

「ああ。気をつけておく」

「うん」

 バートはそれで問題ないだろう。ついでに、気になったことも言っておく。


「あ、ジュリアちゃん。バートから迫られた話、今はまだクルス氏にはしないでね」

「今はまだ、ですか?」

「クルス氏、怒ってパーティの警備の件を白紙に戻さないとも限らないから」

「ああ……」

「それだけならまだいいけど、バート・ショーが失踪するかもしれない」

「さすがにそこまではやらないと思いますが」


「それに、情報には出すのが効果的なタイミングっていうのがあるから。あえて出さないで相手を牽制けんせいすることもできるし。だから今のところはぼくらだけの秘密」

「わかりました」

 魔法協会の前まで戻ってくる。


「さて、切りかえて仕事に戻りますかね」

「あ、オスカー」

「ん?」

 視線の端で、ジュリアがオスカーの首に腕を回して引きよせつつ、背伸びをして、唇を重ねたように見えた。気のせいとも思えるくらいのほんの一瞬だ。

「……お父様に、戻った報告をしてきますね」

 ジュリアが逃げるように建物の中に駆けこんでいく。


 オスカーの顔を見ると、完全に想定外すぎて固まっている感じだ。

 それからじわじわと実感が出たようで、赤くなったと思ったら手で顔をおおってうずくまった。ぷすぷすと湯気が出ている気がする。

(他の誰かと事故が起きる可能性があるなら、先にちゃんとオスカーにって思ったんだろうな)

 以前、必要があってしたことはあるらしいが。それとは意味がまるで違うのだろう。


「……オスカー、大丈夫? 仕事戻れる?」

「問題……しかない」

「顔でも洗ってくる?」

「イヤだ。一生洗いたくない」

「それは洗おうね?! 次ができないでしょ」

「次……」

(あ、トドメ刺しちゃったかな)

「……いつもお前が潰されてる感じはよくわかった」

 とりあえず、本人の許可を得て、まだ書き換えていないらしいクルス氏の投影をオスカーのデスクに取りに向かった。


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